第8話

1ヶ月後のある日の午後。

書類や預かっている荷物の整理をしていると、僕宛にお客様対応をして欲しいという人物が来局していたので、窓口に出ていくと、払い込み書の受付の引き継ぎをして欲しいと同僚から依頼をされた。

窓口の席に座り通信欄を見てみると見覚えのある名前と字体が目に写った。名字を呼び出してみると、8センチはあるだろう靴のヒールの音が聞こえた。


「お待たせしました……あっ……」

「こんにちは。来ちゃった」


彼女だった。何故職場を知っているのか尋ねると、僕の眠っている間にバッグから名刺を盗み出し調べて来たという。

僕はさっさと用を済ませたかったので、払い込み金額を提示して早く帰るように告げたが、彼女はお客として来ているんだからもっと丁寧に扱えと返答してきた。


その様子を見て同僚が彼女のいう通りだから粗雑に扱うなと告げてきたが、親しい友人だと返答したら、綺麗な女性には優しく対応しろと言ってきた。

こんな乱雑で変態的存在の彼女に「綺麗」の熟語に対して失礼だと白目を向きそうになったが、作り笑顔で後ろで並んでいる他の客に迷惑をかけるからあとで連絡をすると言って帰そうとした。

すると僕のネクタイを引っ張ってきて、真正面に顔を合わせて小声で言ってきた。


「あとでたっぷり殺してやるからな」


そう告げて郵便局の外に出て行った。その後は何事もなかったかの様に接客に応じていき、退勤をした後に駅のホームで彼女に電話をかけた。

しかし通話中だったのでメールで昼間の態度を改めてくれという内容の文を送った。


また1ヶ月が経った日の夕方に帰宅途中にメールが届いた。アキからだった。知り合いの店で夕飯を一緒に食べたいと言ってきたので、すぐに駅の反対側の改札口から指定された場所のある駅の路線に移動して向かった。

食事を終えて駅で彼と別れた後にホームで電車が来るのを待っていると、彼女からメールが来た。僕の自宅付近の居酒屋で飲んでいるから来いと言ってきた。


30分後に居酒屋に行き中に入ると、店の奥側のカウンター席で身体を伏せて寝ている姿の彼女がいた。身体を揺すり自宅に行こうと告げると素直に応じて会計をした後に店を出た。


「歩けないからおんぶして」


背中に彼女を背負い、ふらつきながら抱えて自宅に向かった。


「吐くなよ」

「そこまで飲んでいない。そうしたら想ちゃんが可哀想。」


そう呟く声を聞いているうちに家に着いて、ベッドへ横にさせると僕の手を握ってきた。


「どこにも行かないで……」

「着替え、出すからちょっと待っていて」


寝ている枕元に部屋着を置いて、僕も着替えをした。喉が渇いたので水を注いでほしいと言っていたので、台所の蛇口からグラスに水を入れて、また寝室に行き手渡しした。

ベッドの脇に座り眠る彼女の姿をしばらく見つめていた。また突然抱きつくか飛び蹴りされるかと考えていたが、その日はいつも以上に大人しくしていた。


試しに手を伸ばして頭を撫でてみた。どうやら本当に疲れて眠っているようだった。僕はその姿が愛おしく思えたのか、頬にキスをした。いつ襲いかかる予測がつかないところもある人だが、あまりにも大人しくしていたので胸騒ぎが立った。

1時間程経過して起きる様子もなかったので、その隣に一緒に横になって眠ろうとした時、彼女が僕を見てきた。少し驚いて身体を起こし脅かすなと告げると、ごめんとひと言言ってまた目を瞑った。


翌朝になり、彼女が帰宅した後、アキから連絡が来て急用が入ったから今日は家に泊まりに来れないと告げてきた。彼も繁忙期なのか最近会う頻度が減っていた。カレンダーに目を向けると6月が終わろうとしていた頃だった。再びメールが来たので彼かと思ったら、彼女がまた今晩飲まないかと誘ってきた。明日は日曜日だし付き合うのも良いかと心を許した。


数時間が経ち彼女が荷物を抱えて家に入ってきた。夕飯は自分が作るから台所を貸してくれと言ってきた。

そういえば彼女の手料理を食べた事がないのに気がついた。

何を作るのか聞くと安心して期待していろと返答された。それは少し怪しく聞こえたが最後まで任せることにした。ソファで待っていると良い匂いが部屋中を立ち込めてきた。


18時。少し早い時間だが夕飯を摂ることにした。盛り付けた皿を見ると、豚の角煮や3品の惣菜がテーブルを取り囲んでいた。


「食べよう」

「いただきます」


ひと口を口にすると意外にもあっさりとした味付けで美味しいと告げると微笑んでくれた。気づけば全て2人で食事をたいらげていた。食器を片付けた後ビールと日本酒をソファ側のテーブルに並べてお互いの近況の話を中心に酒の勢いが進んでいった。


3時間後、だいぶ身体も酔いが回りかけている頃、彼女がセックスがしたいと言ってきた。烏龍茶を何口か飲んでしばらく経った後に2人で身体を支えながら寝室に行き営みをし始めた。


そして翌朝のあの日だった。彼女は自殺をしたのだった。

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