第2話 黒猫が現れた寒い朝

第2話 黒猫が現れた寒い朝


白んだ空からの涼しい空気が、サワサワと俺を撫でる。そういえば天気予報で北風が吹いて涼しくなるって言っていたな…でも寒すぎねぇか?

ん?それに定期的に俺の顔を…違う!風じゃねぇ!物理的に撫でてるぞ!

「だーっしゃ!鬱陶しい!でた!やっぱりしっぽ!」

ベシッとしっぽを叩き落としたが、さすがに布団にくるまっていても、寝るのはもう無理だと思い、体を起こした。

そこには、昨日の悪夢の産物がいた。

「あー…くそ…夢じゃねぇのか…あー、やだわ〜…あぶふっ!?」

顔にコンビニ袋が飛んできた。ふと気がつくと、寝床の横に置いている扇風機が『強』で回り続けていた。

「…どおりで寒いワケだわ」とスイッチを切る。

が、まだ部屋は寒いままだ。布団をはだけるが、すぐにかぶり直した。辺りをよく見ると、エアコンが「10℃」の強風で稼働していた。

「おいおいおいおい…電気代!リモコンは!!…俺そもそも付けてない…よな…」

俺はその時に見てしまった。

この黒猫、ガッシリとエアコンのリモコンを抱えて寝てやがる。


煮るか焼くか野犬の餌か、と処遇を考えていると

「んにゃぁ?ふわあぁぁあ…久々にぐっすり眠れやんした…何から何までありがとうござんしたぁ…」と惚けた顔で起きた。

「お前…コノヤロウ!!」

黒猫のしっぽを掴み、逆さ吊りに持ち上げた。

「びゃー!痛いでやんすぅ!」

「目ぇ覚めたか!エアコンなんて使ってんじゃねぇよ、猫が!」

「ごめんなさいにゃぁぁ!つい暑くてぇぇ」

ったく、と放り出すと二本足で立ち、胸を張って黒猫は言った。

「いたた…昨日はありがとうござんした。改めまして、あっしは猫又のクロと申します。」

俺はあれ?と思った。猫又といえば、しっぽが2本の猫の妖怪だ。でもさっき持ち上げたとき、1本しかなかった。

「あ、猫又ってしっぽが二本になるんですがね。みてくださいよぉ、これ!先日犬にかじられちゃいましてね、一本お釈迦になっちまいましてね」

よく見ると、しっぽの付け根に、なにやらぴょこぴょこ動くものがついていた。これが二本目のしっぽのようだ。

「ほぇぇ…猫又なんてほんとにいるんだな…」

クロは続けた。

「で、命からがら逃げついたのがここでござんして、夜中には出ようと思ったら…お恥ずかしいんですがね、引っかかってしまいやして…やっと抜け出たと思ったら、もうのどもカラカラ、腹もペコペコ、立つ気力もありやせんでした。そこで兄さんに助けていただいた次第ですよ…大丈夫でやんすか?」

でかい演技で語るクロを尻目に、俺は顔をたたき、太ももをつねり、歯ブラシで喉の奥を突いていた。どれも痛みや苦しみを味わうことになった…ということは…

「マジかよ…それにしてもよくしゃべるな...」

「そういえば、兄さんの名前まだ聞いてございやせんでしたね。それに、なんか懐かしい匂いがいたしやす。」

現実なら現実…受け入れがたいが。ため息をついて、こたえようとした。

「俺の名前は、高梨匠人(たかなしたくと)、以上」

クロは俺の名前を聞いて、ぷるぷると震え始めた。

「たくと…たくとくん!もしかして、錦町の一軒家に住んでた、たくとくん!?」

「あ?なんで実家をしって…」

「びゃぁぁああ!やっと会えたにゃぁあ!!」

俺が話すのを遮りながら、クロは涙を流しながら俺に抱きついてきた。

「な、なんだよ!なんだって…クロ…ってお前!あの時のクロ!!」

顔をぐしゃぐしゃにしながら、

「そうでやんす!そうでやんす!」と泣きじゃくるクロ。

目の前にいる黒猫は、トラウマを抱える前の幼少期に実家にいて、気がついたらいなくなり、近所を探したが全く見つからず死んだものとなっていたクロだった。俺にさすがに俺も泣けてきたな…と、感動の再会に浸っていると、ズドォォン!と部屋に何かが飛び込んできた。

壁には大きな穴があき、破壊された壁が俺の頬をかすめ、少し擦れて血がにじんでいた。


「探したで、ク~ロ~?」

音がした先を見ると、何やら動く影がどんどんこちらへ向かってきた。見た目は一時代前の的屋のおっちゃん風だが…顔が…犬だ。


「にゃんでやんす…あ、あんたは!」

クロは尻尾を膨らませて臨戦態勢になった。

「オレかぁい?オレサマかぁい!?ンッフー!聞いて驚け、見てわめけ!犬養組の不滅の鉄砲玉!よだれのブルとはオレのことよ!さぁ、親分のために…死ねぇ!!」



何かが


切れる


音がした



「おい、コラ、待てやボケども」

俺は犬と猫の首根っこをガッとつかみ、外に放り出した。

「あいだぁ!ど、どうしたでやんすか!たくと…さん?」

無表情に見下ろしている俺に精一杯の愛想を振りまいているクロ、出会い頭に投げ捨てられて固まっているブルドッグ。もう昨日の夜からこんな朝早くまで短時間でまさか住む場所すら無くなりそうになるとは。

「おい、お前ら…人間様の家に何してくれてんだ、おぉ!?」


「もうめんどくせぇ!なんだ!なんでこんなわけわかんねぇことに巻き込まれてんだ!!あぁ?!何が猫又だ!何がよだれのブルだ、汚ねぇんだよ!馬鹿野郎!人間様を怒らせてタダで済むと思ってんのか、お前ら!!」

二匹はしゅん…として、ごめんなさい、というだけだった。


「おやおや、何かと思ったら」

これだけでかい音が響けば、そりゃあ…

「ゲッ、大家さん…」

そりゃあ、ね…大家さんも出てきますよ、ええ…

「今、ゲッって言ったかい?」

「いいえ!滅相もない!!」

「ふん、まぁいいけどさ……で、何だってこんなことに」

いつもはそこそこ優しい、あ、いや、すごぉく優しい大家さんも、流石にため息をついてしまった。俺は事のあらましを話した。


「なんだ、騒々しい…貴様ら!」

外からも何やら声がする。クロとブルが鳥に追いかけ回されている。

「ごめんなさぁい、痛い痛い!」

クチバシでつつかれている二匹を見ていると、

「ピヨちゃん!」

と大家さんが叫ぶ。その声を聞いてつつくのをやめ、バサバサとこちらへ飛んできた。

「あんたんとこのペットも喋るんだね、うちもなんだ。ねぇ、ピヨちゃん?」

「お初にお目にかかるな。俺はマスターに仕える漢(おとこ)!バサラピヨ吉って者だ。で、あんたか、マスターの大事なアパートを壊したのは?」

ピヨ吉はもう今にも飛びかからんと身構えている。俺も流石に嫌になって

「カクカクシカジカ」

「ひしゃひしゃうまうま…了解した。ではあの犬をころ…」

そこまで言うと、大家さんが頭を叩いた。ピヨ吉の一瞬のアホ顔は面白い。


やっと落ち着きを取り戻し、大家さんは肩にピヨ吉を乗せ、正座する二匹の前に鬼の形相で仁王立ちしていた。

二匹は、すいませんでした、と言って、それはそれは綺麗な土下座をしていたのでした。

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