第十九話:セーラー服とエリクサー

『人間だけでなく、動物はみな、”狩り”をします。他の命を喰らって生きているんです。中には遊びだったり、子供の教育のために”狩り”をすることもあります』


 鳥や魚から視たら、人間はまるで鬼のように映るでしょうね。舞の腰に下がった『村正』が、淡々と告げた。


『みんな、何かを殺して生き長らえている。だから”血を見て興奮する”とか”闘うのが好き”というのも、決して舞さんが特別異常だから、と言うわけではありません』

『サゲオー!』

『さや姉ー!』

『ただ、本能のままに行動するのなら、それは獣と同じです。欲望には際限がない。何処かで歯止めをかけないと、いずれは舞さんも以前夢に見たように……』

「嗚呼、そうだな……いや待て」

『何ですか?』

 舞が不審げに己の刀を睨んだ。


「『村正』。何でお前が、以前私の見た夢を知ってる?」

『言ったじゃないですか。舞さんと私は、混じり合っちゃったって』

「はぁ!?」

『だから私の声が舞さんに聞こえるように、私には、舞さんが心の中で考えてることが分かるんです』

「んな……!? やめろ! 今すぐやめろ!! 勝手に人の心の声を聞くな! セクハラだぞ!!」

『そんなこと言われても……』

 これが『呪い』の力か。戦いの前だというのに、舞はいつの間にか汗びっしょりになっていた。

「何を騒いでいる?」

「別に……何も!」


 花凛に声をかけられ、舞は我に返った。


「遊んでないで少しは貴様も手伝え」

「遊んでねぇわ!」


 舞が目覚めてから数時間後。

 屋上には、運び込まれたたくさんの火薬物が積み上げられていた。これだけの量が一度に爆発すれば、さすがの武装観音にも穴の一つは空くだろう。皆くたびれた様子で、山になったミサイルや手榴弾を見上げていた。


 『村正』を探し当て、愛刀の声を頼りに爆弾や各々の『武器』を発掘して回るまで、丸半日かかった。外は、すでに日が暮れているだろう。日付はもうすぐ変わろうとしている。


「もし……」

 暗がりの中、武雄が巨体を揺らしながら唸った。


「もし蒐集家コレクターが……大量破壊兵器を持っていたらどうする? 核兵器とか……」

「ふむ。苦労して集めた自分の『武器』を壊すような真似はしないだろう」


 花凛が口元に手をやった。その腰には、『正宗』が二つ。額の鉢巻や白い手袋は、以前はしていなかったと思うが、滑り止めだろうか。


「なるほど。ルール上、


”②殺すか、もしくは『武器』を壊すと1ポイント。その逆がマイナス1ポイントとなる”。


 つまり自分の武器を故意に破壊したら、マイナスになるってことか?」

「嗚呼。そのルールは前に道具屋泥梨に確認してる。今日は月末だ。もし核を使えば、己も『武器』もただじゃ済まないし、それで失格になる危険リスクも大きい……」

 武雄につられて、舞も上に顔をやった。


 空はない。天井は暗く、終わりが見えなかった。観音内部もまた、『武器』で溢れ返っている。舞は遠い目をしながら、『おかしのいえ』を思い出していた。ヘンゼルとグレーテルの……壁や天井がお菓子で出来た魔法の家。もっとも目の前の内壁は、そんな甘いものではなく、人を平気で殺傷する『武器』の山だったが。


「……だが月末を過ぎれば、ポイントは全てリセットされる。なりふり構わない攻撃を仕掛けて来ないとも限らない」


 花凛は唇をぎゅっと結び、表情を引き締めた。そのすぐ隣で、念願の再会を果たした飛鳥がもう片時も離れまいと姉にくっ付いている。花凛は花凛で、弟に少しの不安も与えまいと、毅然として声を張り上げた。


「やはり本日中に叩くのが最善ベスト! 彼奴に窮鼠になる隙を与えるな!」


 青髪少女の鼓舞に、何百何千の拳が突き上げられ、地鳴りのような歓声が内部にこだました。興奮の渦に飲み込まれようとしながら、舞はじっ、と無明の闇を見上げていた。


『舞さん』

「…………」

『舞さん……今「お腹空いたなあ」って思ってますね?』

「思ってないわ。勝手に人の心の声を捏造するな」

『まだ何か気になりますか、この作戦』

「…………」


 舞は小さくため息をついた。


「……あんだけ人を巻き添えにしてきた奴が、今更大量破壊を躊躇うようなタマか? ……ってな」

『流石にこれだけの量を破壊されたら、マイナスは5桁を軽く超えるでしょう。そうなれば取り戻しようがない。蒐集家コレクターは失格確定です』

「それが怖いんだよ。いざ自分が死ぬってなったら、ポイントなんざ気にしねぇだろ。もう勝ち残れないと悟った時……彼奴がどんな手段に出るか」

『それは……確かにそうかもしれないですね』

「一度蒐集家アイツと戦った時、彼奴は鎧を着込んでた。瞬間移動みたいな真似もしてきたし」

『…………』

「あれだけで終わるとは思えねえ。何かまだ、奥の手を隠してるんじゃ……」

『……蒐集家コレクターの騙る”永遠の宴”、”永遠の生命”とは、つまり他のものを喰い物にし、周りの生命をひたすら殺し続けることになりかねません。あの男を止めましょう、舞さん』

「……嗚呼」


 二人の会話は、洪水のような勝ち鬨に流され、そこで途絶えた。舞の不安は、これから数時間後、不幸にも的中してしまうことになる。


 神無月の三十一日。時刻は23時過ぎ……。


「はぁ……はぁ……」


 長南小麦おさなみこむぎは、胸元の黄色いリボンを揺らし、全速力で銀座・中央通りを走っていた。(生前)高校生だった彼女は、月のお小遣いが6000円(ケチ!)であったため、滅多にこんな街に来たりはしなかったが、今はそんなことを言っている場合でもなかった。


 なんせ東京の街に、突如巨大な観音像が出現したのである。


「なんなのよ、もぉ〜!」


(死んでからも)毎日ブラッシングを欠かさない、ご自慢の金髪ブロンズヘアを靡かせて、彼女は涙ぐんだ。聞いてない。こんなことになるなんて聞いてない。死神さんのウソつき! もっと明るく楽しい、ストレスフリーな殺し合いだって言ってたのにぃ!


 東京が燃えている。先ほどから、火の手は増すばかりだった。赤く染まる松屋を左手に通り過ぎ、半壊した三越が黒煙の中見え隠れする。小麦はWWWの参加者だった。彼女が最初に与えられた『武器』は、エリクサー。万病を治し、不老不死をもたらす伝説の霊薬である。 


 小麦は大会参加前、死神に渡された小瓶をほとんど何の感慨もなく飲み干した。なにこれ苦っ、おいしくな〜い、とすら思った。その時点で、彼女は不死身になり、どんな攻撃を受けても死なない脅威の幽体カラダを手に入れた。


 自分がどれほどの幸運に恵まれているのか、彼女自身は気づいていない。他の参加者が死ぬほど羨む『武器』を、小麦は図らずも手にしていた。小麦自身は何の変哲もない、ごくごく普通の女子高生だったが、おかげでどんな強敵に襲われても、今日まで無事生き残ることができた。


 もっとも『死なない』だけではポイントを稼げないので、死んだふりをして寝首を搔くなど、彼女は彼女なりに苦労していたのだが……。


「サイアク〜!」


 最悪な状況だった。小麦は半壊した街を必死に走りながら、ある男から逃げていた。


「何なのよぉ、あの男〜!」


 蒐集家コレクターである。


 先刻舞に破られた軍服を脱ぎ捨て、今は黒漆の甲冑を身に纏っている。小麦の噂を聞きつけた彼は、不死身の力を「欲しい」と思った。

 もっともエリクサーは、すでに彼女の体内で消化され、血となり肉となり全身に行き渡っていることだろう。だったら彼女の体を丸ごと、煮るなり焼くなりして喰べてしまえばいい。

そう思っていた。

「欲しい」と思ったら、是が非でも手に入れたくなるのが彼の蒐集癖だった。蒐集家コレクターは黄金の翼を持つ魔法の靴・タラリアで大地を蹴った。


 タラリアを履けば、空を飛び回り、風のような速さで走ることができる。ギリシャ神話に出てくる伝令の神・ヘルメスが履いていたサンダルで、蒐集家コレクターはこの『武器』を手に入れるため、現世に居たとある音楽家を殺した。


 これは前回大会を経験した蒐集家にしか気付き得ないことだが、現世で死んで、死神にスカウトされ、大会に参加するなり『武器』として転生するのにはある一定の法則ルールがあった。

現世風に名付ければ、輪廻転生の法則ルールとでも言うのだろうか。

とにかく前回大会を通じ、彼は秘密裏にそれを知った。


 そうして彼はタラリアを手に入れた。


『武器』による攻撃自体は現実世界の人間には当たらない。だが、例えば『武器』で吹き飛ばされた瓦礫は、一般人にも当たる。霊感のない人らには、突然建物が崩壊する心霊現象にでも見えているだろう。

 そうして間接的に現世の人間を殺す、法則ルールの裏を突いた我ながら見事な指し回しだった。凡庸な参加者指し手ならばライバルの増加を嫌ってまずやらない悪手だが、それを己の『武器』の確保、大会を永続させる妙手に昇華させたのだ。


 ルールを善く守るものが勝つのではない。

 ルールを最大限に利用し、己に活かすものが勝ち上がるのだ。


 少なくとも彼はそう思っていた。WWW。この大会において、法律違反も道徳違反も、ルール上何の問題もない。参加者を殺して喰おうが、何もルールは破っちゃいない。不死身の力が手に入れば。自分の望む”永遠”が、また一歩近づく。勢いよく地面を蹴った蒐集家オトコは、空を飛んでいた。一瞬にして、黄色いセーラー服の少女に追いついた。


「きゃああっ!?」


 悲鳴を上げる小娘を、割れた大地に叩き伏せる。その華奢な背中に、刀を突き刺すような真似はしなかった。どうせ死なないからだ。雷霆を放つのも辞めにしておいた。ヘルメスのタラリアもゼウスの雷霆ケラウノスも、どうも人間にはまだ早過ぎるのか、使用回数には限度があった。

だが……そう。

それも、エリクサーを手に入れるまでの話だ。どんな負荷にも耐えうる強靭な幽体カラダが手に入れば、神々の武器ですらも、いずれ我が物となるだろう。


 気がつくと、歌舞伎座の前にいた。

 橙色に染まった街道では、崩れ行く瓦屋根を避けて、着物姿の見物客たちが逃げ惑っている。


「あ……あ……!?」


 掴まれた手を振り解こうと踠いていた少女の顔が、徐々に蒼白に変わっていく。それもそうだろう。蒐集家の背中には、武装観音の巨大な顔があった。銀座に降臨した鋼鉄の観音像は、口の両端を耳の辺りまで裂き、ギシギシ軋みを上げて嗤っていた。今や歌舞伎座はすっぽりと仏の影に覆われている。

「あ……!!」

 不死身でも、絶望はするものらしい。死なないからと言って、痛みを感じない訳ではないのだろう、か? 良い機会だ。試してみるか……。


「ひぃ……!?」


 蒐集家が雷切を頭上に掲げた、その瞬間ときだった。


 突如激しい爆発音がして、夜空が赤く染まった。


 苛烈極まる衝撃波に、女子高生もろとも吹き飛ばされる。太陽に直に触れたかのような灼熱が背中を焼いた。驚いて彼が振り向くと、武装観音の大きな顔が四散に弾け飛び、けたたましく火柱を上げているところだった。バラバラに砕けた『武器』の欠片が銀座の街に降り注ぐ。燃え盛る火球の一つ一つは、まるで流星群のようだった。


 その流星の一つに、見知った顔があった。


「よぉ、オッサン」

「宇喜多……舞……」


 左手に『村正』を構えたセーラー服の少女が、武装観音の顔に開いた巨大な穴から飛び降りてきた。舞は八重歯を光らせ、ニヤリと嗤った。


「見たか! これが『仏の頭ボカァン作戦』だ!!」

『私自身は、仏教キリスト教他いかなる宗教宗派に何の恨みもございません。これはあくまで、舞さん個人が勝手に行った暴挙ことであり、誠に遺憾……』

「ごちゃごちゃうるせぇぞ『村正』! 覚悟決めろッ!!」


 蒐集家が雷切を構え直した。日付が変わるまで、残り1時間弱。死合が始まった。

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