第2話 敵の狙い

 私はにこっと微笑んだまま、そう一言告げる。まさか、本当にそうなるとは思ってはいなかったけど。丁度いいし、友梨にメッセージを送っておこう。


「…そう…なのですね…。はめられたのはこっち側だったと。本当にこちらの狙いが分かっているということですか」


「はめられた、か。そんなことがすぐ出てくるあたり、あんたたちは本当の事を知らないんだね」


 家政婦のその言葉にそう返す。そんなことがあるはずないんだけどなぁ。なんていったって、私は無能力者なんだから。いや、でも…。そうとも言い切れない、のかな。


「——奏音、それに家政婦の人も。まだ戦闘状態にはなっていなかったんですね」


 廊下を歩く音が聞こえ、友梨が鈴花ちゃんを抱いたままリビングに入ってくる。そして、少し安心したような声色でそう言ってきた。


「まだってなによ。別に、私は戦いたくないよ。平和が一番だし」


「そうですよね。…で、この家政婦はどの組織の関係者なのでしょうか」


「あ、確かにそうだよね。教えてよ」


 分かってくれているようでなにより。とはいえ、そんなことを言っている暇はそこまでない。お昼になるまでにこの面倒ごとを片付けておかないとね。


 そんなことを思いつつ家政婦の近くまで寄って、私はそう聞く。


「聞いてどうするんですか?」


「んー、返事次第。かな。あ、でも一応これだけは言っておくよ。私、誰かの命に手をかけるつもりは絶対に無いから。そこは安心してもらっていいからね」


 実際面倒事に巻き込まれて戦うことになっても殺すことは無い。そんなことをする意味がないと思うんだよね。珍しい考えだとは言われちゃうんだけど。


 で、ずっと睨んだまま何も言おうとしないけど、そのままでいいと思っている…わけではないよね。時間稼ぎかな?


「友梨、鈴花ちゃんを私に。そして、彼女から情報を引き出してくれる?」


「分かりました。鈴花さんに傷一つつけないでくださないね?」


「私を誰だと思っているの。守るくらい朝飯前よ。それによく言うでしょ?殺しにくるやつは殺される覚悟のあるものだけだって」


 友梨から鈴花ちゃんを受け取って、リビングに用意されているベビーベッドへ寝かせる。


 友梨もやる気満々のようだから、これで情報は引き出せるでしょうし。私は何があってもいいように集中しよう。


「…では、早速。家政婦さんは、なぜ紅羽様の味方のふりを?」


 ドンっという鈍い音が響き、私は友梨の方へチラッと視線を動かす。そこには、友梨の能力によって地面へ縫い付けられた家政婦の姿があった。


 これは、鈴花ちゃんを寝かせておいて正解だったかな。まだまだ赤ん坊である鈴花ちゃんは今の物音で泣き出してもおかしくなかったし。


「ふ、ふりではないです。私は奥様に仕える身であり、旦那様に仕えてはいません」


「なるほど。では次。あなたは裏組織の一つ、破滅の薔薇のメンバーですか?」


「…」


 ん?破滅の薔薇…?


 家政婦は何も答えようとしないけど、私はその友梨の言葉に眉をひそめる。


「答えてください。…答えなければ肯定と受け取りますよ」


「…薔薇のボスに…臨時で、雇われ…ました」


 友梨に思いっきり睨まれて、その事を教えてくれる。ふーん。なるほど…ね。


「雇われた。か。ここの主である紅羽湊さんから何か言われたのかな?」


 もうこれは答えでもある質問だとは思うけど、仕方ない。確認のためだと割り切って、私は家政婦にそう聞いた。


「…旦那様は裏組織とは繋がっていません。ただ、学生時代の友人に脅されて入りました」


「わお。棒読み。んで、嘘をつく。っと」


 家政婦の答えに反射的にそう返しつつ、一つの答えに辿り着く。薔薇といえば…あの子もいるところだよね…。


「ま、冗談は置いといて。あんたは関係ないと認識して良いね。…友梨、屋上行ってくるから、ここよろしく。何かあったらその2人をお願いね」


 くるっと一周見回して、私は友梨にそう伝える。


 屋上があって行けるのは階段の表示で確認済み。一応覚えておこうと思ったのがまさか、こんな形で役に立つとはね…。


「分かりました」


「じゃ、行ってくる」


 友梨の返事を聞いて、私は部屋を出てまっすぐ屋上へ向かう。


「…はぁ」


 その道中でため息が出てしまうけど、これは仕方ない。流石の不幸体質でも、ここまで来れば開き直れるものである。


「(戦うのは苦手なんだけどなぁ)」


 私の予想が正しければ、おそらく今頃紅羽様は破滅の薔薇のメンバーと屋上で対峙している。おそらく、私と友梨を家政婦に釘付けにすることによって、何も気にせずやれるとでも思ったのだろう。


 とはいえ、鈴花ちゃんが狙われている話が出たのだ。そこは注意しておかないといけなかった。


 でも、それがもしも紅羽様だけを狙うチャンスとして前から準備していたものだとしたらどうだろうか。だとしたら、今のこの状況は?


「…すごく危険」


 屋上へ上がれる階段を登りつつ、私はそう一言呟いて、その足を止めた。


 ドアの先で、火の手が上がる。能力対決…と呼ばれるものが起きてるとみていいかも。よく、問題決着に使われる手段、なんだけど。


「…物騒だねー。こんな真っ昼間からよくやれるわ。裏組織ってのは、常識持ち合わせていないやつしかいないの?」


 挑発するかのように、私はそんな事を口にする。それも、聞こえるようにわざと大きめの音で。


 するとそんな声を聞いて、見たことのある顔が私のところにやってきた。


「——奏音」


 私に向かってそう名前を呼ぶ。聞き慣れた声だ。


 少し険しい表情のその人に反して、私はへらっとしたまま、言葉を返す。


「…フレア。依頼先であんたと会うとは思わなかったんだけど?」


 そう。いたのは問題児であるフレア。裏組織の人だという予想は当たりだったというわけ。


「それはこっちのセリフ。で、何?危険なことに首を突っ込むと、無能力者の奏音は命がもたないんじゃない?」


 フレアは私の言葉に対してそう返し、嫌味を言ってきた。そこまで言えるのか。学友としてのフレアではなく、確実に敵だと認識した上で、なんだろう。なら、遠慮はいらない。


「私だってこんなことに巻き込まれたくないわ。わざわざ戦ってさぁ…」


 そこまで言って、私はフレアの横を通り抜ける。そしてそのまま、紅羽様の方へ向かっていった。


「ちょ、ちょっと?!」


 後ろから止めようとするフレアを振り切って、私は紅羽様と向き合う。


「すいません。もう少し早く気付いていれば…」


「ううん。大丈夫よ。こっちが勝手な真似をしたのがいけないもの。それよりも、玲奈れな。あ、家政婦よ。それと鈴花は大丈夫なの?」


 ちゃんとしている。紅羽様の言葉に私はそんな感想が出てきた。


 …っと、それどころじゃないね。さて、どうしようかな。


「無事です。今は友梨が護衛に当たってくれています。…紅羽様、彼らとは面識がありますか?」


「無いわね。というか、狙って来ている相手と対峙するのも初めてよ。夫から連絡がなければ、ここに居ないでしょうし」


「なるほど」


 厄介なことになっているけど、やっぱりこの一家を狙っていたのはこの破滅の薔薇で間違いは無さそうだね。…そういえば、裏組織の中だと表社会でそれなりの地位についているのが破滅の薔薇のボスなんだっけ。もしかして、地位も絡んできているのかもね。


「…最後に1つ確認してもいいですか?」


「何かしら」


「今から彼らを追い返します。なので、部屋に戻っていてくれるとありがたいのですが…」


 こんなことを本当は聞きたくないし、紅羽様の実力は知っている。私が紅羽様を守りつつ戦うことにはならないだろうけど、私が戦っているところは見られたくない。だから、聞いた。


「…別に構わないわ。でも、大丈夫なの?」


「はい、大丈夫です」


 少し不安になって、そんなことを聞いてきた。動揺しているのがわかるけれど、私はそんな不安な様子に滅多に見せることのない表情を見せて首を縦に振る。


「それに、これぐらいなら私一人でどうとでもなりますし」


「…あら。それなら、いらない心配だったわね」


「そういうことです」


 にこっと笑ったまま、私はその笑顔を敵へ向ける。怯えているのが見えるけれど、それは実力差を理解している証拠。声は聞こえてないはずだから、結託しているように相手からは見えてるかもしれないけど。


 とは言っても、実際のところは私一人でこれぐらいは相手できるはず。何回も巻き込まれてきた経験がここで生かされるということ。こんな経験、本当なら必要ないんだろうけどね…。


「それじゃあ、私は鈴花のところに行くとするわ。ここは、お願いね」


「もちろんです。そこまで時間はかからないと思いますよ」


 それだけ言葉を交わして、紅羽様が屋上のドアから降りていくのを見る。そして、姿が見えなくなったタイミングで、私は動き出した。


 全員倒す気は起きないから、私の作戦としては、誰か一人を瀕死に追い込むこと。それが誰であろうと構わない。


「…かかれ!囲めば倒せるから、臆するな!」


「「おー!」」


 私が突っ込んでくるのを見て、慌てたように指示を出している。倒せると思ってるあたりがなんとも…。


 裏組織のいくつかに勝利という形で追い返したことがあるっていうの、聞いているはずなのに。


「…遅い」


 一つ呟いて、私はサッと一人に標的を絞り、その人に向かって蹴りを放つ。


 ギリギリで反応した相手はそれを防ぎ、少し後ろに押された。やっぱり、普通の人っていうのはこれぐらいが限度…。


 そう考えていたタイミングで、足元から火柱が上がる。それをモロに食らいそうになるのを私は右に動いて避けた。


「…面倒。これだから、多人数戦は嫌なんだよ」


 はぁ…。さて、どうしようかな。


 さっきのアタックで結構なダメージを喰らわせられれば良かった。とはいえ、悪いわけでは全くない。


「(あんまり使いたくはない、けど)」


 私はそう考えて、相手を睨んだ。その瞬間、その人の動きが止まる。


「…え、なに?動かせない…」


「油断大敵ですよ」


 時間が止まったかのように、体を動かせなくなった相手に、私は近寄っていく。改めてこの人を見ると中々美人さんじゃん。大人のお姉さんって感じ。…っていうか、女の人だったんだ。


「…あんた、何者なの」


 口だけ動かせることに気づいたそのお姉さんはそんな無難な質問を投げかけてくる。


 私は少しだけどう答えようか悩んだ後、寂しそうな表情を浮かべた。そして、その質問に答える。

 

「無能力者ですよ、平和主義の。ね」


 その次の瞬間、お姉さんが屋上の落ちるギリギリまで吹っ飛ばされていた。


「…」


 その状況に何も言わずに、私はスッと視線をおそらくボスと思われる方へ動かし、口を開いた。


「…あんたたちが仲間想いかどうか知らないけれど、早めに助けに行った方がいいんじゃないかな。私は誰かの命を奪うことは一切してきてないし」


 私のその言葉に、何も言うことなく、一人の人が彼女の元へ向かっていった。ちゃんと仲間想いなんだね。良かった。


「か、奏音」


「何?」


 治療へ向かう人を見ていたら、横からフレアに声をかけられる。


「…えっと。もしかして、本当に奏音があの例の人…なの?」


 恐る恐るフレアはそんな言葉を口にする。例の人というのは、もしかして組織を壊滅に追いやっている噂の主の事だろうか。


 あれ、その事を知らない?友梨が知ってる雰囲気あったから、フレアもてっきり知ってるもんだと思ってたわ。


「例の…人?」


 一応念のため、私はそう聞き返した。認識違いの可能性は否定できないし。


「う、うん。平和主義が口癖で、組織のメンバーを殺すことは決してしてこない人。そして、何より…。作戦を立てて実行すると、高確率でその人と出会うことになる。すると、作戦は必ず失敗に終わる。今まで、3つの組織が壊滅した理由でもある」


 あ、はい。この話はよく妹たちに聞くよ。その度にお姉ちゃん凄いって言われてるし。私で間違いなさそうだね。


「…確かに、そうだね。私は平和が1番で、誰かの命なんて奪う気はさらさら無いよ。後、単純に出くわすのは私の運が悪いだけだね。私、自分で言うのもあれなんだけど、不幸体質だから」


 そう言うと、フレアは驚いた表情でこっちを見てきて口を開いた。


「本当に、奏音だったんだ」


 それだけ言って黙ったフレアをチラッと見て、その視線をある人へ向ける。


 相手もこっちの視線に気付いて、私のところに来る。…やっぱりこの雰囲気はフレアの父親か。珍しいものにすぐ食いつくタイプだっけ。あー、面倒臭い…。


「…ねぇ、フレア。あの人は、組織長で良いんだよね?」


 一応確認しておこうと思って、フレアにそう聞いてみる。フレアは黙ったまま首を縦に振って肯定してくれた。当たりだったか。


「——フレア、なぜ敵の近くにいる」


「…っ」


 ここまで来たと思ったけど、その意識は私ではなくフレアへ向く。しかも敵の一言は、確実にフレアには辛いはずだ。


 せっかくだし、庇うか。私はそう考え、フレアの前に立ち、口を開いた。


「彼女には非はないかと。それに、私に用事があってきたのでは?」


「…お前に話しかけてはいない。フレア、答えろ」


 圧をかける彼に何も言い返せず、黙ったままフレアは下を向く。


 敵の側というけど、私とフレアはその前に学友。つまり、友達である。そこに関しては譲りたいものはないけど、これに関してはフレアの問題か。


「…な、なんだっていいでしょ」


「フレア、こいつがどういう存在か分かって——」


「そんな事関係ないもん!友達を心配して何が悪いってのよ!」


 お、おう…。フレア、そんな大きい声で反論することがあるの?


 と思ったけど、父親が驚いているところを見るとそういうわけでもないらしい。


「…フレア」


 私の小さく呟くようなその呼びかけに、フレアはハッとなる。誰に何を言ったのか、気付いたのだろう。


「まぁ、学校では友達だって思ってくれてたのは嬉しいかな。私はそんな風に考えていなかったし。ややこしいよね、学校では友達で、外では敵対する勢力同士…なんだから」


 カバーをするつもりなど毛頭無く、私は誰かとも無くそう話す。この言葉は、紛れもなく本音だ。


 そんな私の言葉に、フレアとその父親はお互いに顔を見合わせて、驚いた表情を浮かべる。…さっきから、驚いてばっかだね。


「まぁ、どっちみち今は敵だけどね。…で、どうするの?戦うの?私はどっちでも構わないけど」


「そうしたいところだが、今は組の連中の元にいた方がいいだろう」


 そう言って、フレアをじっと見つめ、頭をクシャっとする。フレアは、驚いた表情を浮かべた。


「え、お父さん…?」


「…あー、そうだ。お前は気付いているか分からないが、ここ最近起きている裏組織がらみの事件はすべてお前が狙いだ。一応忠告してはいるが、お前に勝って実力主義から変えようとしている。気を付けといた方が良いだろう」


 フレアの父親は私にそう伝える。敵に塩を送るようなものじゃないかなとは思ったけど、裏組織の人たちに忠告しているっていうことは、もしかしたら中間的立場でもあるのかな。それとも、実力差というものを把握しているのか。


 …あれだけしか見せていないから、流石にそこまでは把握されてない…かな。


「あれ、意外とあっさり…じゃないですよねー」


 油断を誘ったつもりなのだろうか、いきなりフレアの父親が私に攻撃を仕掛けてくる。


 平和主義であり、無能力者でいて、そして今は裏組織と戦うことが増えた私。そんな私に、攻撃するのは自殺行為に等しい。


「…ちっ。これも外すか」


 何発もの蹴りをかわしていたら、そんな言葉をぼやいた。んー、そんなこともないと思うけどなぁ。


 単純に蹴りが甘い。戦闘慣れはしてるっぽいけど、そうもいかないという雰囲気を感じる。まるで、能力だけで生きてきたような…。


「遠距離ではなく、物理攻撃に対して能力が機能するタイプか」


 それだけ口にして、私は仕方ないと先ほどと同じ対応を取る。別に、私は能力を隠し持っているわけではない。鍛え上げた身体能力がそこにあるだけ。


 スッと一歩前に出て、私は深く息を吸う。そして、次の瞬間思いっきりでかい蹴りを一発お見舞いした。


「っ…」


 お、今のでそこまでじゃないのか。今のはかなりいいダメージになりそうだったけどなぁ。


 そんな事を思っていたら、いきなり殴ってくる。さっきのとは違い、横を掠めただけだというのに、その殴りで髪の毛がふわっと揺れた。


 危ないと思うのも束の間、相手はスピードを上げて殴ったり蹴ったりしてきた。あー、やばい…かな。


「…危ない、危ない。…強化系の能力?全力でいけるって判断したの?」


「お前が普通に避けるのがおかしい。避けれるやつはあまりいないぞ」


 躱しつつそんな事を聞いてみると、相手も攻撃を緩めずにそう返してきた。おかしい…かなぁ…。軌道読めればこれぐらい…。


「んー、それじゃあ私はそれだけ強いってことかな?嬉しいなぁ。無能力者にとってその言葉は褒め言葉だよ」


 へらっと笑って、私は再び攻撃態勢を取る。すこーし本気出しますか。


「目、合わせない方が、あなたのため…。だよっと」


 それだけ言って、私はサッと素早く動く。さっきあのお姉さんにやったのと同じ行動。だけど、どうやらそれは読めたらしい。


 彼は目を閉じて、そしてその状態で次々と繰り出す攻撃を躱した。ふーん。なるほどね。なら、遠慮はいらないか。


「…ふんっ」


 右足に思いっきり力を込め、私は最大の攻撃を相手に打ち込んだ。


「…っ。痛い…」


 能力の応用で硬くしたのか、私はその硬い腹部に蹴りを入れた足をさする。


 しかし、その硬さを超え、私の蹴りで相手はかなりの距離を吹っ飛んでいた。なんとかダメージを入れられたのは良かったけど、これは中々のダメージ。私も負傷してしまったのは、計算外だった。


「お、お父さん!」


 フレアが彼の方へ走っていく。こういう時は家族が優先だよね。人間の本能的な部分がそうさせているのが分かる。


 さて、これに関しては相手の方が負ったダメージが大きい。というか、よく蹴り飛ばせたなぁ…。


「っと、感心してる暇はないか」


 警戒を緩めず、2人の方へ視線を固定する。何かあって攻撃しにきたりしたら大変だから。というか、普通に足が痛い…。


「——強いんだな、お前は。噂に間違いはないようだ」


 そんな一言と共に、彼は私の方へ歩いてくる。私はそんな彼に対し、引き攣った笑みを浮かべ、言葉を返した。


「えー、あれだけダメージ入れたのに、そんなにサラッと動けます?」


 完全に動かないようにしたつもりはないとはいえ、私の足へのダメージは相当なものだった。ならば、飛ばされた彼の方は油断できないぐらいだったと思ったんだけど…。


「いや、サラッというほどではない。痛みはかなりのものだからな。完全に動かなくしたつもりだというのなら、話は別だろうが」


 なるほど…。なら、もっと本気で行って良かったかな…。確かに手加減はしていたし。


「…あー、そう。で、続けるの?」


 続ければ負けるのはこちら側。なら、なぜそれを分かっていてそう聞くのか。その答えは至ってシンプル。彼が限界だというのは見てて伝わるから、この答えは一つだけだと分かる。


「いや。俺の方も限界だ。勝てたとしても、な。帰るぞ、フレア。帰ったら説教な」


「…はい」


 助かった。それだけが感想として出てくる。

 

 そんな事を思いつつ、頭を一度下げるだけで何も言わずに去っていく2人を見送って、私は深いため息をついた。


「…はぁ…。助かったぁ…」


 いくら強いとはいえ、その限界点は自分で察しているつもりだった。だから、今回の連戦はかなりの体力を持っていかれて、今は動くことさえできない。


 完全に脱力しきって、私は地面に座り込み、そのまま大の字に寝そべる。


「――鍛えないとな」


 昼間の雲ひとつない晴天の空に私はそんな一言を呟いていた。


ー依頼終了ー

 しばらくゴロゴロとしていたら、そんな私の元に友梨がやってきた。


「…本当に寝てますね…」


「体は…ね。連絡入れてないのに、よく来てくれたよ。…友梨、起こして」


 呆れた一言に対し、私はそう返す。そして、そのまま腕を上に上げて起こして欲しいと頼んだ。


「奏音。私は起こしに来たわけじゃないですよ?」


「知ってる。…で、あの破滅の薔薇の狙いは?」


 友梨がそう言って怒るのを見て、私は冗談だと自力で体を起こす。そのまま地面に座った状態で、友梨にそう聞いた。


 友梨はため息を一つつき、その質問に答えてくれる。


「…今回の襲撃は、紅羽様を狙ったものでした。それから、奏音。あなたを狙ったものだそうですよ」


 その言葉を聞いて、私は「そうか」と短く呟く。


 予想通りといえば予想通りであり、やはり私も狙いに入れられていたという事。


「ありがと。家政婦から聞き出せたの?」


「完全に情報を吐ききってくれたわけではなかったので、推測した部分もありますが…。まぁ、大体そうですね」


「そっか」


 友梨とは共に依頼をこなすことが多いため、こうして私が面倒ごとに巻き込まれている事を知っている。


 そんな友梨がもらった情報からその答えに辿り着いたということは、本格的に動き始めた方がいいかな。


「…ま、なんにしてもこれで依頼終了。だよね」


「ですね。紅羽様の元へ帰りましょう」


 立ち上がり、軽く制服についたゴミを払う。


 そして、友梨に腕を貸してもらう形で、私たちは紅羽様のところへ戻った。


「ところで、どうしてすぐに戻って来なかったんですか?」


 歩いている途中、友梨は私にそんなことを聞いてくる。終わったらすぐ戻ってくると思ってたのか、それとも時間がかかったのが不安に思ったのかな。


 そんなことを思いつつ、私はその質問に答える。


「…あぁ、それね。単純に疲れたって言うのと、思った以上に大変だったから。かな。動けなくなるほど、体力使ったの久々だったわ」


 そう言って小さく笑う。そんな私を見て、友梨は何も言わない。ま、今回に関してはもう一人ぐらい人手は欲しいって思ったから、失敗ではある。


「で、友梨。あっちは大丈夫なの?」


「特に問題はないですよ。数人敵が来た程度ですね。あれぐらいなら、私の助けは必要なかったので助かりました」


 友梨のその言葉に私はその現場の想像がついた。


 まぁ、流石に上位に君臨するだけあって、そこまで心配は無かったと。でも、この戦いには任せない方が良かったんだろうし…。良いことしたって思っておこうかな。


「というか、いつもこうなので何も思いませんでしたが…。紅羽様に言われて、改めて奏音がおかしいことを知れましたよ。なんで、無能力者が一人で撃退できるのか…?と疑問に持っていましたので」


「…あー。そこついてくるか」


 もう屋上を出ていて、マンションの廊下にいる。そんな時にこんな質問をされるのは、さすがに想定外。だから、私は視線を逸らした。


「…ま、私は平和主義だからね。自衛ぐらいできないといけないでしょ」


「それもそうですね。この世界は能力至上主義。能力が何よりも大事という考えの中に、平和主義はいらないものになるということですし」


「そゆこと」


 話を逸らしつつ、それでも本音である言葉を私はこぼす。それに反応した友梨は納得したという風に頷いてくれた。


 そう言えば、こんな風に突っ込まれたこと初めてだったな。どれだけ力があろうとも、能力者でないことがバレればすぐに排除されるこの世界で、こんな風に生きる無能力者はいない。


「…友梨、あんたは強くなりたいんだよね」


「もちろんです。それがこの国で生きていくために必要ですから。奏音は違うのですか?」


 何気なく聞いた一言に友梨は当然と答える。どれだけランクが低かろうとも、鍛えればランクが上がっていく。完全に能力主義社会とも見られる世界だからこそなんだろう。そして、それに疑問を抱く者はいない。私のような無能力者ぐらいかな。


「うーん。どうだろ。ま、でも私は身を守るためだからなあ。強くなろうと思ったの」


 友梨の疑問にそう返して、私は紅羽様の部屋のドアを開ける。


「…あら、お帰りなさい。奏音さん。友梨さんも、お迎えありがとうね」


「いえ、私も友人が心配だったので」


「そういうものかしらね。さて、改めて。依頼ありがとう。おかげで命拾いをしたわ」


 部屋に入って早々に紅羽様が出迎えてくれた。そして、私のお迎えを友梨に頼んでいたらしい。あれ、私何もしてもらわなかった気がするけどな。


 っと、そんなことを考えていると、紅羽様が頭を下げてそう感謝を伝えてくれる。実際、あんな程度なら紅羽様一人で何とかなっていたんだろうけど。それでも、素直にそういう言葉を言える人っていうのは、人間としてもできているということ。


「いえ、依頼ですので。気にしないでください。それに、私が狙われていたって言うのもあるので」


 でも、依頼主にそこまでされるのは恥ずかしくて、私はぽろっとこぼしていた。

 

 ハッと気づくけど、もうすでに手遅れ。紅羽様と家政婦が凄い驚いた表情を浮かべていた。

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