実力がものをいう世界で

水崎雪奈

第1話 学校に出される依頼

 私の名前は九重ここのえ奏音かのん。黒い長い髪に凹凸のない身体、それから瞳の色は茶色。身長は160㎝いかないぐらいで、表情が怖いと言われる。


 そんな私の住む世界には、能力という概念が存在している。そして、その能力を持つ者たちを能力者と呼ぶ。


 とはいえ、珍しいけど能力を持たない無能力者が一部存在していて、私もその珍しい側の一人だったりするのだ。


「…あれ、誰かいる」


 そんな私はその世界の中で一番実力主義の傾向が強い王明おうめい国の中で1番優秀とされている学校・星明せいめい高校に通う16歳。実力主義の片鱗が見えるこの学校はEからSの6段階にランク・クラス分けされている。


 んで、今は私の通う1ーEの教室。まだ朝は早く、そろそろ8時になると言ったところ。


「あ、奏音じゃん。おはよー、早いねぇ」


「おはよ。…あんたがこの時間にいることが驚きなんだけど」


 この学校は始業が九時。そして、朝の全体連絡が8時半からで遅れても始業に間に合えばいい程度の学校。だから、8時前から来る人なんて前日の課題をやってなくて写させてもらうために来てる人か、用事があって早く来た人ぐらい。


 …んで、今いるフレア・トリマニーは、確実に前者の理由で来てるんだろう。ちなみにフレアは人間であり、吸血鬼なんだそうで。確かハーフっていうやつだって聞いたかな。


 フレアは赤髪にオレンジの瞳。その髪は団子に縛ってあって、首元が見える。そして、その身長は確か150ちょっとのはず。


「いやぁ、朝早く目が覚めて何となく…?」


 フレアは私のなんでいるという言葉に、首を傾げてそう言ってきた。その手元には教科書とプリント、それから筆箱がある。これは確定したな…。


「そんな事ないでしょ…。はい、フレア。その課題、今日の1時間目に提出するやつでしょ?」


 窓際の自分の机にカバンを置き、私はそのカバンから1つの課題プリントを取り出して、フレアに出す。


「よく分かったねー。助かるよ」


「フレアは大体そうですもんね」


「…ん、友梨ゆり?」


 感謝しながら私のプリントを受け取るフレア。そんなフレアに呆れた言葉をかける人がいた。


 その人は、いつもこの時間に登校すると顔を合わせる、浜辺はまべ友梨。真面目ちゃんである。そうそう、こういう人が本来は来ててほしいよ。課題に追われる人より。


 友梨は黒の短く切った髪に青の瞳で、私より背は高い。何より、人当たりの良い笑顔をしていて周りに人は集まることもある。とはいえ、毒舌だったりするけどね…。


「おはようございます、奏音にフレア」


「おはよ、友梨。今日も自習?」


「はい。今日は少し準備に手間取って遅れましたけど、勉強はしないと。ですからね」


「真面目ねー、友梨は。フレアにも見習って欲しいぐらいよ」


 窓に寄りかかりつつ、私は友梨と言葉を交わす。ちなみに、私の席は窓に近い一番後ろ。その右斜め前が友梨で、前の入り口に一番近い席にフレア。


 こんな並びだし、みんなここに通ってから仲良くしてる友達ではあるんだけど、なぜか先生達からは問題児であるフレアのストッパー役として私と友梨は認識されていたりする。解せない…。


「うっ…。昨日中々勉強する時間とれなくて…」


「あ。そうなのね。でも、その課題はあんたが一番苦手としている教科でしょ?」


「はい…。頑張ります…」


 フレアのその言い訳じみた言葉に対し、私はサラッとそんな事を言う。これぐらいじゃあ、心は痛まないのよね。本音だし。それに、別にフレアは気にしてないでしょ。


「…そう言えば、昨日また騒ぎがあったんですね。街中で何人かの能力者が、高位能力者に暴力を加えたって言う話。あれ、びっくりしました。低ランクだったと今日の朝、ニュースで言ってましたけど」


 ふと、予習していた手を止めて、私の方を見てきた友梨はいきなりそんな話をする。


 とはいえ、そんな事は日常茶飯事でよくある事。実力主義の世界では能力の力をランクとして強さを決める。だから、自分のランクが能力の全てだという話だ。まぁ、実力が上がれば能力以上のランクを得られるらしいけど…。それには、途方もない努力が必要になる。


「そうらしいね。本当に、実力主義とはいえ下剋上も出来るかもしれないんだから。上に立つだけが良いこととは限らないのがまた何ともいえないよ」


 私はそう返して、窓のふちに寄りかかる。そのままぼんやりと校庭を眺めた。


 朝早く来ても、私にはすることがない。なら、時間までに来るようにすればと思うかもしれないけど、家の都合上早く出たほうがいいんだよね。


「そうですけど。また、あの組織がやったんですよね。裏の組織を壊滅させようとする、表の取締機関。少し前までの警察のような役割をする…」


「あー、そうだって言うね。すごいよね」


「…本当に凄いです」


 友梨はそれだけ言うと、予習を再開した。


 …まぁ、その話にはなるべく参加はしないよ。推測が正しければ、友梨は裏の組織の一員。フレアも多分そう。そして、私は取締組織のメンバーが家族にいる。血は繋がってないけど、とても大切な家族。


 だからこそ、なるべく距離を置くようにしてる。私自身も、何故か裏組織に目をつけられてるし。いや、こう考えると何故ピンポイントでフレアと友梨と仲が良いのか分からないや。


「そう言えば、今回の事件に時間取られてるだろうし、また依頼流れてくるかなぁ」


 話に一区切りついたタイミングでフレアがそんな事を呟く。私はそんな呟きを聞いて、そっか。となった。


 この学校の評価システムは、主に取締組織から流れてくる依頼のこなした数で考えている。つまり、依頼をこなせばそれに応じてクラスが変わるんだよね。


「という事は、もしかしたら今日は依頼の日になるかもね。友梨、今日は用事ある?」


「特に無いですよ。…人集まってきましたね」


「あ、本当だ。そろそろ朝のホームルームか」


 友梨の言葉に私は窓の外に向けていた視線を、クラスに向けてそう返した。そして、そのまま自分の席に着く。先生が廊下を歩いているのが見えたしね。


「――お、みんな揃ってるね。関心関心。それじゃあ、朝のホームルームを開始しよう」


 ドアを開けて入ってきた先生は、私たちを一周見渡してそんな事を言う。その手には何も持っていない。


 先生の名前は、穂村ほむられん。中性的な人で、黒に白の線が入った肩までの髪に、赤に少し黒を入れたような瞳をしている。その服装は、ジャージに近い。一応、穂村先生は女性。


「君たちは今朝のニュースを聞いてワクワクと期待しながら登校したのかな?そうだね…。勿体ぶらなくても良いだろう」


 穂村先生はそう言って、少し口角を上げた。


「今日は依頼の日だそうだ。今日中にどうやら依頼を済ませて欲しいと、このクラスにも頼んできた。君たちはFからDまでの依頼を受けれると聞いている」


 その言葉にクラスがどよめく。そして、他のクラスからも声が聞こえてきた。それはそうだろう。


 この学校の依頼は基本いつでも受けることができ、高ランクのクラスの生徒の中には取締組織からの指名も入る。そう言う時は、授業をサボっても問題は特にない。だけど、依頼の日は完全に一日授業が無くなり、時間が許す限り依頼をこなせる。そんな日。


 そして、何よりこの依頼に関しては、クラスにも影響してくる。なんと、その依頼をこなしていく事で上のクラスに上がれるのだ。もちろん、授業にある実技の中で実力を示した上での総合評価なんだけど。


「…とは言っても、きっとまた低ランクの依頼は特にいいものないんだろうねぇ…」


 私はそうぼやいて、穂村先生が教室から出ていく姿を見送る。さて、どうしようかな。


 依頼を受ける気にはならないけど、いい小遣い稼ぎになるし、一定数は受けとかないと停学。全くやらなければ退学になるかもしれないんだよね。でも…。


 残念なことに私は不幸体質なため、依頼を受ける度に面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えている。とはいえ、今年の分はまだ足りないから、後数件受けないと…って事は、やりに行くか。


「…友梨、依頼を見に行こ」


「そうですね。…あれ、フレアは?」


「…いない…ね…」


 生徒のいなくなった教室で、私は席から立ち上がって友梨に声をかける。そんな友梨は、私にフレアのことを聞いてくる。


 そういえばと周りを見渡すけど、フレアの姿は見当たらない。んー、完全に見てなかったなぁ。


「やっぱりいないですよね。面倒事に巻き込まれてないと良いですけど」


「んまぁ、そうなったらそうなったで私たちは関係ないから。それより、行こうよ」


「はい」


 フレアのストッパーとはいえ、勝手に行動されては元も子もないわけで。今回は完全に私たちの責任ではないでしょう。うん。


 依頼の貼り紙が出されてるのは、学校の玄関口にある掲示板。ランクごとに掲示板が分かれていて、FからDあたりは、結構この教室から遠かったりする。


「…賑やかだね。ランクの依頼、無くなってないといいけど」


「確かに騒がしいです。あ、フレアが依頼持ってますよ」


「本当だ。何してるんだろう」


 掲示板付近で集まる人の群れを遠目で見つつ、私は友梨が指さす方向に視線を移した。そこには、こそこそと依頼の紙をもって先生を探しているフレアの姿があった。


 こんな人数の中だと、先生を探すのも大変だろうな…。でも、依頼の紙に先生からハンコを押してもらわないと依頼をすることができないシステムがあるから、探さないといけないんだよね。あー、私たちも大変だな。これは。


「先生を探してるんですよね。一旦、人込みから抜けたらいいのに」


「だねぇ。あ、依頼良いの見つけたから、取ってくるわ」


「気を付けてくださいね…?」


「もちろん」


 フレアから視線をF、E、Dランクの掲示板に移していって、私はEランクの掲示板のある依頼に視線を止める。


 あれは多分…護衛依頼だよね。人数は推奨5人。依頼人の要望的には1人か2人が良いと書いてあるのが目に入る。私と友梨の2人で依頼を受けたいと思っていたし、ちょうどいいかも。


 とはいえ、人混みには変わりないし…。あ、横からあの依頼取れるな。むー。


「(取れ…取れ…あ、取れた)」


 何とか手を伸ばして依頼の紙をはがして、私は急いで人混みから離れて友梨の所に戻った。


「…取ってきたよ」


「ありがとうございます。護衛依頼、ですか。このランク帯にあるんですね」


「ねー。で、どう?」


 友梨に内容を見てもらって、私はやるかどうかを聞く。友梨は紙から視線を離して、私をじっと見てくる。


「やりましょう。先生なら手の空いている方があそこにいますし」


「分かった。行こう」


 友梨は首を縦に振って、先生を探してくれていたと伝えてくれる。確かに、あの先生なら…。あ、もしかして、また敬遠されているのかな。


「あー、あの先生か。強面であんまり人と話すのが得意じゃない人。でも、根は優しいんだったっけ」


「はい。あの先生とは親しいので、私は平気です。というか、奏音もそうですよね?」


「まぁ、よくお世話になるからねぇ」


 のんびりと向かいながら、私は友梨とそんな言葉を交わす。


 私の言うあの先生というのは、加々見かがみ勇人ゆうと先生。髪の色は黒で、瞳は黒に茶色が混ざった色をしている。生徒指導を担当していて、体育の先生でもあるため、体は筋肉でいい体形をしてはいる。それでいてさっき言ったように強面で、体育の先生にしては生徒が寄り付きにくい。そんな人。


 とはいえ、私と友梨は問題児のフレアの弁護なんかで、生徒指導の加々見先生とはよく話す機会があるから、特に苦手意識とかはない。むしろ、話をきちんと聞いて意見を反映させてくれていることがあるから、いい先生という印象が強かったりする。


「…加々見先生、今良いですか?」


 様子を伺いつつ、私は友梨と目を合わせて、声をかけた。うーん、これは声をかけずらいわ。怖いもん。


「――あぁ、君たちか。依頼、受けるのか?」


「はい。これ、受託お願いします」


 加々見先生に紙を渡して、許可をもらう。特に何も言われなかったけど、先生が無理だとか危険だと判断した場合は、色々と話を聞くことになる。それが嫌で、身の丈に合う依頼を必死で探す人も居るとか。


「あぁ。今日は2人なのか?フレアは居ないのか」


「フレアなら別行動です。…それでは行ってきます」


「そうか。…頑張って来いよ」


「はい!」


 それだけ言って、加々見先生は人混みの方へ歩いていく。どうやら、動く気になったらしい。でも、この依頼、2人で受けれるものなんだな。


「そういえば、依頼の場所は今いる町なんですよね?」


「あー、うん。あの大きいビルというかマンションみたいなところ、になるのかな。住所を見た感じだとね。…友梨、地図アプリ開いてくれる?どこかは分からないから」


「分かりました」


 学校を出たところで、私は友梨に頼んでスマホで検索してもらう。流石にそこまでの土地勘はないからね。


「えっと、この通りの2個奥の通りですね。奏音の言う通り、あの大きいビルっぽいですよ?」


「…本当だ。それじゃあ、そこに行こうか」


 学校にかなり近いところにあるらしく、地図を見た友梨が学校の校門から正面を指さして教えてくれた。さすが、学校に流れてくる依頼だけあるわ。まさかそんな近い場所だとは…。


 行く場所が分かったところで、2人で歩き出す。


「ところで、奏音」


「んー、何ー?」


 しばらく歩き、その間はどちらとも口を開く事は無かったけど、友梨が何かを思い出したように私に声をかけてきた。


「…学生証持ってますか?あ、後。その依頼書に名前、書きました?」


「……あ」


 友梨のその質問に私は足を止めて、バッグにしまった紙を取り出す。


 本当に名前書いてない…。あ、でも学生証は持ってる。うん、流石にそれは忘れないよ。


「急いで書いたほうがいいですよ」


「分かった。今書いちゃうわ」


 道の端で私はバッグの上に紙を置き、素早く2人分の名前を記入した。友梨に言われなければ気付かなかったんだろうな…。


「…おけ。書けた。行こうか」


「本当に書けました?」


「書けたって。行くよ、友梨」


 サラッと書き終えてバッグにしまい直して、立ち上がる。全く…。どうしてそんなに信用がないんだか…。


「分かりました」


 すごい悪戯っ子な表情を浮かべて、友梨はそう言ってきた。真面目で清楚でふざける事は無さそうに見えるのが友梨だけど、意外とふざける一面を持ち合わせてるんだよね。クラスの人とかにはよく驚かれるって言ってたっけ。


 …まぁ、人の事をどうのこうの言えないけど。私も見た目的には怖めで話しかけづらいけど、いざ話すと気さくで話せるんだと思われることが多い。心外だけど。


ー到着ー

「わぁ…!」


「は、入りずらい」


 目的地である建物の入り口に立ち、私と友梨はそれぞれそんな反応を示す。


 そして、何より驚くのがその警備だ。あちこちに張られた不思議な結界。そして、複数ある入り口に立つ人たち。ていうか、何。何でこんなに警備が厳重なの。


「それが第一声なのどうかと思いますよ。こんなすごい建物、中々入る機会はないかですからね?」


「それはそうだけど…。まぁ、いいや。入ろうか、友梨」


「もちろんです」


 入口に立っている警備の人に依頼書と学生証を見せて中に入る。…ロビーから豪華なんですけど。まるでロイヤルホテル。あれ、ここって普通にマンションだったよね。なんでホテルみたいって言う感想が出てきちゃったんだろう。


「——あ、来てくれたのね。待っていたのよ」


「…もしかして、依頼主の紅羽あかはね様ですか?」


 ロビーの受付の人に目的の部屋を聞こうとしたところで、後ろから声をかけられた。


 そこにいたのは、長身のきれいなお姉さんで、その腕には赤ちゃんがいる。…依頼書の特徴通り。子持ちで、旦那さんは一流会社に勤めている能力者。本人もモデルをしていて、その子供にはあらゆる方面から期待のまなざしを向けられていると聞いたことがある。


「えぇ。依頼を受けてくれた子たちよね?」


「はい、そうです。星明高校1年の九重奏音といいます」


「同じく星明高校1年の浜辺友梨です。本日はよろしくお願いします」


 目上の人にはきちんと挨拶。そして口調にも十分気を付ける。依頼主の機嫌を損ねてしまうのは元も子もないからね。


 そんな私たちを見て、依頼主の紅羽様は「あら」と驚いた表情を浮かべた。


「凄いわね、その歳でしっかりとしているなんて。流石は星明高校の生徒さんね。信用が高いのもうなずけるわ。…っと、ごめんなさいね。私は紅羽結奈ゆいなっていうの。この子は娘の鈴花りんか。こちらこそ、今日はお願いするわ」


 そう言って紅羽様は私たちに頭を下げる。偉い人なんて、下の人たちにこんなことしないと思っていたから、なんか変な気がしちゃうな。


 っと、そんなことを思っている暇はない。この仕事は午前中だけとはいえ、気合を入れないと。何かやらかして目を付けられるわけにはいかないし。


「…さて、立ち話をするわけにはいかないわよね。私の部屋に案内するわ。ついてきて頂戴」


「分かりました。…行こうか」


「はい。…奏音、気を張っていてください。目を付けられています」


「…了解」


 歩いていく紅羽様の後をついていこうとしたところで、友梨に耳打ちでそんなことを伝えられる。…確かに、何かがこっちを見ている視線を感じる。とはいえ、意識しないと分からない程度。紅羽様はこんな視線を毎日感じて…。いや、そんなことは無いか。


 そのまま、紅羽様の後をついて私たちはエレベーターで上階へ行く。向かうのは最上階である7階。その一番奥にある部屋の前で、紅羽様はこっちを振り向いた。


「遠い部屋でごめんね。セキュリティを考えるとここが一番安全らしいのよ。あの人がそう言っていてね。…入って頂戴」


 そのことを告げてドアを開けて中に入る。一気に空気が変わり、ピリッとするのを肌で感じた。


 紅羽みなと。紅羽様の旦那さんが張ったものだろう。…彼は確か世界屈指の防御系能力を持っている人だったはず。そして、この家の中に敵対する者をはじくための結界を張っている。それが今感じたピリッとするものだと思う。


「そこ座って。お茶用意してくれる?」


「かしこまりました。少しお待ちください」


 …居るよね。家政婦みたいな人。いないはずないもんね。

 

「さて、早速本題に入りたいんだけど、良いかな」


「はい。大丈夫です」


 コップに入れた麦茶を受け取りつつ、私は紅羽様の話を聞くことに集中する。


 そうして、気を張っていた私たちに紅羽様は衝撃の一言を告げた。


「…あなたには話してあるけれど。奏音さんと友梨さんはそれぞれ家の見張りをして欲しいの。特に鈴花を第一に守るように」


「分かりました。…もしかして、鈴花さんは湊さんに狙われているんですか?」


「えっ…?」


 紅羽様の言葉に私はそんな広範囲を2人で…?って驚いたけど、友梨はそこに驚く事なく、そんな事を紅羽様に聞く。


 でも、その質問はもっともだ。だって、鈴花さんが父親である湊さんに狙われる。そんな事が普通あっていいはずがないから。


「…流石ね」


「やっぱりそうでしたか。ロビーの時から視線を感じてはいましたが、それが私たちでも紅羽さんでもなく、その子供である鈴花さんに向けられていたものということですね」


 あ、あの視線か。だとしたら最悪なことになりそう。敵対することになったら、流石に私たち2人でどうにかなるものじゃないから。


 でも、最悪は想定して動いた方がいいかな。


「そうよ。鈴花は父親に狙われているの。…無能力者だと判明したばかりに。私が今は説得というか止めているから何とかなってはいるけれど、いらないと殺される可能性は残されている」


「無能力者…か…」


 紅羽様の無能力者という言葉を私は口の中で繰り返す。あんまり良い響きではない。そして、何より私もそれを言われる方の立場だ。何もいう事はない。


「えぇ。…もしかして、あなたたちも無能力者に対する差別をして…たり…?」


 私の反応を見て不安になったのか、恐る恐るそんな事を聞いてくる。もしかして、父親側の勢力に狙われるあまりに慎重になっちゃったのかな。


 その質問に私は友梨と目をあわせて、首を静かに横に振った。


「そういうわけではありません。むしろ…」


 私はそこまで言って息を吸い直す。あまり良い評価は取れないかもしれないけど、言った方がいいだろう。


「私も無能力者ですから」


「…えっ、そうなの?」


 私のその発言に家政婦の人も動きを止めた。覚悟は出来ている。使えないと判断されかねない。でも、友梨もそれを分かってくれて私に発言権をくれた。


 …だから、大丈夫。


「奏音は無能力者で、私もEクラスの人です。これを見ても信用できませんか?」


 友梨もカバーに入ってくれて、紅羽さんは何も言えなくなったのか黙ってしまった。


 ちなみに友梨が見せたのは、学校の学生証。そこにクラスが記入されていて、上がるたびに更新してもらえるシステムが導入されている。


「…そうね。ごめんなさい。疑ったわけではないのよ。それよりも、本当に無能力者がいるのねって」


「…結奈様、その発言はいかがなものかと」


「それもそうよね。どう言ったら良いのか分からないわ。でも、強い…のよね?」


 家政婦にたしなめられたのに、懲りずに今度はそんなことを聞いてきた。反省していないんだろうなぁ…。


 でも、そんなことを聞くぐらい、危険な目にあう可能性があるということ。依頼書のランク指定がEからなのが少し気になるけど。


「クラスだと負けることは無いですね。高ランクの人と当たる機会はあまりないので、何とも言えませんけど」


 私はそれだけ言って、淹れてもらったお茶を飲む。ん、おいしい。


「…奏音。よくこの流れでお茶飲めますね。というか、息苦しさを感じていないんですか?」


「え?息苦しさ…?」


「はい。狙われています。戦闘態勢は取らないんですね…」


 友梨のその質問に私はきょとんと首をかしげる。そして、何もないんじゃと出されたお茶菓子を食べ始める私に、友梨は深いため息をついた。…いつも通りなだけだけどなぁ…。


「…まぁ、なんとなくあなたたちの事は分かったわ。さて、私は仕事するから何かあれば彼女に聞いて頂戴。…お願いするわね」


「分かりました」


「「了解しました。頑張らせていただきます」」


 紅羽さんの言葉にそれぞれ言葉を返す。本格的に仕事開始だ。


ー1時間後ー

 依頼としては驚くほど何もないまま1時間ぐらい経過し、壁掛け時計の針が10時を指した。


「こんなに何もないなんてことあるんだね」


「ですね…。あの時感じたのは気のせいでしたか」


「…ううん、それは無いと思う。ただ、警戒しているっていうのが正しいと思うよ」


 私たちのことは何も知らないはずだけど。そう続けようとした言葉を飲み込む。


 目を付けられているから、そんなこと言うとただのフラグでしかないよね。危ない危ない。


「そういうものですか」


「うん。まぁ、警戒しているんだとしたら、敵はなんとなく絞れるかな」


「敵というと、やはり裏社会の組織の一つですか」


「よく分かっているじゃん」


 敵が絞れると言われてすぐに出てくるあたり、私たちはこの世界の実情に慣れすぎているよね。まぁ、入学早々からずっと狙われていた私と一緒にいれば、友梨もなんとなく把握できるものだろうけど。


「——さて、どうしようかな」


 こっちから動くわけにはいかない。とはいえ、このまま放置して依頼達成にする気もさらさら起きないわけで。


「こっちから動いてもいいですし、相手から来るように誘うのもありです。それとも、相手が来るのをおとなしく待ちますか?」


「んー、待てないかな。こっちから仕掛けた方が早い気がする」


「分かりました。では、誘ってみましょう。作戦、考えますね」


「ありがと、友梨」


 友梨の頭の回転の速さに改めて感心する。流石、真面目に勉強しているだけあるわ。

 

 その間は暇だなっと、私は座っていた椅子から立ち上がって、伸びをした。


「よし、私は見回り行ってくる。鈴花ちゃんを守っていてよ」


「考え事しながらですが、頑張ります。気を付けてくださいね?」


「もちろん」


 友梨とそれだけ言葉を交わして、私はその部屋を後にしてリビングへ向かった。


 廊下を歩きながら、私は頭を動かす。依頼は半日間。お昼になれば終わって、私たちは帰れる。つまり、後2時間で帰れるということ。だとしても、順調に行き過ぎている。今回はもしかして運がいいだけかな。なんて、そんなことを思ってしまう。


「…まぁ、そんなことは無いですよね。…そこで、何をしているんですか」


「っ?!」


 リビングに着いてすぐに私はそんなことを言っていた。


 その目の前には家政婦の人がいて、手には刃物を握って何かをしようとしている。そして、その近くにある窓には人の気配がある。本当に運が悪い。


「ど、どうしてここに?」


「いてもおかしくはないですよね。…こうなるのなら、友梨に作戦を立ててもらう必要はなかったかな」


「な、何が言いたいのよ」


 挙動不審になりつつも、強気な姿勢を見せてくる。凄いね、よくそんな風に言えるよ。どこまで私に関する情報を聞いているのか気になるところだけど。…先に質問に答えておこう。


「何が言いたいか。ですか。そうですね。…わざわざ誘い出す必要なんてなかったってことですよ」

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