第23話 半鬼の茜

「そうかな?」


 一方の茜は力無く笑う。まるで仕方ないと言っているようだ。その様子に充は腹を立てた。


「酷いだろ……! だって、君のお父さんは、村の人たちのために尽くしていたんだろう?」


 充の熱の籠った言葉に対し、茜は冷ややかに言った。


「だけど鬼だ。君だって最初は、鷹山ここへ来ることを渋っていたじゃないか」

「……っ!」


 充は痛いところかれたような気分だった。過去の自分を振り返れば、茜の言った通りで妖怪に対しては偏見を持っていたし、近づくべきではない存在だと思っていたのは確かだ。


「それは……っ! 子どもの頃に散々言い聞かせられていたからで……」


 つい言い訳めいたことを口にしてしまう。それと同時にふた月の間に、自分の考えが随分変わったことを自覚した。


(僕は、茜たちに悪い印象を持たれたくないんだ……)


「お前にはこの気持ちは分からないだろう」と突き放されたくなかったのである。

 しかし、茜はだからと言って責めることはなかった。


「そういうものだよ」


 人間と妖怪が、人間と鬼が分かりあうことなどありえない。それが自然の流れなのだというかのように妙にあっさりした言い方だった。

 茜は立ち上がると、曇り空を見上げる。


「鬼も妖怪も得体がしれないものさ。そして人間とは、距離を置くべきもの。だから、鷹山だって人間の村と線を引かれている。問題が起きないようにね。……って、前にも話したんじゃなかったかな」

「ごめん。僕の態度、よくなかったよね……」


 充は無意識に胸のあたりで拳を握ると、ここへ来た頃の最初の態度を詫びた。


「だから気にしていないって言っているだろう。人間にそう思われることは当たり前。もう慣れた」

「……」

「でも、だからこそあたしは、二人——あたしの両親が結ばれることが本当に幸せだったのか分からないんだ。父は、母のことはもちろん、人間を愛していた。でも、正体を知られたら裏切られ、殺されたのだとしたら、愛さなければ良かったと思わないか?」

「……そっか」

「驚かないんだな」


 いつも「どうして」「何で」と問うているせいだろうか。茜には充があっさり納得したことが意外だったらしい。

 確かに、充も今の話だけを聞いていたら「何で」と聞いていただろう。

 しかし、彼は彼女に初めて会って、鬼と人間も心を通わせ体を重ねることで子を作ることがあると言ったときに、「あたしには、とんと理解できないけどね」と言ったのだ。そのときから、茜は自分の境遇に何か納得できないものを抱えているのだろうと感じていた。


「だってそれは、君が最初に言ったから……」

「最初? あたし、何か言ったか?」


 もしかして覚えていないのだろうかと思いつつ、充は説明する。


「人間と妖怪、人間と鬼が心を通わせることが理解できないって。それと、風流の話も聞いたから……」


 茜の意味深長な言葉と風流の生い立ちを聞けば、きっとここにいる半妖と半鬼たちには、のっぴきならない事情があるのだろうと察することはできる。

 すると茜は「ああ……その話か」と言って頷いた。思い出したらしい。


「鷹山には半妖や半鬼が多く住むっていったけど、それは外では生きるのが難しいからだ。人間の血が混ざらぬ妖怪や鬼の多くは、本能的にしたがって生きる。戦うことを好む者もいれば、風流のように火を消したがる者もいる。それは自分たちの欲求を満たすためだ。そのなかでも多いのは、やっぱり戦いを好む者だろうな。でも、純血の妖怪たちは当然半鬼や半妖より力も体の大きさも強いから、あたしたちは敵わない。だから鷹山で暮らしている。ここはお天道様の庇護があって、認められた鬼や妖怪意外は入って来られないし、牽制してくれる強い妖もいる。それに、欲求の制御がしやすいしね。でも、あたしはここを出たいと思っている」


「どうして? 安全に暮らしていいんじゃないの?」


 充は小首を傾げた。鷹山は、半妖や半鬼たちを守るところになっていると言っていたのに、どうしてここを出て行こうとするのだろうか。


「やりたいことがあるんだ」

「それは……ここ以外の場所に行ってみたいから?」


 すると、彼女は充の方を見て力なく笑う。


「いいや、探したいものがあるんだ。父が……残したものをね」

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