第10話 奇妙な隣人の同居人(隣人視点※前回の話の少し前)

回覧板が回ってきた時、そこに書かれていた内容に目を通した時は、流石に隣人のに同情した。


再開発という内容だったので、最初はこの家も対象かと思ったけれど何度確認しても、の家だけが対象という奇妙なものだった。


正確には、うちや他の店も対象だけどしっかりと補償されていて、新しい店や家を国負担で立てられることになると回覧板とは別で告知があったがその補填の中にの家は含まれていなかった。


正確にはの家はに補填を与えるのではなく、その家族である公爵家にその分の補填を与えるというものだった。


の隣人が、公爵家からほぼ絶縁状態で孤立無援なことなど王家は分かっているはずでそんなことをまかり通すつもりなのだ。


その状況にが嫌いな僕ののサリーは愉快そうに笑っていた。


が望むなら仕方ないと思おうとした。


であるだけで差別されても仕方ない。


けれど、僕が知るの彼女は慎ましい女性で、貴族出身なのに平民を差別するような人ではなかった。


それについてもサリーは『いい子ぶって気に入らない』と言っていた。だからそれが正しいはずだ、そう思わないといけない。


そんなことを考えていた時、僕が読んでいた回覧板をサリーが見せて欲しいと言った。


だから何も考えずに手渡すと、サリーは例の再開発の件に目を通してみたこともないような悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「これ、ほぼ確定事項だけど一応異議申し立てができるみたいね。もし、この回覧板がに届かなければあの女は100%追い出されるわね!!」


とても愉快だと言わんばかりに笑うサリー。


(……どんなサリーも愛おしいはず、そうだ、こんな感情まちがっている、こんな感情……)


胸の奥からせり上がる何かを押し込めようとした時、家の扉を叩く音がした。


誰かが来たのだと扉を開くと、そこには見知らぬ男が立っていた。


真紅のこの国では見たことのないような薔薇色の艶やかな髪に、黄金を溶かしたような瞳の色をしたスラっと背の高い男に同性なのに思わず見惚れてしまう。


それはサリーも同じだったようで頬を赤らめて彼に釘付けになっているのが分かった。


「あ、あの、どなたですか??」


なんとか声を絞り出して問いかけるとその人は僕に微笑みかけた。


「今、君が持っている感覚はとても正しいものだ。決して忘れてはいけないよ。そして……」


僕に美しく微笑んだ人が、今度はまるで氷のように冷たい視線をサリーに向けた。


「誰かがやっているから、誰かのためを言い訳に罪のない相手に対して嫌がらせをすることは許されることではないよ」


凪のような静かな声でそう言った。サリーは慌てたように、


「あ、あの何のことか分からないのですが……後、その、どちらさまですか??」


と言った。


「なるほど、自覚がないのか。それは重傷だ。今、手に持っている回覧板をどうするつもりだったのかな??」


「それは、えっと……」


サリーの視線が泳ぐのが分かった。


だから嫌がらせをしてもいい、それが悪いことではない』


サリーはいつも僕にそう言っていた。僕もそれを違和感を感じながらに受け入れてしまっていた。


しかし、サリーはその行為が悪いことだと分かっていた。


「とりあえずその回覧版はこちらへ渡してもらうね。後……」


その人が手を上にかざした瞬間、何かが心から消えるような奇妙な感覚がしていた。それが何かはその時は、はっきりわからなかった。


「君の言葉を借りるなら、だから嫌がらせをしてもいいそうだね。ならそれを身をもって味わうと良いよ」


そう言い残して、その人は回覧板を持ってその場からいなくなった。


サリーがその言葉に震えて泣いている。いつもなら、その涙を拭ってあげたくなるのになぜだろう全くその気にならなかった。


「ねぇ、どうしたの??」


不安そうに僕を見るその顔。いつだって一番可愛いと思っていたのに……、


「……なんでもない」


なんとか絞り出した言葉は酷く冷たく響いた。サリーは慌てたように僕に駆け寄ると、


「何か私、貴方の気に障ることした??でもそれだっていつも許してくれていたじゃない」


涙でぐしゃぐしゃな顔で言うその姿に嫌悪感が湧いてしまい縋りつこうとしたその手気付けば振り払っていた。


「キャッ、なんで……、私は貴方のよ??」


「君は、自分でも悪いと思うことを僕には問題ないことだと言っていたね。それを肯定し続けた僕も悪いけどなんだか今の君が僕には化け物みたいに見えるんだ」


「ひどい!!」


そう言いながら家を飛び出したサリーを追いかける気にはならず、そのまま扉の鍵をしめた。この家は僕が家族から相続したものだった。


「どうして、僕は彼女を……」


あの人が手を上げた瞬間、いままで霧がかかっていたことがはっきりしてしまった。それは、罪なき人に悪意を向ける醜悪な彼女への嫌悪感だった。


でも許せなかった、いや、だからこそ許してはいけなかったのだ。


「……僕は隣の彼女に悪いことをしてしまった、あの回覧板の件も正しくない……よし」


僕は償いもかねてある決意をするのだった。


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