第27話 かき消された正義
「ミツルと言ったか」
「はい」
充は客間に通され、地主の
その後、兄にどのような罰を下されるのかひれ伏して待ったが、側役はため息を吐くと、「何故そのような嘘をつく」と言った。
「え……?」
充は驚いて顔を上げると、「誰が顔を上げて良いと言った!」と怒鳴られる。充は訳が分からないまま、畳に
「う、嘘ではございません。本当に兄が——」
「お前は兄が嫌いなのだな。だから罪を着せようとした。そうであろう?」
充はその瞬間、背中に冷水をかけられたかのように、急激に体が冷えるのを感じた。
「そんなことはございません……。違います」
唇が、手が、震える。それが伝わって、全身が身震いしてきた。充は自分が誤って咎められることを恐れてした告白が、側役には「ミツルが兄に罪を擦り付けようとしている」と解釈されたようだった。
「いくら言っても無駄だ。嘘をつく子どもがいるとは、お前の親も苦労する。私から地主様に言って、家族には影響がないようにしておこう。その代わりに、お前に罰をくれてやる」
「わ、私は何もしておりません! 本当に……本当なのです!」
充は一生懸命に懇願した。だがそれは何の意味もなさなかった。
「
側役は冷ややかに言うと立ち上がり、充の目の前に立つと彼の左頬を思い切り叩いた。
「う……っ!」
痛いと叫ぶ暇もなかった。衝撃で視界がぐらりと揺れ、その場に
平手が当たった頬は、瞬間的に火に触れたのかと思うような熱を帯びたかと思うと、次第にじんじんと
充はなんとか痛みにこらえ懇願するように見上げる。するとぎらぎらとした目の側役が、見下ろしながらにやりと笑っていた。
「……っ」
充が恐怖にごくりと唾を飲み込むと、側役は懐から扇子を取り出し、彼の顎を下から上に向かせる。
「小僧。お前は正しいことを言えば、物事が正しい方向に進むと思っているのだろう。だからこの屋敷を訪ねた。だがな、本来ならばお前はこの屋敷に入ることすらできぬ身分なんだよ。それが分からないか?」
「では、何故……上がらせてくださったのですか」
側役の男は、充の恐怖に
「外で怒鳴るわけにもいかんだろう。誰がどこで何を見ているか分からない。だから入れたまでだ。話を聞く前から、お前が桃を盗った盗人だと決まっていた。当然だろう? 何故我々が、ただの桃ごときに犯人捜しの時間を割かねばならぬ」
「……」
充はそのときようやく悟った。兄が何故許されて、充が犯人扱いされるのかを。
大人は兄が犯人であろうと、充が犯人だろうとどうでもいいのだ。正しく裁くことなど考えておらず、犯人に仕立て上げれる者がいれば問題ないのだ。「犯人はこいつです」と差し出せる人物がいれば、この側役の仕事は終わり。きっと地主も細かいことを気にしないのだろう。
そしてこの男は、犯人にするには充の方が都合がいいと判断した。
何故なら、次兄よりも充の方が小さいから、痛めつけるのに丁度いい。
充には最初から、兄を真っ当にさせる道などなかったのだ。
充はその後、数人の男たちに囲われながら、側役に襟首をつかまれて屋敷の奥に引きずられた。「嫌だ!」と一度だけ叫んだがすぐに口を布でふさがれてしまう。
連れていかれた部屋は、地主の屋敷にある奥の部屋である。木でできた引き戸を開けると、薄暗く、出入りできるのは一か所だけ。唯一あるのは、西側の壁の上の方に空いた子どもの手のひらほどの小さな通気口だけである。
目が徐々に暗さに慣れてくると、部屋に置いておくにはおかしなものばかりがあるのに気付いた。
まず、地べたがむき出しになっている。地主の屋敷のなかで、自分たちが生活している場所と同じようなところがあることに驚いた。
また、部屋の奥の中央あたりには、柱ほどの太い木材が交差して地面から天井に向かって突き刺さり、ある高さから縄が垂れていた。その縄の先を見てみると、輪になっている。充はそれを見た瞬間、血の気が引くのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます