第11話

 城間組は壊滅一歩寸前のところまで追いつめられていた。

 幾度にも及ぶ襲撃はすべて失敗し、その姿を血と肉の海に変えて帰ってきた。

 榊原の立場は急速に悪化していった。幹部の城島・岬率いる腕利きの部隊が一晩で全滅したことで城間組は恐慌状態に陥った。彼らが失敗した最初で最後の任務だった、

 それでも榊原は冷静だった。戦力の逐次投入をやめ、腕利きと高価な銃器を存分に投入した駅前の襲撃は、それでも失敗した。

 ついに榊原は、城間組組長である城間剛造に呼び出されることとなった。

 剛造の屋敷の応接間で、机を挟んで榊原と剛造は向き合ったまま一言も発さない。しびれを切らしたのは、剛造の護衛として彼の背後で腰を下ろしていた宮崎であった。

「オヤジ、なんで何も言わねぇんです!?」

「宮崎」

 剛造は眉をひそめた。普段の宮崎であればそれで引き下がるような態度であったが、今回は宮崎も引くことはなかった。

「マキがどうしてここに向かってるかわかるでしょう。

 この男を差し出せと言えばええじゃないですか!それを未だにこの男に任せっぱなしだから組が壊滅しそうになってるんです。オヤジ、決断してください。

 マキを呼び出して、この男を好きにさせればいいんですよ!」

「宮崎、オヤジの前で失礼な行動は慎め」

 榊原がようやく口を開くが、宮崎の怒りは収まらない。

「どの口が言う!

 そもそも横領の話だってマキがやったか怪しいじゃないの。

 マキが今までそんなそぶりを見せたことが一度でもあったか!」

「俺がでっち上げたと?」

「知るか、大事なのはあんたのせいでこの組が終わろうとしていることだ。皆死んだ、なのに原因のあんたがのうのうとしている。こんな話があるかい!」

 宮崎の手が腰のホルスターに伸びる。

「やめんか宮崎!」

 部屋の中に剛造の怒鳴り声が響いた。宮崎は思わず動きを止める。

「オヤジ、どうして……、どうしてこの男にそこまで好き放題やらせるんです」

 剛造は宮崎に背中を向けたまま、疑問には答えなかった。

「宮崎、お前、好きなだけ人とお金を使ってあの二人を止めてこい」

「オヤジ!」

「男は殺せ、ただしマキは好きにしていい。

 まずは組を守ることだ」

 宮崎は驚きの色を隠せず、思わず押し黙った。

「組員の事はワシも家族だと思っている。勿論、お前がマキをどう思っているかも知っている。しかし、お前らを食わせるには、ワシの力では足りんのだ。ワシ一人で、お前たちだけでこの組をここまで大きくできたか?」

「オヤジぃ!マキの事を知ってたんですかい!」

 宮崎は怒りの形相を露わにしたが、数秒かけてその感情を飲み込むと、険しい顔のまま席を立った。

「……オヤジ、榊原の事、これが終わったらじっくり話し合いましょう」

 荒々しく障子を閉める音が部屋に残る。

 宮崎の足音が遠ざかって行くのを聞き遂げて、剛造は榊原に目を向けた。

「前門の虎後門の狼と言った所だな。まさかお前の趣味が組をこんな状況にするとは思わなかったが」

 榊原は深々と頭を下げた。

「頭を上げい、言ったじゃないか、俺とお前は一心同体の兄弟だ。

 お前が死ぬ時が、俺が死ぬ時だ」

 剛造の言葉に榊原はもう一度深く頭を下げた。

 先代の城間組組長が急死した際に問題になったのは、長男の城間鋼造と次男の城間剛造のどちらを組長にするのかという話であった。

 剛造は非常に大人しい性格故に組長など勤まるはずがないと自信を評していた。城間組の構成員たちもその言葉を信じ、鋼造が組長になることでこの話は終わりを迎えるはずだった。

 そのため、誰一人として鋼造の不穏な動きには目を向けていなかったのである。

 鋼造は非常に猜疑心が強い男であったし、剛造が権力に興味がなくても周囲が担ぎ始めれば本人の意思など関係がなくなることを鋼造は知っていた。

 組長が死去した翌日、鋼造の差し向けた刺客を撃退し、鋼造を探し出して始末したのは剛造ではなく榊原であった。的確かつ冷徹な手段をもって崩壊しかけていた城間組をまとめ上げたのも榊原の手腕であった。

 榊原は相当な野心家であったが、長年裏の世界にいることからメンツの大切さも理解していた。剛造は自分の立場と組を守るために、彼と約束を交わしたのである。

「荒事も知恵もワシには向かん、だからこの組の事はお前にすべて任せる。しかし、この組を潰すことは許さん。

 ……そうでなければ、死んだ兄もオヤジも報われん」

 鋼造の葬式がひっそりと終った日の夜、剛造と榊原の奇妙な関係は始まった。

 実質的に権力を仕切っているのは榊原だが、組員の前ではそれはひた隠しにされた。そうでなければ構成員の僻みを買い、他の組からの付け入る隙を与えることにつながりかねない。

榊原の意図をくみ取り組を動かしつつ、ひっそりと榊原の組織内での地位が絶対的なものになるように剛造は苦心し、榊原はその権力を使い権力を拡大、その力を組の発展に振るう。初めはお互い利用するだけの関係が、真に親密なものになるまでにそう時間はかからなかった。

兄弟の盃を誰にも知られぬところで彼らは交わした。

その関係性が榊原を歪ませたのかもしれない、少なくとも剛造はそう考えている。榊原がストレスのあまり遊女に暴力を振るうようになった時、剛造が行ったことは榊原を止めることではなく、組員として育成すべく集めた孤児の少女を榊原に宛がう事だったのだから。

 榊原の責め苦に耐えられず複数の少女が絶命した後、マキという名前の少女が死ぬこともなく一人でその役目を受け止めていることに、犠牲者が少なくて済むと肯定的に受け止めたのも剛造であったのだ。

 剛造はそのことをしっかりと自覚していた、だから榊原を責める気にはならなかった。今榊原が背負っている因果と業は、剛造が背負いきれなかったものなのだ。

「必ずやこの事態を収めて見せます」

 疲労の色が隠せない榊原の声にも覇気はなかった。ここまで築き上げたものが2人によって切り崩されていく光景を止めることができない心的疲労も大きいだろう。

 例えこの事態が収まったとしても、宮崎という脅威が残る。剛造は宮崎がマキに大きな感情を向けていることを知っていた。それが自分を怒鳴りつける程のものであるとはおもわなかったが。

「宮崎は何とでもなります、奴も結局は裏の世界に首まで浸かった人間。

 この世界から出ていくことは考えておりますまい。そこが奴の命とりです」

 自分に言い聞かせるようにそう呟く榊原に、剛造は苦笑いを浮かべた。

 その榊原の言葉はそっくりそのまま2人にも当てはまっていた。彼らを憎むものは山のように存在する。この組を放り出してマキ達から逃げおおせたとしても、敵対勢力から逃げ切ることは不可能だろう。

 数日前まで地域一体で最も自由な存在であったはずの二人は、その因果によりがんじがらめになり動けずにいるのだった。

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