ニャンぐすたっっ!
櫻木 柳水
第1話 黒猫が現れた暑い夜
八月某日、黒い影が苦しみながら蠢いていた。
「もう…ダメ…にゃ…あそこに逃げるにゃ…」
第一話 黒猫が現れた暑い夜
もう夜だというのに茹だるような暑さの八畳一間のアパートで、テカテカした虫と戯れながら暮らしている。
「…ん暑い!!!くそ…今頃、エアコンの効いたマンションで過ごしてたはずなのに…」
結婚式を控えた今年の初め頃、嫁になる女が『実は好きな人がいて、あなたはただのキープで2号くんだった』と告白してきた。
そんなふざけた輩とは今後上手く行かないのは明白でお別れ…2人の愛の巣になるはずだったローンで買ったマンションも引き払い、会社も辞め、自暴自棄になってた所を大家さんが助けてくれた。
本当はこんなボロボロの部屋早く引っ越したいが、中々大家さんが優しくて離れ難い思いもある。
「なんだって俺は女運がないんだか…」
最初に付き合った彼女も、その次も、その次も…結局俺は『二番手』なのだ。
「だー!くそ!この暑さのせいで気が滅入るわ!」
俺はエアコンのリモコンを手に取った。しかし、このエアコンは電源を入れるとガタガタうるさく、このボロいアパートでは騒音問題になってしまいかねない…。
「我慢するか…でも夜も昼もこう暑くちゃ身が持たないよなぁ…」
そうだ、涼しいことを考えればいいんだ、と思い、こういうときはむしろライブ観にいきたいよなぁ…フェスなんかでナンパしたり、酒飲んで暴れたり…と考え出した。貧乏フリーターになってしまった俺には叶えられそうもない夢にうつつを抜かしていた。
そんな事を考えていると、部屋の片隅からゴソゴソと物音がした。
「あ?また出たか…ゴ…いや、え?でかくね?」
ゴソゴソ聞こえたのは、窓辺に置かれた棚裏からだった。黒い影が這いずり出てきた…黒いがあいうのようにテラテラ光る訳ではなく、少し小柄な黒猫が現れた。
「にゃおぉん……」
ヨタヨタと、やっと体半分這い出てきて、ようやく声を発した。
「ね……ね……」
あの黒い弾丸とは違って、総毛立った……
「猫おおおお!!!!」
そう、俺は猫が嫌いだ。
幼少期に猫の集団にもみくちゃにされ…股間にダイレクトアタック……これがトラウマの始まりだ。
それからと言うもの、猫には好かれるが毎回ダイレクトアタックを喰らい、近づいて見るのも無理な状態になり、別の意味での『猫アレルギー』に陥ってしまった。
しかし、その黒猫はヨタヨタと棚裏から完全に這い出でるとパタリと倒れ、息も荒く、手足を動かすのもやっとの状態だった。
『猫アレルギー』であるとはいえ、このまま家の中に置いておくのも寝覚めが悪い…
そうだ、あいつに連絡してみよう。
「あ、もしもし?小倉?」
「どうしたよ、こんな時間に」
「いやさ……家に猫が紛れ込んでてさ…助けてくんな……」
電話の奥から「ゆっきー、まだぁ?」と、風俗にも行けないような貧乏フリーターには毒でしかない女の甘ったるい声が聞こえてきた。
「わりぃ……今彼女んちでさ…また今度な!」
切られてしまった。くそ…リア獣医!滅べ!
電話を切られてから、俺はまんじりともせずにいる。
「生きてるかぁ……」
近くにあったホウキでチョンチョンと突くと、少し目を開けた……喉が乾いてるのか、ゼェゼェしている。
「そうか…水でいいか」
動かないものには多少なりとも近くには寄れるか……俺も大人になったもんだ……
水を皿に入れて、猫の口に水を少し付けてやった。すると、ゆっくりと音をたてて飲み始めた。
「よかった、喉が乾いてただけか…さて、どうやって家から出すかな………」
玄関を開けて、外に出せば…なんて考えていると
「──ぷはぁ!生き返ったぁ!!兄さん、ありがとうござんす!」
と、どこからか声が聞こえてきた。
「え?やだ!幽霊!?」その声に体が固まってしまっていた。
「おや?兄さん、兄さん?」うん、まだ呼びかけて来てる…
「ま、まさかな………よし、1、2の、3でふりかえ…」
「何してるでやんすか?」
意を決して振り返る前に、猫が俺の顔を覗き込んできた。
どれだけ時が経っただろう、はっと気がつくと少しだけ空が白んで来ていた。
「はぁ、朝か…ふぅ暑さでひどい夢を」
「起きやしたか!お兄さん!」
どうやら夢幻ではなかったようだ。しかし待てよ…俺の『猫アレルギー』が発動していない…?
黒猫は俺の前に座って、頭を下げている。
「助けて頂き、本当にありがとうござんした。手前『クロ』と発します…以後、お見知り置きを」
あれ?近くにいるのにアレルギー反応がない…!
「お前…猫だよな?」
クロとかいう猫は一瞬ポカンとした顔をしてから、
「あ、あっし、猫じゃねぇんで…猫又っつうんでさぁ」
と宣った。…よし、寝よう
「ちょっとちょっと!兄さん!ここから!ここから大事な話でやす!!」
クロは慌てて俺を抱き起こした。
触られても何も起こらない…これはまさかまさかかもしれない。
「んだよ、で?大事な話って何よ?」
「えぇ、兄さんはあっしを助けて下さいやした…よって!兄さんの、願い、3つ叶えます!」
「────おやすみ」
そんな童話でも7つ玉揃える奴でもあるまいし。
「お兄さん起きてくださいよぉ!」
「んだよ!今玉は2個しかねぇよ!」
流石に暑さに頭が弱ってるんだろう、と俺は枕に頭を埋めた。まだ何やら体を揺すられるが知らん!
「なんの話ししてるんでやんすか!んもー……ふぁあぁ…あっしも安心したら…眠くなってきちまったぃ……横で失礼しやすにゃ…」
静かになった部屋で、朝少し涼しい風が吹いてきた。
やっとゆっくり寝た俺は夢をみていた…
アレルギーになる前に飼ってた片耳がペタンと外をむいたままの黒猫、あいつそういえば行方不明になって、俺もギャンギャン泣いたっけなぁ…
あぁ、次目を開けたら、またいつもの下らない日常生活なんだろうなぁ…と、俺はこのとき、本気で思っていたのだ。
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