『人の醜いところ』

「私の透さんはとーても素敵なの。私、のね?」



「あら。私の新しい彼氏も素敵よ。透くんより」



バチバチと視線で火花を散らす二人。女の戦いを見ながら春人はため息を吐いた。どうして、こうなったのか。それは数分前に遡る――。




鈴木春人はこの日暇だった。和馬も春香の独占日だからいくら待っても来ないしバイトも休みの日だ。それならば教室で勉強でもしよう……と勉強道具を取り出そうとした時だった。



「茜先生っ」



甘ったるい声が聞こえて振り向くとそこには女子生徒が居た。名前は石田カナ。一年前ぐらいに婚約破棄した女だ。それについてはお互いの了承済みであり、別に何とも思っていないのだが。



だが――。



「それですね、透さんが素敵で……」



「あら?私の新しい彼氏も素敵よ」



………惚気と見せかけたマウント取り合い。しかも、教室の中で、だ。



「(そういや、茜先生と透……っていう人と別れたんだ。まぁ、誰もが誰も俺らみたいに上手く出来るわけないから当然と言えば当然か……)」



二股したことを知る人間は一部の人のみであり、それを言いふらす人間はいない。しかし、それでも噂は流れるものだ。特に女子の噂は早いし、怖いものなのだ。



イジメにも近い状況になったこともあった。しかし、その度にカナは圧と権力を駆使して乗り越えてきたのだ。あんなに弄り倒していたクラスメートが今では怯えた表情をしてカナの言うことを逆らうことなく聞くようになったのだ。



それに恐れてか、みんなカナに逆らうことはなかった。少なくともカナの前で"透"と"茜"の話題を出すことはタブーとなった。そして今のカナはクラスの女王となっていた。



…そして茜も、カナと同じく、弄りの対象であり、イジメてもいいと思われていた対象だった。



しかし、カナがクラスの女王になった途端、茜に対するいじめも無くなり、いつも通りの日常になっていた。……一部の男子がカナと茜のことを崇拝し始めたこと以外は。



そんなことを春人が思っていると二人の口論はさらにヒートアップしていった。



「ええ?!茜先生……透さんと別れた後ゲーム実況している人と付き合ったんですか~?……ゲーム実況とかいつ人気が落ちるか分かったものじゃないですし、収入が不安定じゃないですか~。いつ人気がおちるか分かったもんじゃないし~!その点、透さんは現時点で副社長ですし?将来性ありますよね~」



「あら。あの男が副社長?大丈夫なの?その会社」



人間とは醜いものだと思う。人を貶めるときは楽しげに、自分の優位に立った時は嬉々として話すのだ。でも、それは側から見たら――所謂、第三者の場合はとても面白い見世物である。



小説でもアニメでもドラマでも。人というのは醜く、愚かなものだと思う。人の不幸を喜ぶような下衆共はいるし、自分が有利になると優越感に浸るようなクズもいる。



別にそれが悪いとは思わない。現時点で春人はこの会話を楽しんでいるし、面白くなってきたとも思う。小説、ドラマ、アニメでもこういう展開は面白い、と思うのに、それが現実で起こるのだ。面白くてしょうがない。



最も、最愛の人和馬そんなことを言われたら普通に落ち込むだろうし、死ぬ覚悟だってするだろう……と思っているとピロンと携帯が鳴る音がした。春人がスマホを確認すると――。


「(は?マジ?)」



内容は『今日は鍋だからあそこに集合ね!』というものだ。"あそこ"というのはいつも三人でするときに使う家のことだ。あそこに行くと必ず春香と春人で和馬を目隠しして犯す。それを動画に収めたりもして、独占できない日に抜く時のオカズにしている。



「(……あんなマウントとかどうでも良くなってきたな………)」



春人はそう思いながら教室を出たのであった。



これは余談だが、カナと茜のマウント争いは結局決着が付かず不完全燃焼で終わったらしい。

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