第17話 報告

 倖和京こうわきょうから南東に位置する散野霊園にて、涼葉は二つの墓石に、御神酒の入った小さな壺と、文をしたためて折り畳んだ紙を、丁寧にお供えした。


 一つ目は、先代帝であり長兄の上津島藤生の名が刻まれた墓石。

 もう一つは、先々代帝であり父親の上津島千秋の名が刻まれた墓石。


 二人とも、突然に空光国そらみつのくにを襲った強力な疫病を撲滅して人々を守るべく、病鬼とあいまみえてこれと戦い、儚くもその命を落とした。


 文には、二人の悲願が叶った事を──人々が災害と疫病から解放されて安寧を手に入れたという事と、上津島氏の帝位は今しばらくは安泰であるという事を、綴ってある。

 どうか、あちらの世で、安心して見守っていて欲しい、と。


 涼葉は藤生の墓に手を合わせてお辞儀をし、千秋の墓にも同じようにした。しばらく物思いに耽った後、しずしずと後ろを振り返る。


「お待たせしました、菊斗。兄上と父上への御報告は、これにて終了です。後は私は、姫帝として、この国の民が立ち上がるのを手助けするため、政に一層励まねばなりません」


 風は、爽やかに軽やかに、二人の間を吹き抜けていく。


「菊斗。今後とも、私を助けてくれますか」

「はい。もちろんです」

「ありがとう」

「当然の事にございます」


 菊斗は穏やかに微笑んで、涼葉を見ている。

 涼葉は、破顔した。


「しかし、その前に、ひとまず祝宴に参加するとしましょう」

「はい!」


 病鬼の消滅と菊斗の快癒を祝って、舞禄院ぶろくいんでは今まさに、祝賀の宴の準備が進行している。


 二人は牛車の停まっている場所まで、うきうきと歩を進めた。


「今回は久々に私も羽目を外してみようかしら」

「涼葉様が? それは、珍しいですね。一体何をなさるおつもりですか?」

「ふふ、今日はね、菊斗と共に琴を披露したいの。どう?」

「えっ? 僕もですか!?」

「ええ! だって私たちは、いついかなる時も苦楽を共にすると、誓った間柄ではありませんか! 楽しい事も分かち合わなくてはね。二人で『紅葉賀』を弾きましょう。ちょうど、楓の木の紅葉も終わりかけている頃ですし、きっと宴の席に映えると思うの。それに何よりこの曲は、菊斗と初めて共に奏でた、思い入れの深い曲だもの」

「とても素晴らしい案だとは思いますが、また急なことですね」

「できませんか?」

「……できます! 驚かないでくださいね。きっと、涼葉様と共に弾くのに相応しい演奏をしてご覧に入れます」

「ふふ、そう来なくては。ああ、今から楽しみだわ!」


 玉砂利の敷かれた道を、楽しげに語らい行く二人の上には、日の光に満ち満ちた青い空が、どこまでも広がっていた。



 おわり





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