第2話一緒に旅行

「死ぬ前に、こんな暖かい幻覚が現れるなんて思いもしなかったわ。」

「君のからだは今のところ元気なんだよ。それに、いつまで触るつもりなの?非礼な人間としては演技が好きすぎるんじゃないか。」

 エンヤは思春期の少女なのに、北辰の無礼な行為に対して、彼女の反応もあまりにも淡い。

 冷たい宵いろの瞳はただ北辰が伸ばしてきて、彼女の胸をなでる手を見つめているだけで、一瞬北辰に次の一秒に腕が氷の塊に凍るさっかくを起こさせた。

「そうか…私が生きていることが偽りでないなんて、本当に意外だな。」

「おう?どこに?」

「キミは、まるで人形みたいだな、名前は?」

 北辰の手は彼女の胸から前に移動し、何かをつかもうとする手の形から友好的で礼儀正しい握手の動作に変わった。

 しかし、エンヤは北辰のあいさつに応答しなかったので、彼は何事もなかったように鼻をなでるほかなかった。

 そして、静かに後頭部を彼女のふとももから離れ、向かい側の席に座った。

「他人の名前を知りたいなら、まず自分の名前を言うべきじゃないか。」

「僕の名前か……北辰です。」

「何も思い出せないと言うと思ってた。怪しい名前だな。君の顔と同じように、どこかほかの所から来たんだろう。」

「そうかもしれない。」

「もういいよ。私は君のおんじんだ。ついでに君がどの血殺師学園のがくせいなのか教えてくれよ。」

「……」

「どうしたんだ、今さら失憶していることに気づいたのか?」

「これは不公平だ。僕が二番目の質問に答える前に、君の名前をまだ知らないんだ。」

「エンヤ。」

「早い…悪くないな、この名前は。」

 エンヤがいとてきにみょうじを隠しているけれども、北辰もエンヤのかくだんさに感心している。

 今の灰いろの時代、人々のせいかつはだんだん苦しくなり、帝国のとうちも維持しにくくなっている。

 生きていけない人は、傭兵団に入るか、自分のいのちを支配者に差し出して金をえるか、盗賊になる。強力な盗賊団体は、騎士に守られている貴族を襲う勇気さえある。

「で、先の問題に答え続けてもいい?」

「もちろん。」

「言えよ。」

「実は、僕は血殺師の学園でまなんだことないんだ。あるいは、まだ見習いなんだ。」

 北辰は目の前の少女が自分の血殺師の身分を疑わないことを知っていた。たとえしても、自分の神血武装を見せれば、簡単に自分のことを証明できる…

「あれ?」

「何があったんだ、あわててるね。」

 北辰はからだのポケットをぜんぶ探したが、自分の黒い小さな剣がどこにもなかった。あるいは、この車の中でも自分と神血武装のつながりを感じることができない。

 向かいあう席に座るエンヤは、とうぜん北辰の異常に気づいた。何か大切なものをなくしたようだ。

「僕をどこで見つけたのですか?」

「もしかして、何か大事なものをそこに落としたのではないでしょうか?」

「そうかも。」

「では、あなたはどうするつもりか。」

 北辰はこの質問にちょくせつ答えず、ドアの取っ手を握った。これが彼の答だ。

「エンヤさん、あなたたちが僕を見つけてから、目を覚めるまで、どれくらい時間がたちましたか。」

「ええと……私たちが怪しい男を拾ってから、私がちかんに襲われるまで、ちょうど三時間たちました。」

 エンヤのひにくに対して、北辰の平静な表情の下には、続けられない平常心がある。

 しかし、エンヤの答えは彼にとって十分だ。

 北辰も馬車のそくどがどれほどはやいか気にしない。彼はちゅうちょせずに門をあけた。

「エンヤ、前がしゅくばだ。このままで夜が来る前に町に着けそうだ…おや、どうしたことだ——」

 巨剣をせおったロゴスがそとから入ろうとしたところ、中から北辰が門で彼の頭をぶつけてしまった。

 もし北辰が素早く反応して、ロゴスの腕をつかまなかったら、落ちてしまう恐れがあった。

 …

「北辰、これが僕の名前です。」

 北辰は少し照れくさく感じた。いそぎ足ではしる馬車のそとに人がいるなんて思っていなかった。

 でも北辰は自分が発見された場所に戻る必要もない。彼は感じることができる。自分の神血武装がめの前のロゴスの身にある。

 みとめざるを得ないことに、この車が魔力を遮断する能力は本当にすばらしい。血殺師と神血武装の繋がりさえ切りできる。

「私はロゴスで、エンヤに仕える騎士です。」

 ロゴスと握手した後、北辰はまちきれなくなった。

「あの、君は黒い…」

「そうだ、これを返する。」

「を見たことがあるか…僕の神血武装。」

 北辰が問題を完全に言い終えるのを待たないうちに、ロゴスは神血武装を北辰に返した。

 ロゴスが渡してきた黒い小さな剣を受け取ると、この剣は相変わらずのすがただった。

「こんなに若い血殺師は森ではめったに出会えないですね。君は何で魔獣山脈に現れたのですか?」

「魔獣山脈…」

 こんなに遠くまで漂流してきたなんて思わなかった。北辰は目を細め、心の中で元の場所からどれだけ離れているか計算し始めた。

「原因はとても簡単なんだよ。魔獣山脈を通るとき、吸血グリフォンにそうぐうしたのです。」

「大したことだね。吸血グリフォンの狩るから逃げることができるなんて、君は普通の血殺師ではないでしょう。」

「君がそう言っても、僕が一方的に血族に追い詰められた事実は変わらない。」

「生き残ってこそ、次の物語があるのではないでしょうか。」

 ロゴスは北辰の不幸な遭遇に対して、単純になぐさめるだけではなく、むしろかなり興味を示しているようだ。

 このような人間は、これまで人間関係に対して冷たい態度をたもってきた北辰が嫌いではない。

 むしろ、北辰は単純に自分を強いて他人の悲劇に共感させることが好きではないだけだ。

「ところで、僕たちはどこに向かうのか。?」

「今さら、自分がどんな状況にいるのか把握しようと思うのか。私はずっと、これの優先度が女の子の名前より高いべきだと思っていた。」

 ずっと北辰とロゴスにそばに置かれていたエンヤが、突然彼らの会話を中断した。

 彼女の端正で冷たい声で言われた言葉は、いばらの生えたバラのようだ。

「私たちは炎の城へ行って商売をするのだ。北辰さん、君の目的地はどこなのか。」

「彼は自由人だよ、偶然私たちに拾われたんだ。」

「おう?そうなら、私たちと一緒に炎の城へ行かないか。炎の城フレムニア、あれは帝国と血族の戦争の最前線だ、決して退屈させないよ。」

「これは…」

 ロゴスからのしょうたい、北辰はちゅうちょした。

 普通のばあい、北辰は今、全員にうたがわれ監視されているはずだと思っている…

「何が悪いの?吸血グリフォンにさえ追いつけない君なんだから、血族につかまることなど心配する必要があるのか。」

 エンヤの目つきがびみょうになった。

 このひにくにちょくめんして、北辰はエンヤのへいぼんでない一面をさっちした。

「もし決められないなら、夜に町に着いたときにえらんでもいいよ。」

「分かりました。」

「そう約束しましょう。」

 ロゴスは北辰の肩に手をのせると、ついでにパンチをする動作をした。北辰もおとなしく手を上げて、拳を握った。

「俺は巡回に行かなければならない。エンヤを君にまかせよ、若い血殺師さん。」

 ロゴスは車のドアをあけて、さっぱりと移動している馬車からとび降りた。北辰がしようと思っても間に合わなかったことをした。

「このまま行ってしまうなんて…」

「君の方が男の子でしょう。落ち込んだようすを見せるなら、先に私の方がしなければならないでしょう。ここに残って、私と少し時間をつぶしてくれましょう。」

「たぶん、僕の錯覚かな。ロゴスさんなんて、二分もあってない人を、君と二人でいるようにほうっておくんだろう。それに、こんなに神血武装を僕に返してくれるなんて。」

「何でそんなにさわぐんだ。ロゴスも私も君に敵意なんていだいてないから、もっと心を開いてください。」

「ただ不思議に思うだけだ。もし僕が刺客だったら、ロゴスさんはどうするんだろう。」

「もし君は刺客だったら、ロゴスはここにいても無駄だ。」

 エンヤは掌で自分のあごを支えながら、無力な口調だった。

「なんで?」

「理由は簡単だよ。私がロゴスより強い、それだけのことだ。」

「はあ、全然見えない。」

 北辰は疑うような目でエンヤを見つめていた。この少女には美貌以外に、彼は危険なところがないと思っていた。

 たとえ外見だけから判断しても、エンヤは十五歳くらいの女の子に過ぎない。身にはまともな防具もなく、手にも魔術をはなつことができる杖など持っていない。

 たいして、ロゴスはおおがらで、せなかに巨大な剣、あるいは巨剣のような鉄塊を背負っており、身には安心感を与あたえる黒い鎧を着ている。

 どちらが姫で、どちらが騎士なのか。一般人ならロゴスが守るべき姫であるなんて思わないだろう。

「まあ、よくあることだ。血殺師として、外見で敵を見下すようなことはしないほうがいい。」

「とうぜん、吸血グリフォンはすでに僕に多くの技を教えてくれた。」

「ここでは、もう嘘をつき続ける必要はないだろう。」

 恩雅の言葉は、最初から北辰が言った一言一句がどこが真実でどこが嘘かを区別できることを明らかにした。彼女はすべてを知っている。

 北辰が嘘をつき続けるのも、自分の判断を確認するための一部であり、結果として彼の判断は間違っていなかった。

「君がロゴスより強いと言うけど、どうやって証明する?自信満々のロゴスは普通の血殺師には見えない。」

「私は普通の女の子に見える?」

「そうだね。」

「で、君の血殺師はどんな位階に達しているの?」

「位階?」

「帝國の血殺師協会の認可を経て、血殺師のみぶんと実力の象徴なんだ。」

「本当に申し訳ないわ。」

「位階さえ知らないのに血殺師になったなんて、私は君がすごいと褒めるべきなのかな?」

 エンヤは無力にため息をついた。

「エンヤ先生が生徒の疑問に答えてくれることを願います。」

「先生…こんな呼び方をしてくれるなら、一応話してあげましょう。」

 エンヤはそでぐちから杖を取り出し、なかぞらで軽く一点した。小さな杖のすいしょうが白いの輝きをはなち、新しい世界が彼らのいる車の内部を覆い隠した。

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