第18話 沙羅の過去と充の悩み
「捨てられた?」
充は眉を寄せた。
「そのように
「天狐?」
銀星が言っていた名と同じである。聞き返すと、茜は長い溜息をついた。
「ここらで一番強い狐の妖怪さ」
「妖怪? 半妖じゃないのか?」
「前にも言ったけど、
「へえ、いい奴なんだな」
充が感心して言うと、茜は鼻に皴を寄せて嫌そうな顔をした。
「まあ……弱者に対してそれなりに優しいのは認める。だけど、あたしからしたら、あんな奴いないほうがいい。沙羅のことだって、天狐が『茜が一番適任だ』って指名してきたから断れなかったんだ。あたしが、あいつよりも力が強かったら絶対に請け負ってやんなかったのに」
「何で適任?」
すると茜は充から視線を逸らし、小さな声でぽつりと呟く。
「……あたしが『赤鬼の子』だからだろうよ」
言いたくないような、でもどこか聞いて欲しいような言い方だった。
「『赤鬼の子』……?」
「……まあね」
茜の返事が曖昧になる。
「どういうこと?」
そう聞いたが、彼女ははぐらかした。
「面倒事を押し付けやすかったってことさ」
「ふーん?」
よく分からず首をかしげると、茜は表情を緩めにやにやとする。
「それより沙羅のことなんか聞いて、気になるのか?」
「馬鹿っ、そういうんじゃないよ! そうじゃなくて……ただ、僕と同じなのかなって思っただけだ」
「充と同じ?」
充は
「実は、近いうちに家から追い出されようとしているんじゃないかって思ってて……」
「は? 何で?」
茜はあっけらかんと尋ねた。その表情は「何を馬鹿なことを」と言わんばかりである。充は自分の胸に色んな感情が渦巻き腹が立って、気づいたら思ったことをぶちまけていた。
「僕がこっちにきている間、店の仕事は類兄さんがしているんだ。普段は薬の買い付けをしながら、遠くの村に薬を売りに行っているんだけど、兄がそうしなくても葵堂が成り立つなら、僕がいなくったっていいんじゃないかって思っただけだよっ」
何故、わざわざ充が妖怪がいる鷹山に出向き、薬を処方しなければならないのか。薬なら茜に預けて必要なときに使わせたっていいはずである。
しかし母がそうしないのは、自分と距離を置くためにこのような処置を取っている、と考えるのが一番妥当だと思ったのだ。
ほんの少し間があったかと思うと、茜は「ぶっ」と噴き出し、腹を抱えて笑い出した。
「くっ……くっ、くくくくははははは!」
「な、なんだよ! 急に笑って」
「あはははは! 悪い、悪い。だっておかしくって……くっははははは!」
充の顔が恥ずかしさと怒りでみるみる赤くなる。彼は内心、言わなきゃ良かったと酷く後悔していた。
「おかしくて悪かったな! どうせ僕みたいな悩みは、茜たちにとってちっぽけなことなんだろう!……もう、勝手に笑ってろ!」
今日の沙羅のことは終わったし、さっさと帰ってしまおうと思って、広げた薬箱の中身を乱暴に戻そうとすると、彼女が笑い涙を指で拭きながら、「待てよ、充」と声を掛けて来た。
「……なんだよ」
「もし、時子のことで悩んでいるなら、それは間違いだぞ」
茜の言葉に、充は手を止めて顔を上げる。
「どういうこと?」
すると彼女は、笑いを収めるためにゆっくり呼吸してから言った。
「前にも言ったろ? あの人は言葉が足りないんだ。どうせ、君がここに行く理由をちゃんと話していないんだろう?」
「……理由って?」
不審そうに尋ねると、彼女は「やっぱりな」と言ってため息をついた。
「やっぱりってなんだよ……。どうして俺よりも、茜の方が母さんのことを知っているんだよ……!」
「外から見ている方が分かることもあるってことさ。それに、時子が充のことを大切にしていることは知っている」
「それ……本当?」
充は驚いた顔をする。それを見た茜は、肩を
「充のことが気の毒だから話してやろう。時子はね、君を正式な『葵堂』の一人にしようとしているのさ」
充は小首を傾げた。
「どういうこと?」
「充は、『自分は養子だから、肝心なことを話してくれていないない』と思っているだろうが、時子は最初から信じていると思うぞ。そうじゃなかったら鷹山には連れてこない」
「……」
充はむすっとした顔で話を聞いている。茜は構わず話を続けた。
「薬屋『葵堂』はこの山と繋がりがある。そのお陰で鷹山に住む半妖は、薬を必要としたときに葵堂の一族に頼って来られたんだ。それを引き継ぐために、今回は充に全てを頼んだんだと私は思う。まあ、相変わらず言葉足らずで心配かけているみたいだが」
「じゃあ、類兄さんも同じようなことをしたってわけ?」
葵堂の仕事に鷹山との関りが関係してくるのであれば、兄も例外ではないと充は思ったのである。
「まあね」
そして茜は腕を組んで困った顔をする。
「充も分かると思うが、類は時子似だ。察しが良いんだか悪いんだか分からんが、説明をしなくても納得する節がある。だから君のように思い悩んだことはないと思うぞ」
茜にそう言われ、充は兄のことを思い出す。
柔らかな表情に、優しい言葉遣い。そして薬以外のことであまり細かいことに疑問を持たないのは、確かに母似であるなと充は思う。
「そうかも……」
「とにかく、時子は充が鷹山との関係を築けるように足を踏み入れさせた。それは
茜の言っていることは筋が通っているし、「そうなのかな」と思うところはある。しかし、それでも母に必要とされているのか自信がなかった。
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