第22話 茜の父
「――あたしの父親は鬼で、母親が人間。父も母も、優しかった。愛情に溢れていたし、二人とも困っている人を見ると助けてしまうような、お節介焼きだった。お互いのそういうところが惹かれ合ったとも言っていた……」
「いいご両親だね」
茜は充の言葉にふっと笑うと、
「まあね、子どものあたしが見ても仲は良かったと思う。でも、七年くらい前かな。父親が死んで、家族はばらばらになってしまった」
「え……?」
充が驚いていると、茜は察して理由を告白した。
「あたしの父親はね、人間に……殺されたんだ」
充はごくりと生唾を飲み込む。鬼が「人間に殺された」。それは想像に難くない話しである。人間にとって妖や鬼は脅威であり、得体の知れないものである。だからそれを排除しようとする人々もいて、村で不可解な事件が起こると術者を呼んで、妖退治を行う。鷹山に慣れてしまって忘れてしまっていたが、それが妖と人間の当たり前の関係なのだ。
そして茜の父親は人間に殺されたという。だとしたらどうして親を探すと言うのだろうか。恐る恐る彼女に尋ねた。
「それって、どういうこと……?」
すると彼女はふっと笑う。
「変な話だけど、わざわざ天狐の化ける術を借りて、人間の姿で生活していたんだ。物好きだろう?」
茜の問いにどう返事をしたらいいか分からず黙っていると、彼女は話を続けた。
「父は人間のことが好きな鬼だった。何故……人が好きなのかは、今となっては分からないけど、村に住む人たちの手助けをしている父は、生き生きとしていたような気がする」
茜は、思い出のなかの父親の姿を懐かしむように語る。きっと人間を好いている父を、娘も好きだったのだろうなというのが伺えた。
しかし、茜の表情が少しずつ硬くなる。
「だけどある日……、そう、あたしが十三歳になったときの話だ。山の入り口の傍ある小さな沼の上に、村の子どもが木の枝に紐で吊るされていると知らせが回った」
充は小首を傾げた。
「沼の上に子どもが吊るされている? その子、何か悪いことでもしたのか?」
尤もな指摘だったからだろうか。茜はどこか
「なあ、変だろう? 一見お仕置きのようだが、子どもを捕まえて沼の上に吊るすなんて、まるで何かを釣ろうとしているみたいだ。だけど『まずは子どもを助けるのが先だ』と言って、父は助けに行ってしまった」
充は嫌な予感がしながらも、続きを促す。
「それで?」
「見に行った大人の話だが、沼の場所に行くとやはり子どもは縄で縛られ枝の高い位置に吊るされていて、その上、助けを呼べないように猿ぐつわまで噛ませられていたそうだ」
「そんな……何故、そこまで?」
「……父をおびき出すための罠だったからさ」
「え……?」
充は目を見張った。
「子どもを助けるために、大人一人は木の枝を切り、もう一人は下で腕を伸ばして落ちて来る子どもを受け止める必要があった。父は体が大きかったから受け止める方を買って出た。依頼した奴は、こうなることを予想していたんだろうな。父が子どもを受け止めた瞬間、沼の水が父を飲み込んだんだ」
「沼が飲み込む?」
「術が掛けられていたんだ。充は知らないか? 人間にとって邪魔な妖怪や鬼は、陽術とか陰術というもので痛めつけたり、捉えたり、最悪滅したりするんだよ」
充はこくりと頷いた。
旭村に来てからは妖怪を退治するという術者たちとは疎遠だが、それ以前は、村の地主が彼らを呼んで
すると茜は話を続けた。
「今回の場合は妖怪か鬼が、沼に入ったり子どもに触れたらを飲み込むような仕掛けがされていたってことさ」
「何でそんなこと……」
「天狐の術で姿を変えていることが、人間の術者に見破られてしまったせいだろうな」
「だからって……そんなのはあんまりだ……!」
気付くと、充は太ももの横で拳を握りしめていた。
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