『初めての恋 〜奏太編〜』


高宮奏太は不自由なく育った。両親からは愛され、兄弟にも恵まれ、実家は裕福で友達も多く、仕事も順調。まさに非の打ちどころのない人生を送っていた。



ただ一つ。不満があるとするのなら、周りから『結婚しろ』と言われることだった。兄も弟も結婚したから奏太も早く結婚しろと親から言われるのだ。 



だが、奏太には分からない。誰かを好きになるという感情がよく分からない。今まで付き合ったこともないし、初恋すらしたことがない。

そんな奏太にとって『恋』というものはよくわからないものだった。



兄弟が女の人を愛して覚悟して結婚したのは知っている。だけど自分にはまだよく理解できない。



それでも、このままではいけないということだけは分かる。だからと言って、すぐに結婚相手を見つけるというわけでもない。



それに、奏太は今やゲーム実況者兼、作曲家だ。作曲家と言っても曲は売れておらず、代わりに始めたゲーム実況の方が再生回数が伸びているわけだが。最初はショックだった。



本気で何時間も費やした曲より息抜きでやったゲーム実況の方が伸びているのだから。しかし、今はゲーム実況も楽しい、と感じており、再生回数も伸びているので正にwinwinの関係性になったわけだが。そしてこんな自分にも『ガチ恋』というものがいるらしい。



それに配慮している……というわけではなく、結婚出来ない都合の良い言い訳をしているだけなのだが……。



そんな自覚はあるものの、恋愛なんてする気はなかった。奏太はパートナーなんていなくても生きていけると………そう思っていたそんなとある日のこと。自分の動画に行き詰まり、気分転換に行きつけの喫茶店に行く最中のことだった。



いつも通りの風景で、特に変わったことは何もなかった……筈だった。



「(……あれ?ハンカチが……あの女の人のかな……?)」



奏太は道端に落ちていたハンカチを拾うと、女性に声をかけた。



「あの……落ちましたよ」



人と話すのは久しぶりだった。いつもは画面越しに喋っているだけだったからだ。若干の不安と緊張があったが、なんとか話しかけることが出来た。

すると女性はこちらを見て少し驚いた表情をして、顔を赤くし、そして何か焦ったように口を開いた。



「あ、ありがとうございます……」



そう言って顔を上げる女性。

綺麗な黒髪に整った容姿。その瞳は吸い込まれそうなほど透き通っており、その唇はとても艶めかしかった。



そして何より――。



「あ、あの大丈夫ですか?涙が出てますけど……?」



涙を流し、頬を紅潮させているその姿に思わず見惚れてしまっていた。疑問は沢山ある。どうして泣いているのか、どうしてこんなにも心を動かされるのか、何故こんなにも胸が苦しくなるのか。



「ご、ごめんなさい……!拾ってくださってありがとうございます……!えっと、じゃあ私はこれで……」



そう言って去っていこうとする女性。放っておけなくて。奏太は無意識のうちに女性にこう言っていた。



「待ってください。……ちょっとお話しませんか?」



そう言ってしまった。




△▼△▼




あれから数ヶ月が経った。仕事は相変わらず順調だった。コラボも、イベントも、生放送も全て上手くいっている。

でも、何故か心にぽっかり穴が空いたような感覚があった。



その感覚になるのは決まって――数ヶ月前に会った女性――成宮茜を思い浮かべるときだ。あの日以来、奏太と茜は時々喫茶店で談笑するのが日課になっていた。



内容はいろんなことだ。愚痴でも、悩み相談でも、雑談でもなんでもいい。ただ2人で会話をするだけの時間が、奏太にとってそれはとても心地よいものだった。



だから終わりの時間になるのが嫌だった。ずっとそばに居て話していたいと思った。だが現実は非情なもので、今日もお別れの時間が来る。



そんな感情が何なのか分からなくて。兄や弟に相談した。そしたら2人とも揃って『それって恋じゃね?』と返してきたのだ。



否定しようとした。だけど出来なかった。だって『想像したら?彼女がお前以外の男と……イチャイチャしてたらどう思う?』と言われたら何も言い返すことが出来なかったから。



だって嫉妬してしまったから。想像したら自分でもびっくりする程嫉妬してしまった。

そして気付いた。自分は彼女に恋をしているんだということを。



恋心を自覚したのはいいが、この気持ちを伝える勇気なんてなかった。数ヶ月経って、この関係が心地が良いと感じて。今更壊したくないと思ってしまった。



でも、この日だけは違った。この日はあまり上手くいかなかった。最初は些細なことだった。割り箸が上手く割れなかったこと、ゴミ袋が破れていたこと、更に良いシーンが撮れたのに録画ミスしていたこと。他にもたくさんあった。



録画ミスのところでポッキリと折れてしまった。ラジオをする気にもなれず、酒に逃げた。酔っ払ってもなおモヤモヤとした気分は消えず、気づけば朝になっていた。



頭も痛く、気分が悪い。それでも今日は茜との約束がある。彼女を待たせるわけにはいかないと急いで準備をしていつも通り喫茶店に来たわけだが、話の内容が全く頭に入ってこなくて。



いつの間にか奏太は茜を家に呼んでいた。もう何をしているのか分からないくらい頭が回っていなかった。

そして気づいた時にはベットの上にいた。



「……………え?」



奏太の頭の中は混乱状態だった。状況が飲み込めない。なんで自分がここにいるのか、全く分からず、困惑し、呆然とするしかなかった。



「やっと起きましたか……?私、初めてだったんですよ?」



ニッコリと笑う彼女。そんな彼女の笑顔を見た瞬間、奏太の思考は完全に停止した。



「え……?まさか僕たち――」



「やりましたよ?覚えてないの?あんなに激しく求めてきたのに。悲しいなぁ……じゃ、もう一回ぐらいやる?」



笑顔でそう言いながら茜は奏太を押し倒す。



「ちょ!?ま、待って!」



「待たない」



そう言って考える余地も残さず再び行為が始まった。

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