五話 『話』
婚約パーティーの日にちが近づいてきた。カナは鬱な気分になりながら、帰り道を歩いていく。
原因は言うまでもなく、好きな人と結婚が出来ないからだ。隣を歩きたい、とそう思っただけなのに。それすら許されず否定され、父親に嘲笑われたのだ。
(私はお兄ちゃんが好き。大好き……!)
しかし、その想いは届かない。届くはずがない。透はカナのことを女として見ていないのだから……
「………あーー!!」
不意にそんな声が聞こえてきた。カナはビクッと体を震わせて辺りを見渡した。
すると、後ろには
「カナちゃんだ!」
「あ……鈴木さん」
朝に会った天真爛漫な少女――鈴木春香が立っていた。春香はニッコリと微笑むと、カナの隣に並びながら。
「一緒に帰らない?後、私のこと鈴木じゃなくて春香でいいわよー!」
「……うん」
断る理由もないので素直に受け入れたカナ。そのまま二人は並んで帰路についた。
歩いている途中、春香は楽しそうに今日の出来事を話してくれた。それはとても面白くて、聞いていて飽きなかった。
話してくれた内容はクラスメートのことや友達のことや部活のことなど、春香の話はどれも新鮮で、カナは笑顔で話を聞いていたのと同時に羨ましいと思った。
カナにとってそれは喉から手が出るほど欲しいものだったから……でも春香は全部持っている。それが少し、羨ましくて、妬ましかった。
それからしばらく歩くと、
「あっ、私こっちなの!カナちゃんは?」
「あ……私はこっち」
「そうなのね!ならここでバイバイね!また明日ね!」
そう言って走り去って行った春香。その後ろ姿を見えなくなるまで見送り、見えなくなった瞬間にカナはその場にしゃがみ込んだ。
胸元に手を当てれば心臓が激しく鼓動していた。こんな気持ちになったのは初めてだ。自分で自分が嫌になる。だって今カナは……
「嫉妬、してた」
自分にはないものを沢山持って、仲が良くて、楽しそうで……そんな春香が羨ましかった。
醜くて汚い感情だと分かっていても、どうすることも出来なかった。だって春香は眩しいから……太陽みたいに明るくて、皆から好かれているから……
(私にはないものを持ってるから……)
春香が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだと思う。だからこそ、春香が持っているものが欲しくてたまらない。
カナだってもっと、特別扱いしてこない友達が欲しい。普通に接してくれる友達が欲しい。
でも、そんなものは手に入らない。『石田家の子供』は対等な友達を作れない……と思っていたが最近では奈緒と仲良くなったことで少しだけ希望を持てた。
しかし、奈緒以外には友達と呼べる存在はいない。奈緒といると楽しいし、安心する。
だけど奈緒カナと違って友達が沢山いる。今日だって部活の助っ人に呼ばれていたのを快く引き受けていた。
誰にでも優しく、困っている人がいれば助けに行く。奈緒はそういう人間だ。
奈緒とは友達だと思っている。だけど奈緒は違うかもしれない。本当は迷惑だと思ってるんじゃないかって不安で仕方がなかった。
「……お嬢様?」
不意にそんな声が聞こえてきた。カナは顔を上げるとそこには、
「こ、光輝……」
「どうかしたんですか…?お嬢様。そんなところで突っ立って……」
穏やかな表情をした執事――篠宮光輝が心配そうに見つめてきていた。
カナは慌てて立ち上がり、何でもないと誤魔化すように首を横に振った。
しかし、カナの様子を見て察したのか、ヒカルはいつもの笑みを浮かべると。
「そうですか、お嬢様がそう仰られるのであればこれ以上は聞きません。……ですが、もし何かありましたらすぐに私に言ってください。貴方は私の大切な主です。いつでも頼ってくれて構いませんよ?」
「……ありがとう、光輝……そうね、その時は頼りにしてるわ」
「はい!任せてください!」
カナの言葉に嬉しそうに返事をする光輝。素直で優しく、カナのことを想ってくれている光をカナは信頼している。
光輝は自分のことを、未熟でまだまだ……と謙遜しているが、カナにとっては十分すぎるほど優秀な人材だ。
そもそも、カナより一歳しか年が離れておらず、まだ高校生なのに自分の身の回りのことは全て出来るのだ。
それだけではない。家事全般も完璧にこなすし、勉強も運動もトップクラスの成績を維持している。
そんな彼が未熟者なら自分は何なのか。そう思うくらいに彼は優秀なのだから――。
「あ、そういえばお嬢様、透様が明日お嬢様に会いたいと言っていましたが……どうしますか?」
不意に思い出したかのようにそう尋ねてくる光。その質問に対してカナは――。
「勿論、会うわ!会いたいもの!」
迷うことなくそう答えた。好きな人が自分のために時間を作ってくれるというのならば断る理由なんてどこにもない。
それに、これはチャンスでもある。
カナは先程まで悩んでいたのが嘘のように晴れやかな気分になった。
「はい、そうですよね……分かっていましたが……」
複雑そうに呟いた光輝の言葉はカナの耳には入らなかった。
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