六話 『恋敵の話』

石田カナは松崎透のことが好きである。

それはもう家族愛ではなく、異性として好きだ。



自分の方に振り向いて欲しい、意識させたい、そんな願望は誰にでもある。しかし、カナの場合はそれが人よりも強い。

小さい頃からずっと一緒だったからこそ、他の人と違う感情を抱いてしまった。



「ずっーと、一緒にいたいよ、やっぱり私……」



茜に取られたくない。あの人は危険だ。カナにとって天敵ともいえる存在だ。『先生』としての茜は尊敬できる人物だ。



美人で愛嬌もよく、面倒見もいい。頭も良い。非の打ち所がない女性だ。透が惚れたのも無理はない。



そして『恋敵』としての茜を見た時も評価は同じだった。

大人の魅力というものだろうか……カナにはない色気があり、女としても魅力的だ。



出るところは出て、引っ込むべき場所はしっかりと引っ込んでいる。男なら誰でも釘付けになるだろう。

さらに言えば、二人は大学からの付き合いらしく、お互いをよく理解している。



その事を、透の口から嬉しそうに語られた時は泣きそうになった。

自分だけが取り残されていくような感覚に襲われ、胸が締め付けられるよう痛みを感じた。



透は自分の気持ちに気づいていない。それどころか、子供の頃の延長線上のような接し方をしてくる。



酷い話だ。カナはこんなにも彼のことが好きなのに、彼の中では子供のままだった。



「ねえ、カナちゃん?聞いてる?」



「は……!ご、ごめんね!ちょっと考え事してたから……」



隣にいる奈緒の声で我に返ったカナはすぐに謝った。



「別にいいよ。そんなことより……嬉しそうじゃん?」



「えへへー、実は好きな人とデートなんだ!」



厳密はデートではなく、ただ部屋に行って話をするだけなのだが、カナにとってはそれでも良かった。

ただ透と一緒にいれればそれで良いのだ。



「デート?ふぅーん……」



つまらなそうな表情を浮かべる奈緒。何故そんな顔をするか分からずに首を傾げていると、



「あ、茜先生だ」



唐突に奈緒は話を切り出してきた。

奈緒の言葉通り、そこには茜の姿があった。

いつも通りの清楚な雰囲気。大人の魅力を感じさせる立ち振る舞い。スタイルの良さを際立たせるような服装に思わず目を奪われてしまう。



「綺麗だよな……茜先生……」



「やっぱり彼氏いるんだろうな」



そんな男子の声が聞こえてくる。確かに、あれほどの美人に彼氏が居ないわけが無い。



「茜先生って多分彼氏いるよね」



「そうかな……?」



恐らく、とゆうか間違いなく茜は透に恋をしているはずだ。そうでなければカナの面倒を引き受けたりしないはずだ。



それにカナは知っている。この前それとなく、透の名前を茜の前でわざと出してみたのだが、反応はわかりやすいくらい動揺していた。

あの時の反応だけで確信した。やはり茜は透のことを好きに違いない。



つまり、両思いだ。そんなことカナの口からは絶対言わないし、もっとすれ違いまくればいいと思う。



「絶対にそうよー。この前、彼氏いるのーって聞いたらはぐらかされたし、でも顔は赤かったし。茜先生って意外と分かりやすいかも」



「分かりやすい……か」



きっと、透を恋人に置き換えて想像していたのだろう。だから顔が赤くなった……という感じかもしれない。



「まぁ…そろそろ授業始まるし、席に着こう?」


「そうだね」



そう言いながら二人は授業の準備をした。




△▼△▼



放課後。カナはいつもの以上にダッシュで家に帰ろうと思った直後だった。



「あ、ごめん、石田さん。ちょっといい?」



春人に声をかけられてしまった。

正直、今は透のことしか考えられないのであまり話したい気分ではない。だが、ここで無視をするわけにはいかないので、 嫌々ながらも応じることにした。

すると春人は、



「何ですか?急いでいるので手短にお願いします」



「固いなー。そんな大層な話じゃないんだけども…今日さ、みんなでカラオケ行かない?たまには息抜きも必要だと思うしさ」



カラオケなんて行く気はない。

透との時間を無駄にしたくないからだ。これが別の日なら考えたかもしれない。しかし、今日の今日では無理だ。



「すいませんけど、パスです。それじゃ!」



強引に会話を終わらせるように早口で言うと、カナはそのまま走り去った。



「つまんねぇ」



だから気付かなかった。この時、春人が舌打ちをしていたことを……

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