第3話 余裕が招くもの

「…え、狙われていた?」


 案の定、私は紅羽様からそう聞かれてしまった。


 うっかりだったとはいえ、すっかり警戒心が無くなっていたらしい。私は、どう言い訳したらいいのか思考を巡らせる。しかし、中々いい言い訳が思いつかない。…仕方ない。薄めて話すか。


「そうですね。依頼を受ける度に裏社会の人とはよく会うので、目をつけられてるんですよ。偶然出会っているってだけなんですけどね」


 さらっとそれだけ言う。その素っ気ない言葉に、2人は驚くけど友梨はため息をつくだけ。あれ、何かマズいこと言ったかな。友梨にも言っていないもあるけど。


「偶然会うなんてそんなことあるの?」


「偶然ですよ。あらかじめ分かっていたら依頼を受けたりしませんし」


「それは…そうなのでしょうけど。意図的に会おうとしていたりは…」


「そんなただ危険なことはしたくないですよ」


 紅羽様の質問に私はそう答えて、ニコッと笑った。なるほど、そういうことね。…別に意図的ではないんだけどなぁ。ま、いいか。


 そんなことを思っていると、家政婦が私たちの前にやってくる。そして、何か手に持っていたものを差し出してきた。


「友梨様、奏音様。もしよろしければ、こちらを受け取ってください」


「…ん?これって、腕時計ですか?」


 依頼料の代わりなのだろうか。私はその差し出された箱を手に取り、そう聞いた。


「えぇ。あらかじめ、今回の依頼で予想外のことが起きてもいいように準備していてね。それは、私の趣味を兼ねているものだし、気兼ねなく受け取って頂戴」


 私の質問にそう答えた紅羽様はパチっとウインクする。…イケメンじゃん。まぁ、でも。紅羽様の言葉通りなら、これはただの腕時計ではない。そして、おそらくこれは何かしらの能力が封じられているのではないだろうか。


 一部の能力者は、自身の持つ能力を物に付与することが出来ると聞いたことがある。念じればその能力が発動すると。その能力者の技量次第で使える回数も決まってくるんだっけ。


「ありがとうございます」


「こっちも助かったから。さて、報酬を渡すわね」


 腕時計を2人で身に着け、お互い見せあう。私の腕時計は周りの枠が緑色で、文字盤は白を基調にシンプルにまとまっている。その中には、四葉のクローバーが描かれている。で、バンドの色は白。結構かわいい。


 友梨の方は、水色の枠に黒を基調にした文字盤。そして、雫が描かれている。バンドの色は枠と同じ水色で、カッコよさを感じさせる色合いになっていた。


「ちなみに、太陽光発電のシステムを積んであるから、太陽の光に当てるだけで充電ができるわ。長く使えるようにしてあるから。そして、それは5回程なら、私の能力も使えるわ。はい、これも受け取って頂戴」


 腕時計の解説もしてもらい、私たちは報酬を受け取る。Eランクの依頼で半日の護衛。えっと、確か何万か貰えたはずだよね。凄い報酬おいしかった記憶あるもん。ま、それでもお小遣いとか生活費で一瞬で消えていくんだろうなぁ…。ここら辺物価が最近めちゃくちゃ高いし。


「ありがとうございます。本日は本当に何事もなく終わってよかったです」


「だね。何とかなってよかった」


「はい」


 その後、私たちは見送ってもらってマンションを後にした。


「――にしても、報酬おいしかったですね。こんな腕時計まで貰えるとは」


 道を歩きつつ、友梨は腕に着けたままの腕時計を光にかざす。きらきらと輝きを放つその腕時計は高級感を感じさせた。


「だね。後それ、特注品というよりかは誰かが作ったものだと思うよ。…まぁ、あの人数の少なさから見れば、家政婦さんだろうけど」


「…えっ?!」


「あれ。気付いてなかったの?準備しているわけないでしょ。私たちだからこそ、これを作ってくれたんじゃないかな」


 私はそう言って、友梨の反応に呆れた表情を浮かべる。そういえば、これどんな効果なんだろ。旦那さんの能力は防御系だったけど、紅羽様の能力はそれとは別だったはずだけど…。


「ねぇ、友梨。紅羽結奈さんの能力は何?」


「…確か、癒し系だったはずです。治療が専門の」


「なるほど。分かった。じゃあ、きっとこれは何かあった時に回復してくれるものだね。家政婦さんが創造の力っぽいし」


 だとしても、凄い強力な代物だな。わざわざこれを用意したんだから。


「これ、そんな凄いものだったんですね」


「うん。…さて、お昼はどこで済ませようか。外食でもする?」


 時刻は12時30分頃。次の依頼を受けるにしても、先にご飯を食べないと体が持たない。腕時計のおかげで時間は簡単に確認できるけど、ね。


 一応学校には食堂がついていて、そこでいつもはお昼を食べている。お弁当を作ってもいいけど面倒くさい。


「どうせ午後にまた依頼を受けるなら、食堂でいいと思います。というか、外食は高いですよ?」


「それもそうか。分かった。一旦学校に戻ろう」


「はい。にしても今日はいい陽気ですね、奏音」


 目的も決まったところで歩いていたら、そんなことを言って友梨はにこっと笑う。


「そうだね。本当にいい天気」


 空を見上げれば、雲一つない晴天で。太陽がまぶしいぐらい。能力者同士の争いがあるような物騒な世界とは思えない。そんな景色を私は目に焼き付けた。


ー午後ー

 お昼を済ませ、私と友梨は再び朝見た掲示板へと向かう。朝に比べれば人も依頼も少なくなったその掲示板に視線を動かすと、私はその依頼から安全そうなものを見繕う。


「さて、何の依頼を受けようか」


「結構もう低ランクの依頼は無いですね。…現場に向かうタイプの依頼ならサクッと終わるのでは?」


「あー、確かに?」


 友梨のその答えに私はそう言葉を濁す。んー、確かに護衛依頼やほかの細々した依頼なんかよりは明確に終わりがあるけど。また、騒ぎに巻き込まれそうな予感がするんだよねぇ…。


 とはいえ、これは騒ぎがあるのではと言われているところ。午後になってから新しく追加されたものとなれば、緊急の可能性もある。


「…仕方ない、か。友梨、それじゃあそれを受けよう」


「分かりました。サイン貰ってきますね」


「あ、うん。ありがとう」


 依頼書を持って先生の所に行く友梨を追うことなく、私はその場で友梨が戻ってくるのを待つ。


 その間に私は止められなかった自分を責めていた。一回出会ったのだから、もう二度目は嫌なんだけど。それでも、友梨が受けたいと言ったからね。私は友だちの言葉はちゃんと受け止めれる人だから、ね。うん。別に友梨が怖いわけではないよ。


「…少し危険だそうですけど、特に問題は無いそうです」


 戻ってきた友梨はそう私に話す。少し危険、ね。依頼の許可が出せるのはEクラスからのものだから、高くてCあたりかな。


「なるほどね。危険ということはCランクの能力者かもしれない、と」


「その可能性は高いです。…本気出せば何とかなるとは思いますけど…」


「それはそれで友梨からしたら最悪な状況になりかねないから、危ないと思ったら撤退することにしようか。さ、行くよ。友梨」


 友梨は組織からの監視の目がある。周りからは高ランクを維持することでごまかす要因としてしか、友梨を見ていないらしい。だからこそ、友梨は自分に才能がないとわざわざそう見せようとしていると聞いたことがある。


 こう考えると、能力者というのは本当に面倒な存在だなぁ…。無能力者にはよく分からないや。というか、そうなるとまずいから本当に気を付けてよね。


「はい。行きましょうか。私が案内します」


「うん、よろしく」


 昇降口を出て、私たちは依頼の場所へと歩いていく。午前の依頼とは違い、完全に街中というかお店などが立ち並ぶ方へ。午前中はどちらかというと、住宅街って感じだったからね。


 ここら辺は特にそういう区別がついているわけではない。だからこそ、自分なりに覚えていないと迷子になるという人も出てくるのがこの街だ。


「…物音がする」


 私は見えてきたショッピングモールの方に視線を向けて、そう呟いた。


 まだまだ遠いとはいえ、この感じは確実にそこで起きてるということなのだろう。場所についても書いてあったっけ…。覚えてないや。


「物音ということは、今もまだ何かやっているのでしょうか。賑やかですね」


 私の呟きに友梨はそう返してきた。少し呆れてる様子だけど、見なかったことにしておくよ。


「…だるいなぁ。これがあったとしても、面倒なことになりそう」


 私は先生から受け取っておいた依頼者の証となる腕章を二の腕に着けつつ、そう言う。これがあればこのいざこざ止めに来ましたという、一応証明になるものなんだけど…。


 頭に血の上り切った奴らが素直に聞くとは思えない。友梨も私に同意してくれる。


「ですね。気合い入れて、頑張りましょう。奏音、覚悟できました?」


「…うん。行こう、友梨」


「はい。正面突破、してきます」


「殺さないようにね」


 駆け出していく友梨を見送って、私は伸びを一つする。そして、私もショッピングモールへと向かった。


「…すみません、通してください」


 強引に突破していった形跡のある野次馬のいるところを、声をかけて通してもらう。友梨、焦るのは分かるけど、声ぐらいかけていってほしかったかな。


 野次馬の避難は私の柄ではないし、どうせ取締組織が来るでしょう。


「…はぁ。どうしてこうなったのよ…」


 中に入ったところで私はため息を一つついた。物が散乱し、人々も倒れている。これは友梨の能力か。


「友梨も友梨ね。ここまでがっつりと能力を使うだなんて。本気は出したくないと言っていたはずなんだけど…」


 友梨の能力は重力操作。その名の通り、重力を操るものである。そのためここショッピングモールには友梨によって、常人では立ち上がれないレベルの圧力がかかっているんじゃないかな。倒れているし。


 友梨の元のランクを考えれば、騒ぎを起こした奴らも動けなくなっている可能性はある。


「…で、私が動けるのだから、怪しまれる。っと」


 動かなくなっているエスカレーターをわざわざ上りつつ、そんなことを呟いた。無能力者であったとしても、本来なら能力の影響はから。


「――いた。友梨、一旦止めなさい」


 2階に上がったところで、私は現場を見つけ、友梨に声をかけた。


「…早いですね、奏音。一応生かしてはあるんですけど」


 足元に転がっている人を蹴りつつ、友梨は私にそう言ってきた。そういう問題ではなく、単純に能力を解除しろってことなんだけど、どうやら通じていないらしい。


 私は友梨の元へ駆け寄り、もう一度今度は分かりやすいように言う。


「友梨。能力、解除しなさい」


「…う。分かりましたよ…」


 圧を強めた私と目を合わせた友梨は、しょぼんとしつつも能力を解除した。


「で、どういう状況だったの?友梨、覚えていないは無しだからね」


 誰が誰で、どういうことになっていたのか一切見当がつかない。そんな悲惨な状況になっている現場を見つつ、私は友梨に聞く。


 友梨はしばらく黙った後、渋々といった感じに口を開いて答えてくれた。


「…えっと。BランクがEランクに対して、一方的に暴力をふるっていました。そして、一応周りから他の方々を避難させていたようです。ここの店員さんたちは」


「…はぁ?!Bランクー?」


 友梨のその話を聞いて、私はランクの所に反応する。そして、聞き直した。


「はい。かなりの実力者で、私でもかなり強めに能力を使用しないといけなかったので」


「そう…。すぐに目を覚ます?こいつらは」


「多分…?流石にBランクだし、早く起きると思います。気絶させただけですし」


「おっけ」


 それなら戦う覚悟もしておいた方が良いかな。組織が来るまで、もう少し時間がかかるでしょうし。


 …っと、どうしようか。本気で戦うとなると、その戦っているところは誰にも見られたくはない。それに、このEランクをどうしようか。とも思っている。気絶されているとはいえ、ダメージがきついと思うし。


「で、どうするんですか?」


「とりあえず、これ以上被害が出ない様に気を付けないと。だから、まずはEランクの人たちを安全な場所に避難させようか。そして、到着するまではBランクの相手をする感じかな」


 私はそう言って倒れている人たちを見る。…そういえば、私どっちがどっちか分からないんだった。


「分かりました。でしたら、Eランクの避難は私がしてきます。その間、もし起きたらお願いしますね」


「あー、うん。お願いするわ」


 友梨はそう言って一人ずつ脇に抱え、2人ずつ運んでいく。能力の応用がここまでできるとなると、本当にEランクにいて良い実力ではないんだよね。学校の先生たちには誰にもバレていないのがあり得ないぐらい。


 っと、今運んでいるということは、残っているのがBランクということなんだろうなぁ。結構見た目から強そうだというのが分かる。そういえば、私はBランクの人との戦闘経験ってあったかな。


「…ま、いいか。多対一の戦いは経験してるし、裏組織の人間たちがそこまで弱いとも思えないんだよね。なら、問題はないか」


 起きようとする様子を見つつ、私はわざと聞こえるように口に出した。


 Bランクの人たちは皆警戒している。意識はあるだろうけれど、体を起こそうとする人は一人としていない。変な感じだ。


「…で、あんたたちはもう諦めているわけ?それとも、様子をうかがっているの?黙っているだけじゃ、何も分からないわよ」


 私は少しイライラした口調でそう倒れているBランクの人たちにそう言い放つ。

 

 それに一人反応を示してくれて、こっちを見上げてきた。


「――諦めている。どうせ、すぐに取締組織が来るんだろう」


 そう言ってきたのはどこかで見たことのある男性。こうして言ったということは、このBランクを率いているのはこの人ということでいいのだろう。にしても、反省の意があまりにも見えないんだけど。あんたたちはショッピングモールを巻き込んだ犯罪者のようなものだから、少しは反省する意思を見せてほしいなぁ。


 っと、それは飲み込んで、私はそう言ってくれた男に一言告げる。


「そう、ね。到着まであと数分といったところかしら。逃げさせないわよ」


 そう言った瞬間、Bランクの人たちはビクッと反応した。やっぱりそうか。


 わざわざ横になったりする必要はないから、普通なら体を起こしたり座り込んだりするはず。なんだけど、一切動こうとしないからもしかしたらって思ったんだよね。逃げるための体力を温存しているんじゃないかって。後は油断させるため。とかね。


 ま、それが当たりだったわけだけど。…動こうとした瞬間に私は止めに入るため、いつでも動ける態勢を取った。友梨はEランクの人たちの方に忙しいからしばらくは来ないだろうし。


「…一つ、聞いていいか」


「何かしら」


 Bランクの男が体を起こして、私にそう話しかけてきた。とりあえず、敵意は感じないため、私はその話に応じることにする。


「お前のランクはいくつだ」


 …はぁ?意味わからない質問ね。


 おそらくランクというものに取りつかれ、考えがランク基準になっちゃってるだけなんだろうけど。流石にそれだけじゃ理解させる気のない質問になっているんだよね。


「お好きに想像してもらって結構。わざわざ敵に塩を送るような真似はしたくないから」


 私はサラッとその質問に対し、曖昧な形で答えた。どう捉えるかは相手次第だけど、おそらくこういう場合は…。


「…ふむ。なら、お前を倒せば逃げれると。…全員、起きろ。ここから逃げるぞ」


 ですよねー。そうなりますよねー。


 わざわざ教えなくても、彼らには人数有利という考えが生まれた。そして、女の子一人。しかも、武器も持っていないような人。であれば、いけると思ってもおかしくはないわけで。


 だとしても、多対一の戦闘経験がある私に勝てるとは思えないけどねー。一人として逃しはしませんよ、と。


「…ふふっ。それじゃあ、来なさい。あ、抜け駆け禁止だから」


 隙を縫おうとした一人の女性の腕をサッと掴んで地面に叩き伏せる。そして、そのまま全員との乱戦に突入した。


 相手は全員Bランクということもあり、個々の実力は中々のもの。油断すると、やられるかもしれないな。気を付けよう。


「…気絶させるだけなのに、遠距離の能力持ちがいやらしすぎるでしょ」


 人数は10人ほど。その約半数にあたる4人が遠距離で攻撃してくるため、動きずらくなってきている。密度が上がっている気もするんだよね。…。さて、どうしようか。ただ叩き伏せるぐらいなら、ダメージ覚悟で突っ込めばいいけど、迎えが来るわけだし…。


 んー、今は誰もいないから普通に戦ってもいいけどね。それだと味気ないというか、相手に舐められている現状が辛いというか。


「…イライラしているこの気持ち、こいつらに当てるか」


 私はそうぼそっと呟く。流石にこいつらが倒れていたら、何か言われるとは思うけど。それより、舐めてかかってきているこいつらに、現実を叩き込んでやりたい気持ちの方が上回っちゃうなあ。


 うし、それじゃあ本気でいきますか。


 私は一度息を大きく吸い、目に力を込める。そして、皆の動きが止まる瞬間を狙った。


「ほっ。はい、一人。次」


 一瞬で距離を詰め、とりあえず目の前にいる一人の腕を掴み地面に叩き落とす。どんっと鈍い音が響くと、周りが警戒を強めた。


 私はそれをものともせず、また目に力を込め動きを止めては叩き落として地面にぐいっと叩き込んだりした。落とした段階で気絶すれば追い討ちをかけることはしないように意識する。


「っ。やっぱり遠くから攻撃できる能力は便利ねー」


「…余裕…だな…」


 私の感心した一言に、さっきから言葉をかけてくる男が息を荒くしながらそう応えた。まぁ、そうだろうね。私と違ってあんたたちはずっと攻撃してきているんだから。それに、これぐらいなら追い込まれている感じはないんだよね。昼間のダメージがまだ残っているはずなんだけど…。

 

「んー。そっちが弱すぎるだけじゃない?」


 それに、こういう時は煽ったもん勝ちってね。乗せられる方が悪いってこと。


 だから、私はここぞとばかりに言う。


「頭でちゃんと考えてるの?味方との連携はバッチリだけど、それ以外がからっきしダメじゃん。それで私に勝とうとしているのなら、笑いものね。それと、私に近距離で勝てると思わないでよ?」


 そう言い切って、ふと私は周囲を確認した。何か気配がした気がするんだけど…。いや、まぁね?もう言うこともないのよ。なんならその事に気を取られてしまう。それは、隙を見せる事にも繋がり…。


「…っ!」


 風を切る一つの音が私の耳に入る。その時、私はやられると直感で感じた。そして、一瞬気づいたことにより対応はとれたけどギリギリ間に合わず、私は言葉にならない悲鳴をあげた。


「…っぅ…いったぁ…。今のどこから…」


 食らったのは足。刃物みたいなものが横をかすめたのか、右足のももに切り傷ができていた。


 その右足をかばいつつ、私は攻撃の出所を探す。


「…一応、動けはするけどね…」


 気配した気がするとはいえ、まさかそれで完全に気を取られてやられるとはね。流石に予想外だったかも。


 っと、私はそのさっき気配を感じた方へ視線を向ける。ふと、今そこで影が動いた気がした。んだけど、気のせいだったかな。


「(いや、違う。いるな、あれは)」


 右足を軽く引きずりつつも、なんとか私は自分の背後にある一本の柱へと近づく。


 流石にこの状態で攻撃する気が起きないため、私は声をかけるだけにしようと決め口を開こうとする。その瞬間、私じゃない声が聞こえた。


「――そこにいるのは、誰ですか?」


 隠れていた首根っこを持って引きずり出しつつ、そう聞いたのは友梨だった。どうやら、タイミングよく避難を済ませて戻ってきたところっぽい。でも、助かったな。と私はホッと息をついた。


「…誰でもいいでしょう。離してもらっていいですか」


「いやー、流石にそれは無理よ。友梨、その手を離さないでもらっていい?」


「もちろんですよ。さっき丁度何が起こったのか見えていたので。…奏音に傷をつけた罪は重いですよ、どこの誰だか知りませんけどね」


 隠れいていたその人は友梨に交渉を持ち掛けようとする。そこに、私は割って入っていく。こいつが原因ぽいから逃がしたくはないんだよね。


 …というか、今攻撃が止んでいるけど諦めたのかな。それとも様子を見ているのか。まぁ、どっちでもいいか。後で知り合いかどうかも聞き出したいな。まぁ、時間はもう無いと思うけど。


「ありがと、友梨。間に合ってくれてよかったよ。…で、いつからいたの?」


「この人が攻撃をする前ぐらいから、ですね。奏音が周りをきょろきょろし始めたときは、バレるかなと焦りましたけど」


 友梨は私の質問にそう答えてくれた。ということは、一瞬感じた気配は友梨のものだったのかな?…両方の可能性も否めないけれど。


「あ、そうだったんだ。誰か見てる気がしてたのよねー」


「そうですけど、のんびりしすぎでは?回避できていなければ大きいダメージになっていた可能性があるんですよ」


「まぁねー。でも、そこらへんは気にすることは無いよ。私がこんな奴らに殺されることはないから」


 のほほーんとしたテンションのまま、私は視線をBランクの方へと向ける。


「…もうそろそろ、組織の人が来るのかな。…友梨、Bランクの人たちにちょっと強めに能力使ってもらっていい?」


 動く気がなさそうな様子はあるけど、一応念の為友梨に動きを制限してもらう。人相手に使ってもらえれば、組織の人に迷惑はかからないだろうし。


「分かりました。人、ですね」


「うん。ありがとう、友梨。…じゃあ、来てもいいよ。」


 私は能力が発動したのを確認し、くるっと体をエスカレーターの方へと向ける。そして、そう言った。


「――むー、やっぱりお姉ちゃんにはバレるかぁ」


「…黙って、美咲みさき


 私の声かけに反応して、エスカレーターの方から3人が歩いてくる。


 2人は、私の義理の妹たちで双子の美咲と麗奈れいな。茶髪に黒目で私とそこまで変わらない。2人ともSランクの能力者。


 で、もう一人は2人の上司であり監視も務めている、草場くさばあおいさん。紺色の髪に水色の海外の人のような瞳をしている。一応ハーフ。


「気にしなくていいよ。葵さん、来てくれてありがとうね。この2人がまた迷惑かけたでしょ」


 美咲の口を塞いだ麗奈にそう声をかけ、私は葵さんに頭を下げる。本当に毎度妹たちが迷惑かけてるのよねー。


「別に気にする事ではない。お前が面倒ごとに巻き込まれることも日常だろう?」


 確かに毎回巻き込まれては手が空いてれば妹たちが来ているけどさあ。


「馬鹿にしてんの?」


「事実を述べたまでだ」


 葵さんに言い返すものの、そうあしらわれてしまう。いや、確かにそうだけどさ…。言い方ってものが…あるんじゃないかなぁ…。


 と、そんな私との言い合いを終えた葵さんは地べたに這いつくばっている人たちの元へと歩いていく。


「それで、こいつらが犯人か」


「えぇ。一応逃げられないようにはしておいたから、連れて行ってくれる?」


「もちろんだ。美咲、奏音さんから離れて運び出しを手伝え」


「はーい」


 いつのまにか私の腕を掴んでいた美咲に対し、葵さんは露骨に呆れた表情を浮かべてそう指示を出す。悔しそうな表情を浮かべる美咲は素直に私から離れて運び出していく。


 その仕事を見つつ、私は残っていた麗奈に声をかける。


「麗奈、友梨にEランクの人の元に案内してもらって。友梨、麗奈をお願い」


「分かりました」


「は、はい!友梨さん、よろしくお願いします!」


 少し動揺しつつも、麗奈はそう言って頷いてくれる。友梨と似てる部分はあるし、この2人は任せておいて問題ないかな。


「はい。ではこちらへ」


 麗奈の挨拶を軽く受け流し、友梨は案内をしに行ってくれた。ついでにそのまま2人で行動してくれるので、私は一人になれる。


 麗奈の力は紅羽さんと似て異なる力である、状態回復を主とした支援の能力。Eランクの人たちの事を考えれば、運び出す前に一度麗奈に回復してもらうのが良いと思う。後、私にはやることがあるしね。


「…さて、こっちはこっちで動きますか」


 私はそうつぶやいて、ふらっとその場を後にした。皆がそれぞれやってくれて、これでこの事件は無事解決。…のはずなんだけど。


「――あんたはやっぱり別枠か。使えそうなやつはいたのかしら」


 玄関先で護送されていく姿を一人眺める者を発見。私はその人に声をかけた。


「…なんで、ここに居るの。あの人の味方でしょ、私になんで話しかけるの」


「さてね。私は私で欲しい情報があるだけ」


 彼女は私の方をチラッと見てそう言ってくる。それに対して私はそう言い返した。


 さっき私に攻撃を仕掛けてきた張本人。さっきはフードを深めに被っていたから分からなかったけど、髪の毛は黒で瞳はオレンジ色をしていた。


「…欲しい情報?」


「えぇ。魔王、といえば分かるかな」


 私の言葉に食いついてきた彼女に、私はそう一言告げた。

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