十五話

「お母さん!」


 夕暮れが迫る空の下、警察署を出ると、並んで歩いていたリンゼーは走り出し、迎えに来た母親に飛び付いた。それを母親も強く抱き止める。


「ああ、リンゼー、無事でよかった……!」


 今にも泣きそうな顔と声で、母親は娘との再会を感無量に喜ぶ。付き添っていた警官も本当によかったと声をかけ、親子の再会に安堵を見せた。ヒューも離れたところから眺め、主の幸せそうな様子に心を温かくする。


 するとそんなヒューにリンゼーは気付き、ヒューの元へ駆け戻って来た。


「ヒュー、ありがとう。一緒にいて、助けてくれたから、私怖くても大丈夫だった」


「僕はほとんど何もできませんでしたけど、そう言ってもらえると嬉しいです。少しはお役に立てましたか?」


「当たり前だよ。私を助けてくれたのは警察の人とヒューだよ」


 警察ほどの活躍はしていないと自覚はしているが、それでも主に感謝されるのはこの上ない喜びだった。


「あの、この先も――」


「これでお別れだけど、どこかで会ったら、その時は一緒に遊ぼうね! またね」


「……え? ま、待って――」


 ヒューの声は届かず、リンゼーは母親の側に戻ると、警官に挨拶をしてから警察署を離れて行った。その姿をヒューは呆然と見送る。主なのに、お別れ……すなわち、ヒューはまた主を失ってしまったのだ。こんなことに慣れたくはないが、でも溜息一つで切り替えるしかなかった。リンゼーは自分の家族と再会し、幸せを取り戻したのだ。しもべであるなら、それを喜び、どんなに寂しくてもリンゼーの意に沿って身を引くしかない。次の主が待っていると信じて――


「君は身寄りがないんだったよね」


 親子を見送った警官がヒューの元へ歩み寄って来た。


「その話をしたら、ぜひ引き取りたいって方がいたんだけど……あ、ちょうど来たよ」


 警官が警察署へ振り向く。それにつられヒューも見ると、そこから一人の老人がこちらへ歩いて来る。


「現場でもう会ってると思うけど、バルフォアさん、あの方が君を引き取りたいって言ってくれてるんだ」


 白い髪に白い口ひげ、黒いローブはもうさすがに着ていないが、服装は薄茶色の似た形のもので、格好が変わっても数時間前に見た印象とさほど変わりはない。


「自己紹介をしておこう。わしはラベル・バルフォアだ。君は?」


 老人――ラベルはヒューの前まで来ると、にこやかに聞いてくる。


「……ヒュー・エメットです」


「バルフォアさん、我々にご協力してくれた上に、この子を引き取ってくださるなんて、本当にいいんですか?」


 警官は申し訳なさそうに言うが、ラベルは笑みを浮かべている。


「この少年を引き取るのは、わしの意思で協力の一環というわけではない。そんなふうに思わないでくれ」


「それなら、こちらとしては助かりますが……今回のご協力については、後日改めてお礼にうかがわせていただきますので」


「必要ない。わしの力が要るのなら、またいつでも貸そう。その時は遠慮なく言ってくれ」


「ありがたいです。……君も、バルフォアさんが身元引受人になってくれるなら安心していい。きっと良くしてくれるよ」


 そう言われても、ヒューはこの老人と会ったばかりで素性も知らない。悪い人ではなさそうだが、安心していいのかまでの判断はできない。


「引き取ると決めたのはこちらだけだ。一応少年にも聞かなければならないだろう」


 するとラベルはヒューの前でかがみ、目線を合わせて聞いた。


「ヒューよ、行き場がないのなら、わしの元へ来てほしいのだが、どうだろうか」


 ヒューの頭には、これと似た以前の状況がよみがえっていた。だからこそ前もって確かめておきたかった。


「……もしも僕が、あなたに主になってほしいって言ったら、なってくれますか?」


 ラベルは怪訝そうに瞬きをする。


「どういうことだ?」


「言った通りです。あなたに、僕の主になる気がないなら、僕は行きません」


「な、何を言ってるんだい? バルフォアさんがせっかく――」


 警官が説得しようとするのを手で制すると、ラベルは再びヒューに目を向けた。


「主……ヒューはわしの下に付いて、一体何をしたい?」


「命令を聞いて、助け、守ります」


 警官は眉をひそめ、理解に苦しむ表情を見せていたが、ラベルはその言葉を真剣に聞いていた。


「なって、くれますか?」


 真っすぐな目に問われて、ラベルは微笑を浮かべて答えた。


「……悪いが、わしにそういった存在は不要だ。家事も、身の安全確保も、今のところ自分でできるのでな」


「そうですか。じゃあ僕は――」


「主にはなってやれないが、それでもわしの元へ来てほしい。自分の家として使うのでもいい。気に入らなければ出て行っても構わない。来てくれるのなら、わしはヒューにおそらく、有意義な話をすることができるだろう」


「……有意義な、話?」


「そうだ。おぬしは、自身のことについて、一体どれだけ知っている?」


「自分のこと、ですか? 僕は……」


 ヒュー・エメット。仕えるべき主を探している――思い浮かんだのは、そのたった二つのことだけだった。生まれた場所の名も、両親も、兄弟の有無も、遠い思い出も、何一つわからない。他の人なら言えて当然のことが、何も浮かばず、いくら探っても空っぽな記憶があるだけだ。この事実に、ヒューは呆然とし、言葉が出なかった。


「やはり、わからないことがあるようだな。それをわしは教えてやれるかもしれない。話を聞くだけのことだ。わしの元へ来てみないか?」


 主にならないとはっきり言っている者に付いて行って、意味はあるのかという疑問はあった。しかしラベルの言葉には興味があった。自分が知らない自分を教えてくれるかもしれない。この記憶が空っぽである理由を。話を、聞くだけなら――ヒューはラベルを見やり、軽く頷いて見せた。


「よし、ではわしの家へ行こう。……この子はわしが責任を持って引き取らせてもらう」


「あ、はい。そちらがいいのであれば、お願いします……」


 ヒューよりラベルを心配する警官に見送られて、二人は警察署を後にし、ラベルの家へと向かった。


 多くの民家が立ち並ぶ市街地にラベルの住む家はあった。レンガ造りの建物が多い中で、ラベルの家も赤いレンガの二階建てで、三角屋根の大きな家ではあったが、庭などはなく、左右を民家に挟まれた立地で、見た目には何だか息苦しそうな場所ではあった。


「……さあ、入って」


 だが玄関を開けて中へ入ると、その見た目の印象とは違い、部屋は広々としていた。木製の家具が置かれた居間には花も飾られ、落ち着ける雰囲気がある。


「おかえりなさい先生――ん? その子は?」


 出迎えに来たのか、二階から階段を下りてきた若い男性がヒューに気付いて聞いてきた。


「協力した事件の被害者だ。わしが引き取ってきた」


「ってことは、ここで暮らすんですか?」


「それはまだわからない。細かい説明は後でする。とりあえず今はこの子と話さなければならないのでな。しばらくわしの部屋には入らないように」


「わ、わかりました……」


 そう言ってラベルは居間の奥の部屋へ向かう。


「……あの男性は、あなたの家族ですか?」


「まあ、家族も同然だが、わしの弟子だ」


 部屋の扉を開け、中へ入ると、そこはあらゆる本で溢れ返っていた。壁は本がぎゅうぎゅうに詰まった棚で覆われ、床にはそこに入り切らなかった本がいくつも山を築き、歩ける場所を狭めている。窓際に置かれた机の上も無造作に本が重ねられていたが、かろうじて作業ができそうな空間だけは残されている。だがそこにも紙やらペンが散らばってはいるが。ごみらしきものはあまりないのに、本だけでこんなに汚いと思える部屋は初めてだった。


「片付けたいとは思っているが、忙しくてな……そこの椅子にでも座ってくれ」


 机の椅子を示され、ヒューは腰かけながら聞いた。


「あの、あなたはここで何をしてるんですか?」


 他に座れる場所がないラベルは、立ったまま腕を組んで答える。


「わしは魔術師でな。その研究もしている。この本はすべてそれに関する資料だ」


「さっきの弟子の方も一緒にやってるんですか?」


「ああ。他に数人、わしの元で学びながら手伝ってくれる弟子がいる」


「魔術師のあなたが、どうして警察と一緒に僕を助けてくれたんでしょうか?」


 ちゃんとした仕事がありながら、なぜあんなことをしていたのか、ヒューには不思議に思えた。


「すでに言ったが、わしは警察に頼まれて協力したのだ。だが今回が初めてではなくてな……今この街では、えせ魔術が流行っていて、中でも上流階級では生け贄を使った呪詛の儀式が頻繁に行われている」


「じゅそ……?」


「呪いのことだ。上昇志向の強い者らが、呪いの力で邪魔に思う相手を蹴散らすために行っているらしい。ヒューを誘拐させた、あの女主人はまさにそれだ。だが結局、それらの儀式はどこかで聞いて適当に準備しただけの、でたらめなものばかりだ。呪いの力など発揮されることはない」


「でも、正しい儀式をしてる人もいるかもしれませんよ? あなたみたいに、詳しい人がいれば……」


「そうなのだ。えせ魔術でも、一部正しく行っている場合もあった。それが生け贄だ。呪いだけをかけたいのであれば、生け贄は動物の血で十分なのだ。だが誰が言い出したのか、人間の血、しかも無垢な子供の血であれば効果が上がるなどという話が広がり、街では子供の誘拐事件が多発し始めた。ヒューはそんなところへ巻き込まれたというわけだ」


 確かめもせず嘘を信じ込み、ヒューは危うく殺されるところだった……何とも勝手で、迷惑な話だ。


「誘拐はいつ、どこで起こるかわからない。目撃者がいなければ追うことも難しい。捜査に苦労していた警察は、そこでわしに協力を頼んできた。魔術師であるわしの元には儀式を行ってほしいという依頼がたびたびあってな。もちろんそんな話は受ける気も時間もなく断っていたが、警察と協力し、あえて受けることにした。その先で生け贄として誘拐された子供を助けるために。そして、その作戦は上手く行き、二度目となる今回は二人の子供を救うことができた」


「なるほど。そういう経緯だったんですね。だけど、警察に頼まれるなんて、ラベルさんは有名なんですか?」


「自分では何とも言いにくいが、一応この街に住む魔術師のまとめ役のようなことはさせてもらっている。だからこんなえせ魔術の流行は一日も早く絶たねばならない。我々、魔術師の評判にも関わりかねないからな」


 魔術師からすれば、素人による呪いの儀式は魔術を汚すことなのだろう。誘拐の被害者を助けるのは、同時に自分達のためでもあるようだ。


「……まあ、わしについてはこれでわかってもらえただろう。本題はヒュー、おぬしのことだ」


 ラベルの表情が引き締まり、ヒューは思わず座り直す。


「話をする前に、少し確かめさせてもらってもいいか」


「はあ、いいですけど、何をするんですか?」


「身体に触れるだけだ。そのまま座っていてくれ」


 そう言うとラベルはヒューの前まで行き、頭や腕、胸などに軽く触れていく。そうして触れられた箇所は、不思議とじんわり温かくなっていく。


「……ふむ、そうか……」


 ぼそりと呟き、ラベルはヒューから離れる。


「……何を確かめたんですか?」


「おぬしの身体の外側と内側だ。やはり感じた通り、ヒューは普通の子供ではない。それは自覚しているか?」


「自覚って、どういうことですか……?」


 普通ではないと言われても、それが何を指しているのか、ヒューには皆目わからなかった。


「自分がこの世界に存在する理由、と言えばいいだろうか。おぬしはわしに主になってほしいと言っていたな。他には何を望む?」


「何も……僕は、主を見つけて、仕えることができればそれで十分です」


「主を得ることに執着するか……では内側は判明したな。しかしそれだと疑問も残る。……ヒューよ、おぬしはどこで目覚めたのだ? そこに最初の主がいたのではないか?」


 聞かれたヒューは目覚めた時の状況を話して聞かせた。裸での目覚め、本や金属の器具が散らばった部屋、その中で息絶えていた主と思われる老婆――それらを聞きながら、ラベルは次第に確信を深めるように表情を変えていった。


「……今から話すことは、あくまでわしの予想に過ぎないが、それでも真実に近いものだという自信はある。おぬしがどう思うかはわからない。心を傷付けてしまうかもしれない。だがそれでも聞いてほしい」


「……はい」


 真剣なラベルの眼差しに、それ以外には答えようがない空気だった。ヒューもラベルを見上げ、その黄金色の瞳をじっと見つめた。


「おぬしの最初の主は、なかなか腕のある魔術師だったと思われる。誰を模したかはわからないが、おそらく特定の子供でなければいけなかったのだろう。一から肉体を作り出すには相当の知識と技術と時間、そして魔力が必要だ。そこに命を吹き込むため、彼女は召喚術で使役霊を呼び出し、肉体に融合させた。そうして生まれたのが、ヒュー、おぬしという存在だ」


 ぽかんとしながらヒューは聞いた。


「あの、そうなると僕は、人間じゃないんですか……?」


「そういうことになる」


「でも、ラベルさんの予想、なんですよね?」


「残念だが、それだけは疑いようのないことだ。おぬしからは人間とは明らかに違う波動を受けるのだ」


 自分が人間ではないという以前に、ラベルの話にはわからないことが多くあり過ぎた。


「僕は自分を人間だと思ってたんですけど、それじゃあ僕は一体何なんでしょうか?」


「最初は魔術で作り出した、言わば人形だったが、そこへ使役霊を入れたことで、見た目には人間に似た存在となったのだ」


「その、使役霊っていうのは……?」


「召喚術を扱える者が呼び出す使い魔のことだ。使い魔とは自分を呼び出した者のために働く異界の生物で、その形は様々ある。ヒューの場合は本体を持たない、霊体の使い魔をあえて召喚したのだろう。それを自我にさせ、人間のようにしたのだ。おぬしが主に仕えることに執着する理由はそれで、ヒューの本性は使役霊なのだ。主となる召喚術者のために働くことが本能として備わっている。だが主に何らかが起き、亡くなったことで、それが果たせなくなったおぬしは、次の主を求めさまようことになった……というわけだ」


 それが、主を探し求める理由――自分でも知らなかったことを教えられ、納得はできたものの、まだわからないことはあった。


「僕は自分の名前を知ってました。それは使役霊の名前ってことなんですか?」


「使役霊に名はない。付けるとしたら召喚術者だが……目覚めた時にすでに亡くなっていたのなら、召喚した直後に名を自我にすり込んだのだろうな」


「最初の主は、どうしてこの名前を付けたんでしょうか」


「それは本人に聞くしかないが。……何か、思うところでもあるのか?」


 ヒューの頭には、目覚めた村で聞いた話が浮かんでいた。


「主には昔、僕と同じ名前で、そっくりな子供がいたそうなんです。僕の母親じゃないけど、母親のような気がするのは、それもすり込まれたからなんでしょうか?」


 これにラベルは顎に手を当て、考え始める。


「そっくりな子供……ふむ、おぬしが生まれた理由がわかったかもしれない」


「それは、主のために働くためじゃ……?」


 ラベルは微笑み、ヒューを見る。


「働かせるためではないだろう。そうだとしたら小さな子供の身体になどしないはずだ。仕事をさせるには何かと不便だからな。わしはそこが引っ掛かっていたが、今の話でようやくわかった。その主はただ、おぬしに側にいてもらいたかっただけなのだろう」


 ヒューは首をかしげて聞く。


「側にいるだけじゃ、僕は何の役にも立てませんけど」


「いいや、それで十分なのだ。おそらく主は、失った子を取り戻すためにヒューを作り出したのだろう。だから子供の身体にし、同じ名を与えた。そうして我が子をよみがえらせようとしたが、ヒューが目覚める前に亡くなり、それを叶えることはできなかった……。使役霊のおぬしに理解は難しいかもしれないが、親というのは自分の子が何より大事で愛しいのだ。それを失えば悲しみの波に襲われ、子への想いはより深くなるものなのだ」


「家族が大事なのは僕にもわかります。そういう人達はたくさん見てきましたから」


 ラベルは意外そうに目を丸くした。


「ほお、そうか。おぬしは思うより人間社会を見てきたようだな」


「はい。何人も主になってもらいましたから。でも結局、最後までお側にいることはできなかったですけど」


「それは悔やむことではないだろう。ヒューは使役霊ではあるが、働くために召喚されたのではないのだ。最初の主の心を癒すために呼ばれたのだ。だがその主もいない今、おぬしを引き止める者はいない。つまり完全に自由を得た状況と言える」


 するとラベルは真面目な表情でヒューを見つめた。


「本来使役霊というものは、召喚術者が亡くなれば自然に元の世界へ戻されるものなのだが、ヒューが主を認識する前に亡くなったせいか、そうはならなかったようだ。希有なことではあるが、せっかく得た時間だ。おぬしが思うように過ごしてみるのもいいだろう。だがもし元の世界へ、本来の自分へ戻りたいというのなら、わしはそうしてやることもできるが……ヒューはこの先、どうしたいと思っている?」


 人間ではなかった自分の存在理由を知り、そしてその理由はすでに最初からなくなっていた。とは言え、使役霊の本能はやはりヒューの気持ちを新たな主へと向かわせようとする。


「……主を、探しに行きたいです」


 この答えにラベルは笑う。


「本能には逆らえないか。しかし自由だというのに、わざわざ誰かに仕える必要もないだろうに。おぬしはそのために召喚されたのではないのだ」


「でも、主を見つけないと、何かそわそわして……駄目ですか?」


「駄目ではないが、見た目は子供だ。見守るほうとしてはどうも心配でな……」


「じゃあ、いっぱい食べて、大きくなれば平気ですか?」


 ラベルは頭を振る。


「それは無理だ。先ほど言ったように、おぬしの肉体は言わば人形で、成長することなくその形を保ち続けるだけなのだ。人間のようにいくら食べようとも大人になることはできない」


「じゃあ僕は、ずっと子供のままなんですか?」


「残念だが、そうだ」


 ヒューは自分の小さな手を見下ろす。主を助けるにしても、この身体は永遠に非力なままで、自分より大きな相手から主を守ることも難しい……。そんな悔しい思いを抱え続けなければいけないと思うと、ヒューはやるせない気持ちになるのだった。


「わしは主探しをするなとは言わない。何をしようとそれはヒューの自由だ。どこへ行こうと、どう考えようと、すべての自由はおぬしの中にあって、何にも縛られてはいないのだ」


「何にも……? でもこの本能は僕に主を求めさせてきます」


「本能は己が生きるための術で、縛られるものではない。だがヒューには本能を越えた可能性にも目を向けてもらいたい。主に仕えることだけが幸せではないと知ってもらいたいのだ。……使役霊にこんなことを言うのは酷なのだろうがな」


 幸せ――ヒューはそれを主を通して感じてきた。しもべとして主が喜ぶ様子は、自分も同じように喜び、そして幸せだった。だがそれは考えてみれば、自分自身の幸せとは言えないのかもしれない。ヒューが手伝い、生んだ幸せではあるが、それはあくまで主のためなのだ。真に自分が望む幸せとは、また違うもののような気がする。ではその幸せとは? 自分は一体何を望んでいる? 人間世界で自由を得た意味は――


「……考えても、いいでしょうか?」


 あるはずの答えを探ってもなかなか見つからないヒューはラベルに聞いた。これにラベルは穏やかな笑みを見せると言った。


「おぬしには時間がたっぷりある。じっくり考えて進むべき道を見つければいい」

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