第3話

夕飯を終えて後片付けを済ませると、アキは浴室から上がってきた。


「シャワーだけじゃ風邪引かない?」

「ビール飲みたいからサクッと済ませた」


彼は冷蔵庫からビールを、僕は食器棚からグラスを出して手渡した。お互いにつぎ合うと乾杯をした。


「良かった」

「何?」

「元気になって」

「どうした?」

「この間、彼女亡くなったじゃん。ショック受けているんじゃないかって気になっていた」

「……まぁな。まださ、死因が分からないんだ」

「警察は?」

「自殺しかないって言われた。遺言もないけど、とりあえずはそうだって」

「自殺によるショック死か……なんかやりきれないね」

「あの後、実家に行って仏壇にお参りした。彼女の親も部屋の中に立ち入ってみたけど、ひとつも痕跡がないって」

「想ちゃんがバイだって知って死んだとか?」

「それを知っていたならあの性格じゃ俺にすぐに突っかかってくるよ。何にも言ってこなかったしなぁ……」


僕がソファに座り込むとアキは太ももに頭を下げてくっついてきた。僕のスウェットのポケットに手を入れてきて太ももを弄っていた。


「先にする?風呂に入ってからしようか?」

「……悪い。あまりする気がない」

「え〜?」

「風呂入ってくる。適当にテレビでも見てろ」


アキは僕を眺めながら浴室に行く背中をじっと見ていた。すると彼のスマートフォンからメールが届いて何かを呟きながら返信をしていた。

浴室が出た後リビングに行くと、彼はソファの上で横になって眠っていた。寝室から毛布を取り出して身体の上からかけてあげた。

僕は彼の頭を撫でながら彼女のことを思い出していた。


──はじめて会った時は居酒屋で仲間とつるんでいた隣の席で、1人ジョッキグラスを5、6本は飲み漁るように店員に絡んでいた女性を見ながら、あいつは絶対話しかけるなと小声で言いあっていたら、じっと僕らを細目でみつめてくる視線が耐え切れなかった。


仕方なかったので、一緒に飲もうかと伝えるとニヤリと微笑んできてジョッキ片手に僕らの席に図々しく詰め寄るように座ってきた。


「名前は?」

「丸岡です、丸岡想多」

「じゃあ想ちゃん。あんた彼女いるの?」

「いや、今のところは……ってか何すか?まだ会って1時間くらいしか経ってないっすよ」

「色恋の話なんてザラじゃん。いないなら、あたしと付き合うよ」

「……んなアホな……」


そう言い放つと彼女はグラスの角を僕の額にわざとぶつけて笑っていた。確かに痛かったけど、飾らない人柄が垣間見れたような第一印象だった。

僕だけじゃない。気づけば周りの皆とも気さくに話しかけていた。


ものの4時間ばかりだっただろうか、帰り際には連絡先も交換していた。それにつられるかのように自分も彼女とメールアドレスを交換したんだった。

店を出てしばらく皆で歩いていると、帰路がひとり、またひとりとまばらになっていき、電車を乗り換える時には彼女と2人きりになった。


「これからそっちの家に行きたい。すぐ帰るから」

「後悔することはしない方がいいかも。帰れよ」

「怖い?」

「さっきから繰り返し言ってるけど、今日が初対面なんすよ?……野獣みてぇだな」

「あたしじゃ後悔する?想ちゃんしたい顔しているよ」

「からかうなよ。帰れって」


すると彼女は僕の背中に飛び乗ってきて、はしゃぎ始めた。身体がよろつきながら支えるようにおんぶをすると、首に腕を絡ませてきた。


「怖がらないで。あたし、想ちゃんとしたい。今日話していて、コイツと仲良くしたいって思った」

「……」

「家は?」

「ここからだと30分くらい」

「じゃあ直行決定。……重かったでしょ?歩くから、案内して」

「その様子じゃ、随分と慣れている感じだな」

「それはどうかな?」


ひと癖やふた癖じゃないその容姿に疎外感をも持ってしまうが、僕自身も何故だか彼女に興味を示していた。


自宅に着いて靴を放り出すように脱いでヅカヅカと中に入り、台所やリビング周りを物色し始めた。恐らくこの人は地方出身の人間だとなんとなく察した。


「ねぇ、ビールある?」

「まだ飲むの?……一応あるけど飲みますか?」

「缶のままでいい。ちょうだい」


いつの間にか冷蔵庫を覗いたな。呆れながらも1缶手渡して開封すると流し込むように飲んでいった。この調子だと1ダースはいけそうな飲みっぷりだなと感じた。

彼女が手招きをしているので、傍に近づくと僕の片足の膝の裏を掴んできて、その反動で身体を崩して尻もちをつくと彼女は笑い出した。


「想ちゃん、今まで何人と付き合ってたの?」

「3人くらい」

「少なっ。ほとんど童貞じゃん。」

「それはキツイな。」

「あたしは悪くないよ。……よく見るとイケメンじゃん。」

「あまり言われた事ないな」

「じゃあブサメンにしておく?」

「うるせーよ」


すると彼女は僕の身体にしがみついて肩に顔を埋めてきた。

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