第19話 葵堂の薬

「だけど、僕の仕事は村へ薬を届けることだけだよ。そりゃ……風邪薬の処方や怪我の手当てくらいできるけどさ……でも、その程度だ。肝心の薬が作れない。教えてもらってもいないんだ。それなのにどうして母さんたちが、僕のことを後継として考えているって言えるんだよ。僕なんかいなくったって何とでもなるだろう?」


 すると茜はため息を吐いた。


「全く、どうしてそう物事の一面しか見れないのかね、君は」


 やれやれと呆れた風に呟くので、充はむっとした。


「悪かったな。どうせ陰鬱いんうつな奴って言いたいんだろう」

「だからそういうところだって。考えてもみろ。薬を届けるのだって知識が必要だろう」

「でもそれは、言われたことを覚えていればいいだけだ」

「それが、誰にでも出来ることだとどうして言い切れるんだ。誰にでも得意不得意があるものだよ。充が出来ても、他の人に出来ないこともある」

「そうかなぁ……」

「どうしてそうも卑屈になれるんだ」

「別に、当たり前のことだからさ」


 充が肩を落としてそう言うと、茜は小さくため息をついた。

 ああ、呆れられた。

 そう思ったのと同時に、なんて勿体ないことをしたんだろうと思った。


 充は今の今まで、誰かに自分の境遇を話すことがなかった。家族に相談したところで充に気を使って優しいことしか言わないだろうし、村の人たちに言ったとしても、お前の悩みは贅沢だといわれそうな気がしたからだ。


 しかし茜はちゃんと話を聞いてくれた。

 笑い飛ばすこともあるけれど、茶化すことはなくちゃんと母のことも教えてくれるのに、充はもっともっと「今の家族」に信頼されていることを外側から埋めたくて、彼女の言葉を待ってしまったのだ。

 きっと今後は充の話を聞いてくれないだろう。

 そう思ったが、茜は深紅の瞳でじっとこちらを見ていたのである。


「な、なに……?」


 何を言われるのだろうと構えたが、彼女はぽつりと言った。


「葵堂の薬はよく効くと言われなかったか?」

「言われたけど……、それが?」

「何故よく効くと思う?」

「母さんや兄さんの腕がいいから……」

「それもあるが、それだけじゃない」


 充は茜の真剣な表情を見ながら、首を傾げた。


「どういうこと?」

「葵堂の薬には、鷹山を初め妖怪の住む山が関わっているのさ」

「……」

「何故か、と聞きたそうな顔だな。それは単純に、ここでいい薬草が採れるからだ。そして、それは葵堂の者だけが許されている。鷹山と関りを持っているからだ」

「は……?」

「いい薬を作るには、職人の腕も必要だろう。だが、元々の素材がなければ薬は作れない。葵堂は、鷹山と関りあうことで品質のいい薬を作ってきたのさ。そして類はこの地に足を踏み入れる資格をすでに持っている。だから時子は次に君をここに連れてきたんだろう。彼女は自分の息子を贔屓ひいきするような人じゃないからね」


 充は彼女の言っている意味が理解できると、自分の胸の辺りがだんだん温かくなっていくのを感じる。


「じゃあ、母さんがしたかったことって……」

「だからさっきから何度も言っている。君を正式な『葵堂』の一人、そしておさむと時子の子として認めてもらい、ここの薬草を使えるようにしてもらったってこと。類が外に買い付けに行っているように見えていたのは、鷹山の伝手を使って他の妖たちの土地に踏み入って、薬草を採りに行っていただけのことだと思うぞ」


 母がいかに充のことを考えているのか、茜から話を聞いてようやく分かった。これを信じなければ、充は親不孝者である。


「……そっか」

「ようやく、分かったか」

「はい……」

「全く世話の焼ける。だから充は沙羅とは違うのさ」


 茜は立ち上がり、やれやれと軽く首を振りながら縁側に向かう。充はその背に呼びかけた。


「茜」

 彼女は振り返らずに返事をする。

「うん?」

「話を聞いてくれて、ありがとう……」


 精一杯のお礼を言うと、茜は振り返る。


「どういたしまして。家族は大事にするんだぞ」

「分かってるって」


 照れくささを隠すように言うと、彼女はにっと笑う。

 茜が心の温かい人なのだと充が思ったのだが、まさかその笑顔の下に悲惨な過去があったことなど今はまだ知らない。

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