第21話 すべてが手遅れで……
「クリストファー様!!」
悲鳴に近い叫びを上げながらマリアナが駆け寄って王太子を抱きしめたが、王太子は目を開かない。
「王太子殿下!!すぐに傷を治さねば……ん??」
そう言って駆け寄った護衛騎士が首を傾げた。雷が明らかに直撃したのに王太子には怪我はひとつなかったからだ。
「これは一体……」
護衛騎士が首を傾げたが、その一部始終を多くの逃げ惑う民衆は目撃していた。
「あ、あっ、神様の怒りだ。『カケラ』の言ったことが本当だったんだ!!」
「なんてことだ、だとしたらもうおしまいだ!!」
「だから言ったんだ、こんなことするなって……」
阿鼻叫喚となる中、目を覚まさない王太子をマリアナが泣きながら護衛騎士と連れて行くのを私は何の感情もない目で見ていた。
(ざまぁみろとすら思わない。もうなにも感じない……)
そんな私の側にアメがいつのまにか戻ってきていた。そして椅子に座る私を優しく抱き寄せる。
「君の望みならなんでも叶えたかったんだ……」
いつもの言葉と甘いその声。触れた箇所から伝わるあたたかな体温とは裏腹に目の前では逃げ惑う群衆を数多の雷が貫いていくのが見えた。
私はその世界の終わりのような光景を静かに見つめていた。
不思議なのはその光景を眺めていると、いつの間にか瞳から涙が零れ落ちていくのだ。
あんなに嫌いで憎んだ世界なのにどうしてこんな気持ちになるのか分からない。
その様子に気付いているかいないのか分からないが、アメが私をより強く抱きしめた時、今起きている現象がこの国全てを覆いつくしているものだということが頭の中に映像として流れて来た。
本来なら見えないはずの遠く離れた場所、アリシアとして何度か赴いたことがある公爵領の一角の光景がそこに広がっていた。
数々の重税を課したことで昔と違い寂れた街にある公爵家が所有している手入れのされていない古びた館の中が見える。
その中に、見限った兄が両目に包帯を巻いて大けがをした状態で伏しているのが分かった。不思議なことにその側に『ツガイ』の姿はない。
『自分が間違っていたんだ。妹を守ると約束したのにどうして傷つけてしまったんだ……。なぜ『ツガイ』の言葉だけを信じてあんな酷いことができたんだ……』
兄の言葉は、私が幼い頃の優しい兄のものだった。少し前ならば私はその言葉に涙を流したかもしれない。
けれど、怪我をし後悔をしている兄の姿にも何も心が動かない。本当になにひとつとして私の中に響くものがない。
「アリシア……どうしてそんなに悲しそうな顔をするの??」
アメが悲し気に聞いたけれど私にも理由が分からない。ただひとつ言えることは今心にある感情は喜びでも悲しみでもない限りなく無に近いものだということだけだった。
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