第三破天荒! 夢中ノ乙女!!
○
二人だけが知る丘の上・白花咲き乱れる秘密の園で、寅子は美王子(ビューティー・プリンス!)に迫られていた。
「……逃げるなよ寅子。私は君に出会って初めて、本当の愛を知ったんだ」
長身の黒髪美王子・リガルドに執拗な壁ドンにて追い詰められ、ぽーっと頬を染めていた寅子はしかし、不意に彼の高貴な生い立ちを思い出し、その体を押し返す。
「いけませんリガルド樣! あなたは一国の王となられる御方。そして私は名もなき村娘。……それにリガルド様には、婚約者のトラエスタ皇女が……!」
「だからこそ……! だからこそ私は君に惹かれてしまう! 生まれながらに背負わされた王族としての責務、いつも影のように付き纏うその重圧から、君だけが、寅子だけが私を解き放ってくれた……!」
「リ、リガルド樣……♡」
「寅子、君は私の光なんだ。その輝きでこれからもずっと、私の心を照らし続けてくれ……!」
「……!」
熱く見つめ合う二人はやがて、どちらともなく唇を重ね合った。
ちゅっぱちゅっぱムチュウといった子供にはとても見せられないその濃厚すぎる光景をトラエスタは、リガルドの長い足元・踏みつけられる真っ黒な影となって眺めながら、やがて目を覚ますのだった。
「……地獄か、ここは」
広大無辺な皇女の寝室。白無垢のシーツにむくりと起き上がった彼女は悪夢から覚めて尚、この世界の大悪役・トラエスタだった。
きっと今頃どっかで村娘をやっているのだろう
「……水、それとヤニ」
部屋に居並ぶ侍女の一人が音もなく運んできた水を飲み干して、トラエスタはベッドから飛び降りる。煙草は勿論もらえない。だってこの小さく丸っこい小太り皇女は、まだ七歳のガキなのだから。
どうにもスッキリせぬ頭をブンブンと左右に振ってから自分の頬をバチンと叩く。そうして何とか目を覚ましたトラエスタは、まるで暴走族のリーダーのように獰猛な瞳で、部屋に並ぶ侍女・衛兵を睨みつけた。
「……オシッ! 今日も張り切ってくぞテメェらッ!! あたしについてこい!! まずは朝の素振りからだオラァッ!!」
転がるように外へ飛び出すと、臣下の者らが追い縋ってくる。すぐに辿り着いた薔薇の中庭で、このところ毎日恒例になりつつある朝の体操と、気合を込めた正拳突き1000回をお付きの者たちと繰り返す。
「オラァッ!! いつでもかかってこいや破滅エンド!! あたしはもうゼッテェに……! ゼッテェに負けねぇからなぁあああああああッ!?」
意味不明の怒号を発しながら見事な正拳突きを繰り出すトラエスタが一体何を考えているのか。家臣たちは知る由もなく、ただ皇女の機嫌を損ねぬために付き従う。
荘厳にして優雅な白亜の宮殿の中庭、薔薇園には似つかわしくない、野太い怒声が響き渡る。
「「覇ッ!! 覇ッ!! 覇ッ!!」」
臣下達の掛け声を真正面で受け止めながら、トラエスタは満足気にほくそ笑んだ。
必ず破滅する悪役皇女に転生し、一時は絶望に泣き明かしたトラエスタが辿り着いた『この世界での生存計画』は、至ってシンプルなものだった。
「「覇ッ!! 覇ッ!! 覇ッ!!」」
自らの体と拳を極限まで鍛え抜くことで、やがて訪れる破滅フラグを、……場合によってはそれを齎す美王子共を、この手で全て粉砕し尽くす。
「「覇ッ!! 覇ッ!! 覇ッ!!」」
無論、愛しい推し王子達をこの手にかける事には抵抗しか無い。故に、
自らがヤバい奴であることを外見や言動で予めアピールしておき、不要な争いを避ける。それはドヤンキーの寅子にとって、ごく当然の処世術だった。
「オラァッ!! 後百回気合い入れろオラアアアアアッ!!」
たゆまぬ日々の鍛錬により徐々に強靭な肉体を手に入れつつあるトラエスタはしかし、未だ知る由もない。
……大いなる破滅の足音はもう!! そのすぐ背後まで忍び寄っているということを!!
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