第21話 優しい赤鬼の子

「沙羅。どこに行ってたんだ?」


 茜は沙羅の前に仁王立ちになると、静かだが怒りを含んだ声で尋ねた。


「何かあったら困るから離れるなと言っただろう」

「……ずっとここにいたよ。充さんと話してた」


 沙羅はむすっとした声で、釈明する。茜は腰に手を当てて、沙羅の顔を覗き込む。


「充と?」


 いぶかしげに聞き返す。充は二人を交互に見ながら、沙羅を庇うように「本当だよ」と言った。

 茜は沙羅から充の方へ顔を向け、腑に落ちないような表情を浮かべる。彼は、いつもと違う彼女の態度に気圧されつつも、状況を説明した。


「沙羅の言っていることは間違いないよ。少なくとも、僕が来る前から彼女はここにいたみたいだし」

「……そう」


 充の言っていることを信じることにしたのだろう。茜は怒るのをやめ、その代わり沙羅の頬に軽く触れた。

  

「沙羅、調子は?」


 だが、沙羅は茜のその手を振り払う。充はぎょっとした。


「やめて。偽善者」


 冷たい声だった。充と話していたときとは違う、茜のことを敵対視しているかのような言い方だ。このままだと喧嘩になるんじゃないかと思い、充は慌てて割って入った。


「沙羅、その言い方はないだろう。茜は君のことを思って——」

「誰もそんなことお願いしていない!」

「え? でも、さっき——」

「充」


 茜が充の言葉に被せ、強い声で呼ぶ。


「ちょっといいか? 話したいことがある」

「え? でも……」


 沙羅の様子は先程と違い、鼻に皴をよせ不機嫌なので、充は柔らかい声で「すぐに戻ってくるから」となだめてみる。しかし機嫌は悪いままで、彼女は乱暴に立ち上がると、どかどかと足音を立てながら小屋の奥へと行ってしまった。


「沙羅、ちょっと……」


 充が引き留めようとすると、茜が「いいから、来い」という。彼女の方もどことなく機嫌が悪い。何がどうなっているのか分からないまま、仕方なく茜の方に付いて行った。

 小屋のあるところから少し上に登ったところに行くと崖があり、茜はそこで立ち止まる。見下ろすと旭村が一望でき、晴れると気分もすっきりした心地になるのだが、本日は生憎の曇り。景色が彼女の不機嫌さを払うのは、期待できないかもしれない。


「いいのか? 小屋にいなくて」


 充は背を向ける茜に聞いた。いつもは沙羅に付きっきりなのに、今日は離れているので不思議だったのだ。すると茜は小さくため息をつく。


「ああ。今日は見張りがいるから平気だ。沙羅が暴れたとしても、他の子に危害が及ぶことはない」

「見張りって?」


 彼女は充を振り返ると、嫌悪感をにじませた顔を向ける。


「後で会えるさ。そいつはわざわざ充に会いに来たんだからな」


 充は思わず自分を指さして理由を聞いた。


「ぼ、僕に? どうして?」


 だが、彼女は「見張り」の話をしたくないのか、素っ気ない答えが返って来た。


「面倒だから言いたくない」


 充は小さくため息をついた。


「……分かったよ。なあ、沙羅のことだけど、ようやく半妖の血が馴染んできたってことなんだよな。あんな風に落ち着いて話せる子だと思わなかった」


 半妖の血によって暴れなくなったということは、あれが本来の沙羅の姿ということだろう。口調が少々子どもっぽいのか、目上に対しての敬意が欠けているようには感じたが、暴れて他者に迷惑をかけるよりはずっといい。


「沙羅、何か話してたか」


 隠すことのことでもないので素直に答える。


「茜のこと」


 すると茜は驚いて聞き返した。


「あたしのこと?」

 充は頷いた。

「優しい赤鬼と人間の子って言ってたけど」

「……優しいっていうか、お人好しだっただけだけど」


 茜は表情の読めない顔をしていた。悲しいような、でもどことなく呆れているようなそんな表情である。


「茜の両親は……どういう人たちだったの?」


 充の質問に茜は少し考えてから聞き返した。


「興味があるのか?」

「まあ、多少は。それに、僕は母さんのことや兄さんのことを茜に知られているけど、僕は茜のことは知らないから。別に、言いたくないならいいけど……」


 茜は「そうか」と呟く。


「いいよ、話そう。君が私の家族のことを知らないのに、私が君の家族のことを知っているのも公平じゃないしね」


 茜は目を少しだけ目を瞑ると、どこか暗い口調で話始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る