第13話
「生きてるやつらは馬にとっとと乗れ、追いかけるぞ!」
「兄貴ぃ!兄貴に続くぞオラァ!」
宮崎を先頭に4騎の馬がマキの馬を追って疾走する。やはり馬に乗せている人物が多いためにマキの操る馬は速度が遅い、みるみる距離が縮まっていく中で男たちは銃を抜いた。炸裂音とともに、マキの背後に腰を下ろしていた五郎の構えていた散弾銃が火を噴く。
宮崎の隣を走っていた男が吹き飛び、馬から転げ落ちる。
「ボーっとしてんじゃねぇ、打ち返しやがれ!」
宮崎は銃を抜き連射するが、再度開いたマキ達との距離と、跳ねる馬の尻が狙いを正確につけさせない。
「グェっ……」
腰に巻いた散弾のシェルを素早くリロードした五郎の2連射により、喉が潰れるような音を出しながら部下の一人が馬上から振り落とされた。
「兄貴ィ、まずいですぜ!」
「分かってるよ!」
宮崎はレ・マット・リボルバーのハンマーをハーフコックし、散弾用のピンを叩くためのサブハンマーを立てるとフルコックした。
「援護射撃しろっ」
宮崎は馬の尻を叩いて加速させ、もう一度マキ達の馬と距離を一気に詰める。
打ち返そうとした五郎の体を、マキが無理やり横に倒した。馬の頭上を援護射撃が通り過ぎて行く。その瞬間に合わせ、宮崎はマキの馬に散弾を撃ち込んだ。
散弾は馬の脚を捉え、バランスを崩した馬が大きく倒れる。マキと五郎は地面に投げ飛ばされた。五郎の散弾銃が地面を滑り、彼の手から離れる。
「くたばりやがれ!」
宮崎に追いついた男が五郎を撃ち殺そうと銃を連射する。だが、受け身をとっていた五郎が倒れこみながらも素早く抜いた拳銃の3連射が男の体を揺らした。
気が付けば数的有利は消滅し、2対1の状態がそこに出来上がっていた。宮崎はひらりと馬から飛び降りると、二人の前に降り立った。
マキは馬から投げ出された際に頭を打ったらしく、上手く壁手をついて頭を抱えていた。
「マキ、お前はそこに居ろ、こいつをぶっ殺して目を覚まさせてやる。
そんで、そこのお前、名前は」
「五郎だ。マキの知り合いか?」
「知り合いだぁ?そりゃこっちのセリフだ、俺はマキ幼馴染だっての。
……てめぇのせいで全て滅茶苦茶だ。
大人しく死ね、お前さえ死ねばマキの生死は問わんと親父から言われてんだよ」
ゆっくり立ち上がると、五郎は銃をホルスターに収めた。この数日間で戦った城間組幹部の中では数少ない話の通じそうな相手であった。
「マキは無罪だ、横領は榊原の罪で彼女は罪を擦り付けられただけだ。
彼女が榊原にどんな目にあわされてるかお前は知ってるのか」
「あん?マキ、なんでこんな奴に……」
宮崎の表情が歪んだ。たった数日でマキという人間の心に足を踏み入れているこの男に怒りを覚えた宮崎は吐き捨てるように言った。
「俺が知らねぇわけねぇだろ」
「なに?」
「あんなんでもこの組の中心人物だ、この辺の組の有力者数名と盃を交わしてるのも奴だから殺すわけにはいかねぇよ……。ただ、今日が終われば俺が組の新しい支配者だ。マキにも、もう手を出させねぇ」
五郎はそんな宮崎の言葉に首を振る。顔には明らかな落胆の色が浮かんでいた。
「マキを連れ出して逃げればよかったじゃないか。
俺じゃない、お前がやるべきことだったんだ」
「……なに?」
「苦しんでることがわかってんならどうして助けなかった!
呑気にお前が出世を待ってる間に彼女は捨て鉢になっちまった。お前が手を差し伸べていればよかったんだ、どうして一緒に逃げてやらなかった!」
宮崎の顔にさっと赤みが差した。
「知ったような口きいてんじゃねぇ!
俺たちは殺ししか知らねぇ、まともには生きられねぇ」
宮崎はホルスターに手を当てた。
「抜けよ、これで十分だろ」
宮崎の動きを五郎は見逃さなかった。ホルスターから銃を引き抜く。
鳴った銃声は一つ。五郎は銃が目の前から姿を消していることに気が付いた。目の前の宮崎の銃から煙が漂っていることに気が付き、ようやく五郎は自分の銃が弾き飛ばされたことに気が付いた。
実際のところ、宮崎は五郎の顔面目掛けて引き金を引いていた。五郎が宮崎に匹敵する速度で銃を構えていなければ、五郎の顔面に銃弾を防ぐものは何も存在せずに絶命していたであろう。逆に五郎が一瞬でも早く反応できていれば同時に引き金を引くことになり、勝負は運に身をゆだねられたはずである。
ほぼ互角の勝負を宮崎は辛くも制したのである。
運のいい野郎だぜ、と宮崎は心の内で舌打ちしつつも、あえて銃を弾き飛ばしたかのごとき態度で五郎に笑いかける。
「動くなよ、次は脳天狙うぜ」
五郎は冷や汗を流しながらも、取り乱すことはしなかった。その態度に違和感を覚える宮崎だったが、その視野は五郎以外にもしっかり向けられていた。
動こうとしたマキに宮崎は銃を向ける。
「お前もだ、マキ。悪いがいくらお前でもこれ以上のヤンチャは見逃せねぇんだ」
勝負はついたかのように見えた。
その時、宮崎の視界の端でマキが頷いた。宮崎はとっさに五郎に銃を向け、ハンマーを起こす。五郎は銃を弾き飛ばされ丸腰のはずだったが、長年のガンマンの感が彼に危機を知らせていた。五郎が何かの合図をマキに送ったのであると。
五郎と宮崎の視線が重なる。
二度目の銃声は、2つの銃口から発せられたものだった。
五郎の頬を銃弾が切り裂き、血が溢れ出す。五郎にとどめを刺そうとした宮崎は、銃を取り落とした。彼のシャツの胸部から赤いシミがじわりと広がり、それはあっという間にシャツを赤く染め上げる。
宮崎は胸を手で押さえながら五郎を呆然と眺めていた。彼の左手には小さな銃が握られていた。デリンジャーと呼ばれる単発の超小型銃である。
五郎は右利きである。用心して左の手でデリンジャーを隠し持っていた、その周到さに宮崎は顔を歪ませる。
2対1でなければ、五郎が少しでも慢心していれば、この勝負は成り立たなかったであろう。素人である五郎だからこそ、臆病に最後の手段を用意していたのである。
「俺は……」
宮崎は地面に膝をついた。
マキの表情は動かない。
「一言、一緒に行こうって言ってくれれば良かったのに」
宮崎は何か言葉を取り繕おうとしているらしかったが、彼の口から言葉が放たれることはなかった。
「バカ、何か言ってよ……」
泣き笑いのような顔を浮かべて、マキは宮崎に背を向けた。
宮崎はマキに手を伸ばすが、バランスを崩してその場に倒れこむ。そして、そのまま動かなくなった。
五郎は転がっている自分の銃を拾い上げると、宮崎のことを一瞬見つめた後、マキの背中を追った。泣いているマキにかける言葉が思いつかない五郎は、その後ろを歩くことしかできない。
もし、自分が宮崎の立場だったとして、将来確実にマキを助けられるとわかっていて、それを棒に振って暗闇へ飛び込めるだろうかと五郎は考えた。
いくら歩いても答えは出なかった。
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