第14話
騒々しい夜が明けても、町の住民たちは外に出ることができなかった。
その原因は、大通りを歩いている血まみれの男女にあることが一目瞭然であった。城間組の総力をかけた討伐戦は失敗に終わった。
二人が朝焼けを背にして向かっているのは、城間組の会合が行われる予定の場所であった城間剛造の自宅である。最も、ほぼ全ての構成員が2人に殺害されたため会合というほどの規模の集まりは二度と不可能になっているのだが。
五郎は宮崎の射撃によって切られた頬に止血用の木綿を張り付けているし、マキも所々に切り傷を作りその足取りは重い。二人は満身創痍であった。
「なんだか見世物になった気分だ……」
「こんなに目立つんじゃ鉄砲玉失格ね」
マキはクスリと笑った。
町はずれに差し掛かり、二人の脚が止まる。
二人の前に現れたレンガ造りの巨大な家の玄関には、檜の美しい木目に掘られた組の名前が空虚に輝いている。
「この旅もようやく終着駅ね」
ぽろりと漏れ出したマキの言葉に五郎は首を振った。
「この先も旅は続くさ。苦楽は着いてみなきゃわからないけど」
「……いいこと言うじゃない、あなたも変わったわね」
血と肉と暴力のお祭り騒ぎも、ついに終わりが近づいていた。
警戒しつつも扉に忍び寄った二人は、扉に鍵がかかっている様子に肩をすくめた。
「往生際が悪い奴ね」
五郎は鍵部分に2発撃ちこむと、扉を開きつつもその縁から中の様子を除く。
まるで劇場のような大きな吹き抜けの奥に、二又に分かれた金箔で彩られた手すりを持つ階段が2階へと続いている。床にはカーペットが敷き詰められ、いくつもの窓から差し込む光が広間の空気を明るく照らしていた。
レンガ造りの建物自体が新しく入ってきた文化であり、なおかつここまで大きく凝った建物を建設する費用は想像もつかない額であろう。それだけの勢力を彼らは持っていたのだ、少なくとも三日前までは。
「奴とオヤジは3階にいるはずよ」
迷いなく階段に進むマキの後ろを、ライフルを構えた五郎がおっかなびっくり付いてゆく形で二人は階段を上る。
二階に到達した二人は周囲を見渡す、複数の扉は開くことはなく沈黙したままであり、まるで人の気配がない。
「逃げたんじゃないか?」
五郎が最もな疑問を口にする。ここまで手痛くやられたのであれば当然考えられる選択肢だろう。しかし、マキはすぐに首を振った。
「どこに逃げるって言うの?
……あなただってそうだったじゃない。人は己の過去からは逃げられない。
生まれや人とのつながりに縛られて動けなくなるものよ。
榊原は山ほど恨みを買ってる。今更立場を捨てられないでしょうし、逃げ出したなら他の組に即座に始末されるでしょうね」
3階への階段は、クマの毛皮が敷き詰められた半ば不気味なものだった。力への欲求を表すにしても過剰に見える表現に五郎は面喰った。
階段を登り切り、マキの後ろに付く五郎は窓の外を覗く。そこには豪奢な中庭と、その奥にある建物の壁面がある。
そこで初めて、五郎はこの家が中庭を囲う様にして立っているコの字型の建物だという事に気が付いた。五郎たち歩く廊下は建物の右部分であり、左部分からは窓越しに2人の姿が丸見えになっているはずである。
「ここがオヤジの部屋よ」
嫌な予感は、マキの言葉によって実感に代わる前に打ち消された。突き当りに革張りの大きな2枚扉が聳え立っている。扉を開くと同時に二人は中に転がり込むが、二人が想定していたような反撃は訪れなかった。
大理石の長机の奥には、帽子をかぶった一人の男が座っていた。
座るというよりは椅子にもたれかかっていると言う様子が正しいだろうか。
彼の手には拳銃が握られている。
「オヤジ……!」
マキがその男に走り寄る、五郎は呆然としながらも、何か違和感を感じ周囲を見渡す。
この状況はまるでお膳立てされたように出来すぎていた、罠も何もなくここまでたどり着いたの奇妙だ。五郎は先ほど気が付いた建物の構造を思い出し、窓に目を凝らす。そこに何かが光の反射を受けて輝いたような気がした。
五郎は気が付けば走り出し、マキに飛び込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます