第3話 非日常の出来事と出会い

兄が帰った後、私はすぐに定型文の謝罪の手紙を書いた。


仕事の納品書などを記載するために使用している使いやすいインクとペンを使って、飾り気のない便箋に事務的にペンを走らせる。


前世の記憶のおかげで私は効率的に手紙を書く術としていくつかの定型文を作っていたので心のない手紙を簡単に書き終わることができた。


(こんなことに意味はない。なんの意味もない)


その手紙をいつも通り、今日の夕方頃には家からの使いが預かりに来るだろうと思っていた。


だから、心の片隅にそのことを留めつついつも通りにゆったりとした時間の中で仕事をしていたが、店に掛かっている年代物の柱時計から閉店の時間を告げる鐘が鳴る。


(もうこんな時間ね、きっと今日はこないのでしょうね)


いつもなら、ああやって抗議した日にすぐ手紙をとりに来させる兄がそうさせないなんて珍しいと思いつつ、これ以上私の生活から不快なものを排除したい気持ちからそのことは忘れて、私は店じまいの準備を始めた。


私はこの住居兼店舗で生活をしていた。本来ならそれなりに高位の貴族の身分を持っている家に生まれていたのでツガイさえいたならばその相手の家でこの世界の常識の中で生活をしていただろう。


けれど、私にはそれがいない。


つまりこの世界から見た時に想定の外に居るから家族からはなにひとつ援助が期待できなかった。


だから自身を気にかけていた祖父が亡くなってからすぐ、私は家を追い出された。


きっと、そこまで見越してくれていた祖父がこの店舗兼住居になっている建物といくばくかの遺産を生前に私に贈与していたことが唯一の救いだった。


店内を簡単に清掃した私は店の『open』プレートを『close』に変えるために外にでようと扉を開いた瞬間。


ビュウゥウウウウウウウウ


突風が店内に入り込んだ。


そこで、どうやら嵐が訪れていたことを知った。


(なるほど、だから来なかったのね)


そう考えた瞬間、急に笑いがこみ上げた。それは喜びではない、ひどく虚しい感情から沸き立ったものだった。


(つまり、私にだけ誰も知らせなかったのね)


この世界は、前世の世界よりは発展が遅れているが流石に天気はある程度予測できた。


そして、大きな災害を伴うような天気の場合は事前に回覧板のようなものが回ってくるのだが、どうやら私への回覧板は飛ばされていたらしい。


さらに兄は、今日嵐が来ることを知っていながらツガイへの謝罪の手紙のことだけを言いにわざわざやってきて、その手紙の回収が嵐のために遅れることを把握していながら私への心配の言葉は出てこなかったという事実にも気づいてしまった。


(恐ろしい災害に関する妹への心配より、ツガイの機嫌が優先されたのね)


嵐の荒れ狂う空と風の音と、私の中で沸き上がった感情が酷似していたおかげで私はその場でただ、空笑いをあげるだけで済んだ。


そうでもしないと耐え切れなかった。


(もう大丈夫だと思ったのに、もう何も望まないと思ったのに……)


誰にも期待しないと決めた、ただ、この場所で静かに暮らしたいと。けれどそれさえも周りの心ない差別により叶わないかもしれないという考えが頭に浮かんだ。


(ただ静かに暮らしたい願いさえ叶わないの??どうしてただ生きているだけで、ひとりで生きるだけでこの世界は冷たいのだろう……)


目の前の土砂降りの雨と強い風のように荒れ狂う心でいっそうのこともう『』とすら思った時、私は気付いた。


「えっ??」


思わず喉から声が漏れた。目の前の石畳の上に赤いモノが見えたからだ。


雨に濡れるのも気にせずにそれに近付いたことで、ソレが人間で男性だと気付いた。


この辺りでは見たことのない髪色をした男は石畳の上で雨に打たれているというのに微動だにしない。


「あの……」


その体に触れて揺らした時、僅かに感じたぬくもりに何かが胸の中にしみ込んでいくような不思議な感覚がして、無意識に体が動いていた。


「大丈夫、今、助けますから」


この世界で異物とされるようになってから、誰かを助けようなどと思わなくなっていたはずなのに、不思議と体が動いていた。


そして、この出会いがこれから全てを変えていくということをこの時の私はまだ知る由もなかった。

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