四話

 トン、カン、トンと、どこか小気味よく響く音に誘われるように、ヒューは村中の道を歩いて行く。自分が目を覚ました時の村とはまた少し違う雰囲気の村で、民家はひしめき合うほど多くはなく、林に囲まれた中、あちらこちらに点々と立っている印象だ。すれ違う住人の数も少なく、小さな村なのだとわかる。


 音のするほうへ進んで行くと、そこでは屋根の下で屈強そうな男性が金槌を振っている姿があった。熱せられて赤くなった鉄に何度も金槌を振り下ろし、そのたびにカン、と大きな音を響かせていた。鉄の赤みが薄れていくと、男性はその様子を確認して、ごうごうと燃え盛る火の中に鉄を突っ込む。しばらくして赤みが戻ると、また同じように金槌で打ち始める――その作業を繰り返す様を、ヒューは何となく眺め続けていた。


「……おいボウズ」


 手を止めた男性がじろりとヒューに目を向けた。こちらに気付いていないと思って見ていたヒューは驚き、見つめる。


「邪魔だ。どっか行け」


 男性は言葉通りの表情で言った。


「僕は見てるだけで邪魔は――」


「目障りだって言ってんだよ。気が散ってしょうがねえ……」


 軽く舌打ちをすると、男性は再び手を動かし始めた。


「親方、材料持ってきました」


 そこへ木箱を抱えた若い男性がやって来た。


「おう、その辺置いとけ」


 言われた若者は木箱を壁際にそっと置く。


「それから、あのボウズ、追い払っとけ」


 男性は横目でじろとヒューを見やる。


「……誰なんです? あの子」


「知らねえよ。さっきからずっと突っ立ってやがる」


 ふーんと言いながら若者はヒューに歩み寄って来た。


「お前、この村の子供か?」


「違います」


 即答したヒューに若者は首をかしげて聞く。


「じゃあ何してんだ? 鍛冶に興味でもあるのか?」


「そうじゃないですけど、初めて見る光景だったんで見てたんです」


 若者は金茶の頭をぽりぽりとかく。


「見学してたいのはわかるけど、うちの親方が集中できないって言うからさ。悪いけど――」


「その親方っていうのは、あの人のことですか?」


「え? ああ、そうだよ」


「親方は何をしてくれるんですか?」


「何って、俺の師匠だからな。鍛冶のことを教えてくれるよ。あといろいろ面倒も見てくれてる」


「それって、主と同じですか?」


「主? ……まあ、仕事に関しては親方の言う通りにやってるし、似たようなもんかな」


 ヒューは金槌を振る男性を見た。無愛想で強面だが、主の立場ではあるらしい。その主に付き従うしもべは一人だけとは決まっていない。二人いたっていいのだ。もう一人加え、自分の主になってくれないだろうか――そんな期待を胸に、ヒューは作業をする男性に近付いた。


「お、おい!」


 若者に呼び止められるも、無視して近付いて来たヒューに、男性は金槌を振りながら鋭い目で睨んだ。


「……コリー! 追い払えと言っただろが!」


「す、すみません。……ほら、邪魔になるから――」


「お願いがあります」


「……ああ? こっちは忙しいんだよ」


 手元を見ながら男性は迷惑そうに答える。


「僕の、主になってくれませんか?」


 カン、と音が止まり、男性の険しい顔が向く。


「主……? 何だそりゃ」


「主になってくれたら、僕は何でもします」


「何言ってんだ? ボウズ」


「親方、もしかして――」


 コリーと呼ばれた若者が前に出て来て言った。


「この子、親方の弟子になりたいのかもしれません」


 これに男性の眉間にしわが寄る。


「こんなちっせえやつがか?」


「俺に親方のこと聞いてきたし、ずっと見てたのだって……なあ、そうなんだろ?」


 聞かれたヒューは、弟子ではなくしもべではあったが、同じようなものだろうと、とりあえず頷いた。


 しかし男性は渋い顔を見せる。


「駄目だ駄目だ。まだ寝小便してそうなやつを弟子にとるなんざできねえよ」


「何ででしょうか」


「鍛冶は危険な仕事だ。金槌も振れねえ非力な子供に教えるには早すぎる。コリーが来たのも十五の時だ。それでもどうにか振れるって程度だった。それよりちっせえボウズじゃまず無理だ。その細腕がもう少し太くなったらまた来い」


「金槌が振れたら、主になってくれますか?」


「ほお、試そうってのか? いいぜ。やってみろ」


 そう言って男性は持っていた金槌をヒューに手渡した。受け取り、握った瞬間、腕にずんと重みがかかり、金槌は地面にぶつかった。それを見て男性は当然というように笑う。


「何だ? もう少し本気出してみろ」


 言われてヒューは両手で金槌を握り、持ち上げた。が、支えるだけで精一杯で、そこから振り下ろしてみたものの、金槌の重さに全身が持って行かれ、足下がよろめく始末だった。自分の非力を認めざるを得ない結果だ。


「……僕にはまだ無理みたいです」


 ヒューは大人しく金槌を返す。


「わかったか。力が付いたら来い」


 男性は作業に戻ろうとしたが、ヒューはすかさず言った。


「でも、僕には主が必要なんです」


 これに男性はあからさまな溜息を吐いて振り向く。


「素直なやつだと思ったらこれか……。何度言われても無理だ。お家へ帰んな」


「帰る家はありません」


「……ない? じゃあ親は」


「いません」


「ボウズ……独りなのか?」


「はい。だからずっと主を探してます」


 変わった風向きに、親方と弟子は顔を見合わせる。


「……親方、鍛冶仕事は無理ですけど、他のことならできることもありますよ。弟子にしてあげたらどうですか?」


「………」


 男性は目を瞑って悩んでいる。


「このまま帰したら可哀想ですよ。どこにも行き場がないのに……こんな子供じゃ誰も相手にしてくれないだろうし」


 長いこと悩んでいた男性だったが、目を開けるとヒューをじっと見下ろし、言った。


「……仕方ねえな。わかったよ」


「おお! やったな」


 コリーはヒューの肩を叩いて喜ぶ。


「本当に、いいんですか?」


「ただし、弟子にはしねえ。ボウズは小間使いだ。それでもいいんなら来な」


 弟子より小間使いのほうが、しもべの役目に近いだろう。ヒューにためらう理由などもちろんなく、すぐに頷いた。


「ありがとうございます。ご主人様のために精一杯尽くし――」


「ご主人様なんて呼ぶな。気持ち悪い」


「でも、僕の主だから……」


「ボウズも親方でいい。弟子じゃねえが、それが一番しっくりくる。いいな?」


「わかりました。じゃあ僕のことはヒューと呼んでください」


「それが名前か。それじゃヒュー、コリーに教わって仕事やってみろ」


「はい!」


 晴れて主を得たヒューは、鍛冶屋の親方テオバルドの元で働くこととなった。言われた通り仕事はコリーに教わり、掃除や水汲み、材料運びなど、幼いヒューでもできることを任された。日が暮れると三人で食事をし、ヒューはコリーと共に作業場内で眠りについた。使われていなかった机がベッド代わりではあったが、まともな食事と屋根の下で寝るのは、ヒューにとって初めての安らかな夜だった。ちなみにテオバルドは家族の待つ家へ帰り、作業場へはそこから通っているという。翌朝になると起きろという大声で二人は目覚め、また鍛冶屋の一日が始まる。


 そんな生活が数日過ぎたある日、ヒューとコリーは昼休憩で休んでいた。作業場の軒下に座り、他愛のない話をすることが多く、この日も同じように二人はおしゃべりをしていた。


「今日は注文が多く入ったな。明日から親方も忙しくなりそうだな」


「そうですね……」


 この鍛冶屋では近隣住人の依頼で、農具や調理道具の製作、修理を請け負っており、その注文が入ることは当然嬉しいことなのだが、ヒューの表情はあまり明るくなかった。


「何だよ。暗いな。どうかしたか?」


「……親方は、僕のことを必要としてるんでしょうか」


「え? 何で?」


「見てると、重要そうな仕事はコリーさんにばかり頼んでて、僕には全然頼んできません。もっと僕にも頼んでほしいのに……」


 ヒューにはテオバルドのしもべという自覚と自負がある。それなのにコリーばかりが重用されることは見ていて気持ちのいいものではなかった。後から来たのだから仕方ないとも言えるが、けれどヒューにはもっと自分を使ってほしいという思いが強くあった。


「お前はまだ子供で、やれることには限りがあるんだ。しょうがないだろ」


「でも、僕ももっと役に立ちたいです。親方に喜んでもらいたい……」


「今だって十分役に立ってるって」


「コリーさんと比べたら、そうとは言えません」


 沈んだヒューを見て、コリーはわしゃわしゃと頭をかいてから言った。


「お前は親方の優しさがわかってないのか?」


 ヒューは視線を上げ、コリーを見る。


「確かにお前にだって火起こしや親方の手伝いくらいはできるかもしれないけど、それらは一歩間違えば大怪我につながる仕事だ。もともと弟子にするつもりがなかったのに受け入れたんだ。それで無理させて怪我させるわけにはいかないだろ」


「親方のためなら、僕は怪我なんてどうってことありません」


 これにコリーは、はあと深い溜息を吐いた。


「やっぱりわかってないな……親方はな、お前が独りで行き場がないって知ったから受け入れたんだぞ」


「……なぜですか?」


「情に厚い人なんだ。俺の時もそうだった。俺は母さんと二人暮らしでさ、家計を助けるために親方の弟子になったんだ。俺が鍛冶屋になりたかったってのもあるけどな。そんな事情を知って親方は弟子にしてくれたんだ。その後、母さんは病気で死んじまったけど、葬儀代だって、親方は金をくれた。おかげで母さんをちゃんと見送ることができたんだ。親方は、相手の身になって考えてくれる人だ。お前をないがしろにしてるように見えても、それはお前への優しさなんだよ。だから焦ることはないって。時間が経てばお前も俺と同じ仕事を任される時が来るよ」


 コリーは微笑み、励ますようにヒューの背中を叩いた。強面のテオバルドにそんな優しい面があると知り、やはり自分の主だと少し誇らしく感じるヒューだった。


「コリーさんも、親方を慕ってるんですね」


「尊敬してるよ。鍛冶仕事も、人間としてもな。親方のおかげで夢もできたし」


「夢?」


「ああ。一人前って認められたら、自分で鍛冶屋を開くんだ。それには腕も金もまだまだ足りないけど、でも絶対に親方みたいになってやるんだ」


 夢を描くコリーの眼差しはきらきらと輝いているようだった。だが次に苦笑いを浮かべると言った。


「だけど、あんな奥さんを貰うのだけは見習いたくないけどね」


「奥さんに何か問題でもあるんですか?」


 聞くと、コリーは周囲に目をやってから、小さな声で答えた。


「親方、家じゃ肩身が狭いんだ。奥さんがかなり怖いらしくて」


「叱られるようなことでもしたんですか?」


「そういうことじゃなくて、いわゆる恐妻家ってやつだよ。奥さんには頭が上がらないんだ」


「どうしてですか?」


「そんなの俺が知るわけないよ。とにかく怖い奥さんらしい」


「見たことないんですか?」


「ちらっとならあるけど、その時は怒鳴ったりしてなかったから」


「親方は、家でいじめられてるんでしょうか」


 心配そうに聞いたヒューに、コリーは首をかしげて考える。


「うーん、どうだろうな……前に親方と飲みに行った時は、酔った親方が母ちゃんに引っ叩かれるって怯えてたけど、本当なのか単なる誇張だったのかはわからないな」


「親方に聞いてみたほうが――」


「や、やめろって! そんなこと聞いたら親方怒るに決まってるだろ。奥さんのことは一番敏感な話題なんだから。……ヒュー、俺がこんな話したってことは、親方には内緒だからな」


「わかりました……」


 そう答えてヒューは考える。もし主であるテオバルドがいじめられていたなら、しもべである自分は身をていしてでも守らなければならないだろう。けれど方法は穏便に……以前、暴力を振るう夫に対して行ったことが、守った妻に激怒されるという苦い経験がある。守るにしても主が望む方法を選ぶ必要があるだろう。まだいじめられていると判明したわけではないが、ヒューは心にそれを留め、午後の仕事に取りかかるのだった。


 そこからまた数日後、そんな話をしたことも半ば忘れた頃、その人は前触れもなく作業場に現れた。


「――あんた、嘘ついたね!」


 外から響いてきた怒鳴り声に、ヒューとコリーは手を止めて目を向ける。作業場内で鉄材の仕分けを二人でやっていたのだが、ただごとではなさそうな大声に思わず意識が窓の向こうへ向いた。そこにはテオバルドと恰幅のいい女性の姿が見えた。


「……あれは誰ですか?」


「……奥さんだ」


 コリーはどこか緊張した声で答える。


「あの人が、親方の奥さん……」


 距離があって表情はよく見えないが、身振り手振りを交えて自分の夫に怒鳴っているのはよく見える。そのテオバルドは、普段の豪快な仕事ぶりとは打って変わり、妻をなだめようと控え目に手で制している。が、その妻が口を閉じる様子はなさそうだ。一方的にテオバルドにまくし立てている。不穏な光景にヒューはじっとしていられず、仕分けていた鉄材を置いた。


「……助けに行きましょう」


 そう言ってヒューは作業場を出て行く。


「おい! 余計なことに首突っ込むなって……ヒュー! ったく……」


 聞かないヒューの後を追ってコリーも仕方なく作業場を出た。


「――ってあたしは言ったよね」


「だ、だから、謝るから……」


「謝って終わらせる気? それで反省してんの? あたしに隠れてこそこそ――ん? 何だい坊やは」


 怒鳴り続けていた妻だが、駆け寄って来たヒューに気付くと声をかけた。それを見てテオバルドは慌てたように言う。


「ヒュー、お前は仕事をしてろ。来なくていい」


「でも親方が困ってるように見えたんで……」


 これに妻は何かに気付き、ぎろっと夫を睨んだ。


「この子なんだね……この子が隠してた弟子か!」


「あ、その、うう……」


 テオバルドはわかりやすくうろたえている。


「隠してたって、一体どういう――」


「親方、ヒューのこと奥さんに言ってなかったんですか?」


 ヒューが聞いたのと同時に、やって来たコリーが言った。


「まあ、な……」


「まあなじゃないよ!」


 妻に怒鳴られ、テオバルドは肩を縮めた。一体何が理由でこんなことになっているのか、ヒューにはまったく見えてこず、説明を求めて隣のコリーを見やる。


「……お前は別に悪くないから、気にするな」


「そう言われても、気になります」


 コリーは頭をかきながら言う。


「俺の時も一悶着あったけど、ヒューのこと、内緒にしてたとはな……」


「僕のことを内緒にしてたから、何なんですか?」


「実はさ――」


「弟子は一人だけって言っただろ! それが何で守れないんだい?」


「それは、わかってたけど――」


「わかってんなら何でもう一人いるのさ! お隣さんに弟子増やしたのかって聞かれて、本当驚いたよ。あんたはもうとらないってきっぱり言ったのに、あたしにずっと嘘ついてたんだよ!」


「守らないで、悪かった……」


 テオバルドはしゅんとしてうつむく。


「自分の子供より、弟子のが可愛いのかい? ええ?」


「そうじゃ、ないが……」


「そうじゃなかったら何で弟子をとったのさ。うちは子供が四人いて、ただでさえ食費がかかるってのに、面倒見る子がもう一人増えちゃたまんないんだよ! うちの子四人と弟子二人分、あんたが十分稼げるならいいけど、できやしないだろ!」


 妻の言葉にテオバルドは言い返す様子もない。それを見てコリーはヒューに言う。


「……聞いての通りだ。わかったろ?」


 つまり問題は金のようだ。四人の子に金がかかっているにもかかわらず、テオバルドは弟子をとって面倒まで見ているわけで、そんな家計を圧迫するようなことは妻としてやめてほしいということらしい。


「俺が弟子になりたいって言った時も、どうやら奥さんに反対されたらしいんだ。でも親方が必死に説得してくれたみたいで、こうして働けてる。今の話じゃ、弟子は俺一人だけって約束をしてたみたいだけど……親方はヒューのこと、見捨てられなかったんだろな」


「奥さんとの約束を破ってまで、なぜ僕のことを……」


「前に言っただろ? 親方は情に厚い人だって」


 主になってほしいと頼んだ自分のせいで、テオバルドは約束を破ることになったのだ。こうして怒鳴られているのも自分のせい――助けるつもりが、原因が自分だと知ったヒューは、うつむくテオバルドを見つめた。自分はどうすればいいのだろうか。優しい主のためにすべきことは……。


「新しい弟子はすぐに帰しな」


「す、すぐなんて無茶言うな! ヒューには帰る場所がないんだぞ」


「そんなの知らないよ。だったらあんたが引き取ってくれる家でも探したら? 弟子は一人までって約束は絶対に守ってもらうからね」


「待てって。いきなり言われても俺だってヒューも――」


「だから知らないよ! いい? 明日また来て、この子がいたら、その時はあんたの世話はもうしないからね!」


「明日だと? たった一日で引き取り先を見つけられるわけ――」


「親方、僕は大丈夫です」


 突然ヒューが割って入り、テオバルドは丸くした目を向ける。


「……何が、大丈夫なんだ」


「独りになってもってことです」


 これにコリーも驚いた顔でヒューを見つめた。


「お前、ここを出て行く気か?」


「はい。親方をこれ以上困らせるわけにはいきませんから」


 それがしもべとしてのヒューの答えだった。主を失うのは辛いことだが、自分が側にいることが問題である以上、解決するには自ら離れるしかなかった。そうすることですべてが収まるなら、それがヒューの最善になるのだ。


「聞き分けのいい子じゃないか。あんたよりよっぽど誠実で真面目だね」


 ふん、と笑いながら妻が言う。それをテオバルドは複雑な表情で聞いていた。


「俺のために、やめるってのか?」


「親方には、僕よりも大事な奥さんとお子さんがいます。その家族を優先するのは当然のことです」


「ヒュー、お前……」


 テオバルドの強面が悲しげに歪む。


「そんな顔しないでください。僕は元の生活に戻るだけなんですから」


「なあヒュー、本当にそれでいいのか? 独りで平気なのか?」


 心配するコリーが聞く。


「独りには慣れてますし、主はまた探せばいいですから。……コリーさん、それと親方、今までありがとうございました」


 微笑んだヒューに、テオバルドは地面に膝を付くと、その手を強く握った。


「……面倒見てやりたかったが……すまない」


「僕のほうこそすみませんでした。奥さんと仲直りしてください」


 言われたテオバルドは苦笑を浮かべる。


「急に別れの日が来るなんてな……独りで無理するなよ」


 コリーに肩を叩かれ、はいと答えたヒューは二人から離れると、静かに村の外へ向かう。


「達者でな! お前といて楽しかったよ!」


 声に振り返ると、コリーが大きく手を振って見送っていた。その隣ではテオバルドが詫びるような表情でこちらを見つめていた。その姿を目に焼き付け、ヒューはまた前を向いて歩き出す。しもべは主のために存在する。決して邪魔になってはいけない。去ることもまた、しもべの務めなのだとヒューは自分に言い聞かせた。

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