第17話 銀星
「銀星は、どうして水をもってきてくれたの?」
何気なく聞いてみる。すると意外にも銀星が口を開いた。
「——
充は「え?」と聞き返す。
「
「てんこ?」
「そうだ」
詳しく話を聞こうとしたが、銀星はそれ以上話すつもりはないらしく、くるりと背を向けてしまう。充は慌ててその背に声を掛けた。
「ちょっと、待って」
充は現在、茜に置いてけぼりにされた状態だ。
辿った道を戻れば一人でも小屋まで戻ることはできるだろうが、誰かの道案内があったほうが心強い。
(駄目で元々だ。断られたら何とか一人で戻ろう)
「あの……、もし良かったらなんだけど、小屋まで案内してもらえないかな?」
「最初からそのつもりだ」
「え……」
充が驚いていると、銀星は首を傾げる。
「どうした?」
「……いや、ちょっと意外だっただけで」
充は戸惑いつつも、銀星の方へ歩み寄りながら言った。
「意外?」
再び首を傾げる銀星に、充は「あ、ううん。いいんだ、気にしないで。小屋へ連れて行ってくれると助かる」と言った。
気になることは色々あるが、今は小屋に帰って治療の準備をする方が重要である。
充は、小屋の方へ歩き出した銀星に付いて行くのだった。
——————————
山を下り、山小屋へ戻ってくると、ちょうど茜が沙羅を横抱きにして下の道から登って来た姿が遠目に見えた。
「着いたぞ」
「あ、うん。ありがとう」
充の前を黙って歩いていた銀星は、やるべきことを終えたこともあってか、それとも沙羅と茜がいて気まずいからなのか、それ以上前には進もうとせず、山小屋の裏手にある竹林の方へ体を向けてしまう。充は彼の名を呼んだ。
「銀星」
声に振り向くと「何だ?」と聞いた。
「また、会える?」
茜は、沙羅に血を飲ませた犯人捜しをするつもりはないと言っていた。人間ではないからそんなものは気にならない、と。
しかし、充は人間だからこそ気になっていた。
訳を知ったところで何の解決にもならないかもしれないが、話を聞けば半妖の血が欲しいと思った沙羅のことを少しは理解できるのではないかと思ったのだ。そしてそれは、充が養父に教わった「患者に寄り添う上で大切なこと」でもある。
銀星がどういう返答をするのか待っていると、彼は表情を変えずに「近いうちに」と答えてくれた。充はほっとすると「それじゃあ、またね」と言って、別れたのだった。
「茜」
充は山小屋の方へ小走りに近づくと、茜の姿を捉えると名を呼ぶ。すると、気づいた茜は安堵の表情を浮かべ「頼む」と短く言った。
「うん」
充が頷くと、茜は準備した蒲団の上に沙羅をそっと寝かせる。
いつものように用意した水薬を飲ませた後、茜に手伝ってもらいながら、傷の手当てをする。沙羅の体は木の枝に擦れたのと、茜との格闘のせいで体が擦り傷だらけだ。
そしてこれが毎日のことなので、治っても再び傷ができるし、酷いものは傷の上にさらに傷ができてしまう。女の子ということもあって、出来るだけ傷を残さないようにしたいと思っていても、本人にその気がなければ無理というものだ。
その一方で、これほど沙羅に迷惑を掛けられているというのに、茜は相も変わらず丁寧に接していた。だからこそ、充は二人の様子をひと月ばかりだが見ていて不思議に思っていたことがある。
茜は何故、沙羅を追い出そうとしないのだろう、と。
彼女は「ここにいると、沙羅は他の半妖たちに見下されるから」というが、だったらここにいなければいい。
沙羅も沙羅である。何故彼女は「村に帰りたい」と願わず、半妖の血を求めてしまったのだろうか。ここは半妖や
「なあ、茜。こっちでちょっと話をしないか?」
充は、治療が終わり穏やかに眠る沙羅を見ながら、縁側に座って休んでいた茜に言った。
「何だ」
とは言いつつも、彼女は立ち上がると、背の低い机を挟み、充の向かい側に片膝を立てて座る。
「沙羅は、どうしてここにいるんだ?」
充はぽつりとそんなことを尋ねた。
「急にどうした」
目を
「ずっと気になっていたんだ。妖怪しか受け入れない、それも半鬼や半妖が多いこの場所に、どうして人間の沙羅がいるんだろうって……」
答えてくれるだろうか、と思っていると、茜はちらと沙羅の方を見てから言った。
「詳しいことは知らないが、親に捨てられて、鷹山の麓に倒れていたところをお天道様が受け入れたらしい。だからここで世話をすることになったんだ」
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