第5話 外から来た人
その日からしばらく嵐は街を襲った。
土砂降りの雨と激しい風は恐ろしい勢いで建物に降り注いだ。
しかも嵐の訪れを知らなかったことで備えが底をつきかけたこともあり、薄暗い中でひもじい思いをすることになった。
それでも、なんとか耐えきれたのはあの嵐の中で倒れていた名前も知らない人がいたからだった。
その人はいまだに目覚めないが、ベッドで眠る顔は形容しがたいほどに美しく、その長い睫毛と小刻みに上下する胸元を眺めているだけでほんのわずかな間ではあるが孤独を忘れることができた。
しかし、同時にある恐怖も覚えていた。
私は、『カケラ』だったので貴族といえどパーティーやお茶会の類などに呼ばれたことは一度もない。
この倒れていた人は、驚くほど身なりも良いし、まだ目を開いていないが寝顔で分かるくらい美しい人、つまり上流階級の貴族である可能性が高いと推測される。
その場合、『カケラ』の私に介抱されたなど知ったら怒り狂う可能性もある。
助けたのに何故と以前の日本人の感覚なら思うが、この『ツガイ』が当たり前の世界で、『カケラ』である私の人権はないに等しい。
そして、貴族であれ平民であれ一番に気にするのは己の『ツガイ』のことで、『カケラ』の女と数日を過ごした事実が『ツガイ』に知れたらそれが不可抗力でも許さないと私へ直接危害を加えて来る可能性もあった。
特に貴族は、王太子殿下の件があるので私へ良い印象を持っていない。
正直、その印象は一方的に押し付けられたものであり、私だって愛する『ツガイ』が居る相手などと婚姻はしたくない。
しかし、私の前の『カケラ』までは王族が保護の名目で娶っていたのは有名な話だったため、今回そうならなかったことで私に問題があると考える貴族は多い。
『ツガイ』と同じ位にこの国では王族の立場が強い。
それは、周りの自然環境により他国との親交が一切なく、幾千年と凝り固まったように閉ざされたこの国だからこそでもあるだろう。
「貴方も目を覚ましたらきっと私を蔑むのでしょうね……」
いつもなら知らない人にそんな言葉は言わないのに、ひもじさがそうさせたのかもしれない。
「ははは、もう期待しないって決めたのに……」
「何を期待しないの??」
私の言葉に、突然の相槌がされて驚いて声の主を見る。そのあまりの美しさに息をのんだ。
真っ赤な髪と黄金をとかしたような瞳をした今までみた中で一番美しい人は、嫌悪するでもなく本当に不思議そうに私を見つめていた。
「あっ、あの……ごめんなさい」
あまりのことに反射的に謝罪をする。この世界に転生してから自分が悪くなくても自身を守るために謝罪をする癖がついてしまっていた。
彼の反応が怖くて俯いて目を瞑る。
「ああ、こんなに可愛いのにどうして俯くんだい??」
「えっ??」
想像とは違う優しい声色で話しかけられたかと思うと私の両頬をそのあたたかい手が包み込んだ。
何が起きたのか正直理解出来ずにいたが、彼の手が触れた部分から頬が赤く染まるような気がした。
「まず、助けてくれてありがとう。ずっと君に会いたかったよ」
「あ、あの、お会いしたことありましたか??もしくは誰かと勘違いしていませんか??私は『カケラ』で、その『ツガイ』も居なくて……」
本当は勘違いされていても後少しだけそのぬくもりを感じたかった。
けれど、後で失望するくらいなら傷が浅いうちにそれを手放したいと思ってしまった。
「ああ、安心して、俺は外から来たからこの国の常識には当てはまらない」
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