仏血義理(ブッチギリ!)爆走皇女編

第四破天荒! 拳で語れよ漢なら!


「覇! 覇! 覇! 覇ァアアアアアアアッ!」


 来るべき破滅に立ち向かうため! 幼皇女トラエスタが体を鍛え始め2月ばかり!!

 彼女の全身を覆っていた贅肉は少しづつ引き剥がされ! 当初少し走るだけでガクガクと震えていた足腰は徐々に強靭さを備えつつあった!!

 ……がしかし!? まだまだこんなもんじゃねぇふざけんじゃねぇ!

 破滅(ピリオド!)の向こう側へ至るには! この程度じゃ全然足りねぇぞゴラァ!!


「覇ァ! 覇ァ! 死んでたまるかオラアアアアアッ!?」


 朝の走り込みを終え!! 衛兵から奪った剣を薔薇園の中素振りするトラエスタの背を!! 彼女に仕える家臣達は!! ただ不安気に見守っている!!

「一体どうしてしまったのだ、トラエスタ樣は……?」

 前世の記憶を取り戻して以来! 鍛錬と節制に務めるトラエスタを見る者の目には! 不審・不信・腐心!! どこへ行くにも何をするにも自分の手足を使わなかったあの自堕落皇女は! 一体どこへ消え失せたのか!? というか自分たちまでその過酷な鍛錬に巻き込まれているのは、一体どういう了見なのか!?

「あぁ……!? 私の可愛いトラエスタが……! あんなはしたない格好で、剣を、剣を……! これはきっと悪い夢だわ……っ!」

 上階から庭園を覗き見る母君が今正に貧血で倒れたことを知る由もなく!!

 トラエスタは素振りを続ける!! 薄い肌着に鉢巻きはしたないかっこうで! 「覇! 覇! 覇ァアアアア!!」と叫び続ける!!


「覇アアアアアッ! 死ねオラアアアアアアアッ!!」


 そんな暑苦しいトラエスタの背を眺めながら、リガルド王子は涼やかに黒髪を掻き上げた。

 7歳児とは思えぬ落ち着きを持つトラエスタの婚約者、リガルド・ジ・オウルが早朝この宮殿へ訪れたのは、今正に床に伏したトラエスタの母君に頼まれてのことだった。

「あなたとの婚約を決めたあの日から、トラエスタの様子がおかしいのです! 宮殿の中を走り回り、それを止める家臣に口汚い言葉を吐いて、あまつさえこの私を指さして、……ク、クソ、クソババアだなんて言葉を……っ!」

 事前にそのような話を聞いていたリガルドだったが、実際にその目でトラエスタの姿を見てみると、多少の驚きは隠せなかった。2月前に出会った日より随分と痩せたトラエスタは、後ろ姿だけでも別人のようである。


 ――驚いた。あの自堕落皇女に一体どんな心変わりが……?


 呆気にとられる思いのリガルドは、しかしすぐに笑みを取り繕い、トラエスタに声をかけた。ご乱心の婚約者をこのまま放っておくわけにもいかないだろう。

「……これは一体どういうことです? トラエスタ樣」

 ラヴィス帝国との同盟関係を強固にするためリガルドに充てがわれた政略結婚の相手・トラエスタ皇女のあまりの変わりようは、振り向いた彼女の目付きからも見て取れた。

「ア゛ァンッ!? ……ンダコラテメェリガルドじゃねぇか? テメェはあたしに近づくなって、こないだ脅し(クンカイ!)入れてやったよなぁ? それともなんだァ? 今すぐここでケリつけんのかゴラァ!?」

 触れただけで血の出そうな鋭い眼光。そしてこの語気である。

 かつてのトラエスタはリガルドに惚れ込み、微笑むだけでその顔をだらしなく緩ませていた。全く御しやすい相手で助かると、そう思っていた筈なのに。

 婚約を結んだあの日、彼女の部屋を訪れてからは一変、この嫌われようである。自分に咎が有るようには思えないが、とりあえず謝罪を述べるべきなのだろう。

 リガルドは迷いもなく、トラエスタの前に傅いた。

「申し訳ありませんトラエスタ樣。あの日レディの私室に立ち入ったのは、愛しい婚約者が相手とは言え礼を失する行いでした。……しかしトラエスタ樣、私はそれ程貴方に惚れ込んでいるのです、どうかそれを理解していただ」

「うっせえぞテメェゴラァ!? 黙って聞いてりゃキャンキャンキャンキャン犬みてぇによお! ……どうせあたしの事なんて、お前は、お前はなんとも思ってないくせに……ッ!」

「……!」

 トラエスタの述べたその事実には、口聡いリガルドも黙り込むよりなかった。

 親の決めた政略結婚の相手・トラエスタに、リガルドが恋慕の情を抱いた事は一度もない。しかしだからこそリガルドは、それをトラエスタに気取られぬよう今日まで完璧に立ち回ってきた。事あるごとにトラエスタの屋敷へと立ち寄って、溢れんばかりの花と愛の言葉を贈り、会えぬ日が続けば手紙を送った。……それが一体、どうしてこんな事に。

 ――彼女に妙な入れ知恵をしたのは一体誰だ? トラエスタの母君か、それとも実父である皇帝の手の者か? もしくは我が国を煙たく思う第三国家の介入か……?

 七歳児らしからぬ思案に暮れるリガルドは知る由もない。

 数年後入学した魔法学園で庶民の女しゅじんこうと恋に落ちるリガルドは最後、婚約者であるトラエスタの謀殺に至ることを。トラエスタにとっては最悪の、そして主人公にとっては最高のその顛末を、寅子はもうプレイ済みであるということを。


「……どうせテメェも! いつかあたしを殺すんだあああああああッ!!」


 やがて半狂乱になったトラエスタは突如、鍛錬用の刀剣を振り上げた。

 ブルブルと震えるその刃先を見上げながらリガルドは、やれやれとかぶりを振った。

 これまでもトラエスタが癇癪を起すことは良くあった。が、自分はそれを尽く御してきたではないか。……そう、いつもこんな風に。

「……トラエスタ様、随分お痩せになりましたね。珠のような可愛らしさも魅力的でしたが、今の貴方はとてもお美しいですよ」

 振り下ろされる刃を半身で躱し、リガルドはトラエスタの体を抱き締めた。

 ……そして!! そのまま……!! 這蛇の如き卑猥な動きで……ッ!!


「……!」


 トラエスタの頬にリガルドが接吻を交わすと! その頬は一瞬で林檎色に染まり上がった!!

 急襲連合初代総長・筑豊寅子! 北九州生まれ北九州育ちのドヤンキーとしての記憶を持つ彼女は無論! 男からの優しいハグも! ほっぺへの甘いキスも! 初めての経験であった!!


「これでトラエスタ樣への愛が伝わると良いのですが」


 涼しい顔でそう述べたリガルドの唇を押し離して!! トラエスタは彼の胸ぐらを!! 両手で強く締め上げた!!

 寅子がゲーム内で最初に攻略した最推し王子・リガルドには到底分からぬ!!

 今この瞬間彼女が抱えている! 複雑な胸の内など!!

 彼の寵愛を受けるこの世界の主人公プレイヤーから!! 裏切られ殺される運命しかない悪役皇女へと転落した者の!! この引き裂かれるような激情など!!


「リガルド、テメェ……! テメェマジ……! マジそういうヤツだよなぁテメェは……!?」

「そ、そういう奴というのは……?」

「好きでもねぇ女をその気にさせて、それであっさりいつか裏切る……! あたしはそんな鬼畜王子のお前を……! これまでずっと好きだった……! だけどトラエスタいまのわたしには、そんなお前が許せねぇ……っ!」

「トラエスタ樣……!? な、泣いているのですか……!?」

「うるせええええッ!? これは目からションベン漏らしただけだボゲェエエエエ!!」

「ショッ!?」


 あまりにも皇族らしからぬトラエスタの言葉に目を白黒させるリガルドは!! さらなる衝撃を突き付けられる!!


「リガルド!! あたしとサシで勝負しろ! そんでもしあたしが勝ったら!! 頭の先からチン毛まで、全身の毛剃り上げろ!! そんで、二度とあたしに近づくんじゃあねぇッ!!」


 ……破天荒!!

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