第9話魔術の逆転

 プー

 地面に吐き出した血水を見ながら…

 みすぼらしい北辰は神血武装で倒れないように支えているが、ラントロの恐ろしさを軽視していた。普通の魔導剣を使うだけで戦いで自分を圧倒できるとは思わなかった。

 今の自分は本当にかわいそうで、からだには相手が意地悪して残した傷だらけだ…

 北辰は再び弱者としての无力感を感じた。

 彼は前を見上げると、ラントロがゆっくりと近づいてきている。

「頑固なやつだな、君はいつまでも持ちこたえるつもりなんだ?俺らの差はただ防御を続けるだけで縮められるものではない。」

 頭を上げた北辰を見て、その冷たい目つきがラントロをいつも不快にさせる。自分が目の前の少年を窮地に追い込んでも、望む光景は見られない。

 乞う、泣く、崩壊…

 過去の戦いで、天才血殺師の少年たちは最後の瞬間に人間らしい姿を現すものだ。天才たちの死を恐れる本当の姿、このまま死にたくないという悔しさ…

 北辰には全く見られない。ラントロはただの反抗と、自分を大して気にしていない、どうでもいいという目つきだけを見た。

「チッ…帝国軍の無能な奴たちに希望を託しているのか?」

 ラントロはもう我慢ができなくなっている。今の任務はやはりエンヤ・ミサイアスを解決することだ。自分もなぜこの白カミ少年との戦いに夢中になったのか分かっていない。最初の恐怖が原因なのか…

 それともあのお方の力が少年の出現に応えているのか。

 北辰との戦いで、ラントロはつまらないと感じる。北辰はただ防御しかしない。反撃する意欲が全くない。

 ラントロでさえ戦いの快感を感じられない。

 実は北辰の心では劣勢を逆転する機会を探し続けている。正面から対抗しても、北辰がラントロを倒せるとしても、信じられないほどの代価を払うことになる。これは北辰が望まない結果だ。

 北辰が本当に恐れているのは…ラントロの背後にある、ラントロに力を与えた存在だ。だから自分は身分を暴露するような方法で敵を倒すことはできない。

 それとも、一瞬の隙間を見つけて、致命的な一撃を…

「大丈夫なのか?北辰くん。」

 エンヤはよろけながら北辰の方に向かって歩いてきた。二人の戦場の中央に。

「早く逃げろ、ここは危ない。」

 北辰は命令の口調でエンヤに逃げるように要求したが、エンヤはもう北辰の言うことを聞くつもりはない。

「もう十分ですわ、北辰くん。君は私を捨てて、一人で逃げるよ。こうしたら、私たちの間には一人が生き残ることができる。」

 エンヤは北辰が戦いを続けることを望まない。このようにすると北辰が自分のためにした努力が全部無駄になるけれども。

 でも、結局、北辰は彼女が偶然助けた少年に過ぎない。お互いには一日二日しか知り合っていない他人だ。

 黒い鴉の群れの中に残された車隊、商人と護衛たちはおそらく既に殺されているだろう。自分のせいでだ。

 エンヤはこのような悲劇が続くことを望まない。

「心配しないで、エンヤ・メシアス。俺がこの少年を解決した後、次は君だ。それとも、君は他人に自分が殺される過程を鑑賞させる趣味があるのか?」

「無形のラントロ、かつての王庭血殺師候補、私は君の存在を知っている。彼を放してください。君の目標は私でしょう。そのようなら、もう無辜の人を傷つけないで。」

「おう?君は自分が駆け引きの資格があると思うのか?」

 エンヤの無邪気な要求に対して、ラントロは笑うほどであると感じる。今の戦局の行方は完全に彼が主導している。一人が死ぬか、二人が死ぬか、全く彼の意志で決まる。

「もしかしたらあるかもしれない。」

「言ってみよ。」

 ラントロはエンヤが何か隠したものを残して局面を逆転できるものがあるとは思わないが、しかし好奇心がある。

「これ、私が呪文を詠唱するだけで車隊の魔力爆弾を爆発させることができます。君の仲間がそこにいるでしょう。」

 エンヤは月牙形の青い水晶のネックレスを取り出して、二人の前に示した。

 やはり、ラントロがエンヤが取り出したネックレスを見た後、彼は迷うようになった。ラヴァンチンの身分は普通ではない。もし本当に何かが起こったら…

「ただこの少年を放すだけ?」

「私は決して嘘をつきません。」

「よかろ。」

 ラントロは妥協した。エンヤがただの脅しであるかどうかは分かっていないが、レヴァンティンが車隊の近くにいる可能性はゼロではない。

「君は逃げることができる。唯一の生存者として、野犬のように卑屈に生き延びろ。」

 ラントロは魔導剣を収めて、北辰に早く視線から消えるように合図した。

「いいえ、僕は逃げない。僕はまだ、お前のような奴と戦って、それから逃げるようなことはしない。」

「どうして?」

 北辰の拒否に対して、エンヤの気持は崩れそうになる。なぜ北辰が生きるチャンスを大切にしないのか分かっていない。

 生きていれば、何よりも大切で、このような簡単な理屈、北辰が知らないなんて…

「見たか、メシアスさん。どうやらこいつは君に相当な迷恋を抱いているようだな。君と一緒に死ぬことを選ぶんだ。もちろん、そいつの首は持ち帰る必要はない。」

「こいつの話し、信じない方がいい。」

 北辰はエンヤの気持ちを理解しているが、運命を敵に委ねるのは賢くない決定だ。

「それなら、私が君を助けよう。」

「そうか…いいわ。」

 気持ちを少しととのえて、エンヤは北辰のそばに来た。彼女の固い表情を見て、北辰はもう拒むことができないと知った。

「うん。」

「なんだよ、最初からこうすればいいのに。少なくともこんな戦いなら俺を退屈させないだろう。」

 ラントロは再び魔導剣を取り出した。彼は二人に再び実力の絶対的な差を感じさせるつもりだ。

「この魔力爆弾、本物?」

「君が私を捨てることを拒んだんだから、これに拘泥る必要があるのか?」

「嘘をつくのは悪い子の特権だな。」

「行きますわよ。」

「うん。」

 北辰は土に刺し込んでいる神血武装を抜き出し、驚くほどの速度でラントロに近づき、エンヤに魔術攻撃の機会を作ろうとした。

 エンヤも体の魔力をオーバードライブして、絶対零度の凍気だけでできた杖を凝縮した。目の前の強敵に対して、もうすべて保留はできない。

 ラントロは北辰の思い通りになることを許さない。二人は森の間を縫うように駆け抜け、刀の刃が絶えず火花を散らし、交錯する光と影が彼らの背中に落ちている。

 北辰とラントロの距離が少し開くたびに、恩雅のいろいろな魔術がラントロを攻撃する。遮られるか、避けられるかした後、北辰は再びラントロを絡ませ、恩雅の次の攻撃のために準備をする。

「フン、こんな策略で俺を倒せるとでも思うのか、君たちはあまりにも甘いんじゃないか?!」

「うるさい。」

 体がますます限界に近づいている北辰は森の縁で突然足を止めた。ラントロは瞬間に左側の凍気を感じた。寒い嵐が彼を飲み込んだ。

「くそ!」

 嵐で凍え傷を負ったラントロがまだ足場を固める前に、続けて北辰からの側の斬り撃が来た。左の首から右の腰まで、彼を二つに切断しようとしている。

 しかし、ラントロは北辰のこの巧妙な攻撃を受け止めた。今北辰が側面の体をラントロの攻撃範囲に露出させているので、一撃を刺して北辰の命を完全に終わらせようとした。

 同時に、向こうの北辰もこれを勝負の一撃と見なしている。彼は意図的に側翼の弱点を露出させ、自身の重傷を代わりに勝利を得ようとしている。

 しかし、やはりラントロの方が速い。北辰はおそらく最後の一撃を斬り下ろす前に、ラントロに得てされてしまう可能性が高い。

 背後に大きな木があり、全ての退路がラントロの攻撃によって遮られている。彼が北辰を刺すだけで、勝利の帰属にはもう疑いの余地がない。

「危ない!」

 女の子の声が後ろから伝わってきた。刹那の後、北辰の位置がエンヤに変わった。彼女は北辰の代わりにこの必殺一撃を受けようと決めた。

「置換魔術!」

 ラントロは相手がこんな魔術も使えるとは思わなかった。これは完全に彼の予測範囲外だ。

 この経験豊富な殺し屋はすぐに次の危険を嗅ぎつけた。ラントロはエンヤの腹部を貫いた魔導剣を抜くこともなく、すぐに手を離して後ろに距離を開こうとした。

 さらに、後ろに跳ぶと同時に、ラントロは空中で自分の神血武装を握り、しかし戦技を使って逃げるには間に合わない。彼の考えは泡になることになる。

 同じ置換魔術の作用対象でもある北辰もエンヤがこんなことをするとは思わなかったが、突然の変化の中で僅かなチャンスを見つけた。

 北辰は幽霊のようにラントロの後に現れた。かわいそうなラントロは後ろ跳ぶ慣性で、自動的に北辰の神血武装の攻撃範囲に入った。

 黒曜石のような剣が黒焰を燃え上がらせ、力の込められた横の斬り撃が、背後からラントロを腰から二つに切断した。

「う——これはありえない…」

 神血武装が間に合わない、全力で戦うことができないで敗北した。この屈辱的な事実は、ラントロが受け入れられない。

 命の終わりに臨むと、ラントロの瞳孔に黄金のような輝きが現れた。意識が完全に消えるまで、残りの力を使って首を回す彼は、ただ白い姿を見ることができるだけだ。

 落ちている内臓とラントロの二つに分かれた胴体を見て、北辰はラントロが完全に死んだことを確認した。

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終焉が降臨したとき、同じキミと僕の再会の日 江上秋眠 @Egamiakinemuri

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