第十八話:セーラー服とゼウスの雷霆
「ん……」
「起きたか」
「舞さん!」
「あ! お前は……!」
舞が目を覚ますと、見知った顔が視界に飛び込んできた。飛鳥と、その姉・東禅寺花凛である。飛鳥は、愛犬のタロを抱いて舞の目と鼻の先に、花凛は少し離れたところで腕組みをして、ふかふかのソファに座っていた。
「てっきり死んだかと思ったが。つくづく悪運の強い奴だ」
「あ?」
「待ってよ。お姉ちゃん、喧嘩しないで……せっかく目を覚ましたんだし。ね?」
途端に睨み合う舞と花凛の間に立って、飛鳥がオロオロと体を動かした。
目を覚ますと、舞は見知らぬ空間にいた。温泉……ではない。今度は、舞は裸ではなく、ちゃんとセーラー服を身につけていた。肩の傷もだいぶ癒えている。舞はホッとして辺りを見渡した。
巨大な建物の一室だった。舞の知らない場所だった。たくさんの椅子や机、壁際には巨大な観葉植物がこれでもかと並べられ、天井にはキラキラとシャンデリアが輝いていた。決して狭くはないが、大勢の人数で賑わっているため、窮屈に感じる。パッと見ただけでも数百人がひしめき合っているだろうか。実際そこかしこで喧騒と眩光が飛び交い、騒がしい。まるでダンスホールか、ホテルのラウンジを思わせた。舞は眉をひそめた。
「此処は……?」
「ここは、
飛鳥がホッとしたように表情を緩ませる。
「そうか……お前の姉ちゃん、
「うん、ありがとう。舞さんのおかげだよ」
「正確には武装観音とやらの体内にある、
東禅寺花凛はまんじりともせず、ジロリと舞を睨んで告げた。純白のセーラー服は相変わらず皺一つなく綺麗に手入れされているが……その腰に、彼女の愛剣・『正宗』は無い。彼女だけでなく、フロアにいるほとんどの参加者が『武器』を取り上げられていた。
「何?」
「
飛鳥が繋いだ。こうして並んで見ると、なるほど姉弟だと確かに分かる。会話を聴きながら、舞はぼんやりとそんなことを思った。
「ホテル?」
「そう……結構豪華なホテルで、ベッドもTVも、プールまである。果物も真水もいくらでも湧いて出るし……」
「そうか……それで」
肩の傷が癒えていたのか。舞は納得した。花凛が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「フン。あの男め。考えたものだ。
武装観音の体内に設置された非武装地帯……どうやら舞たちが閉じ込められているのは、そのホテルの一角らしい。屋上にはプール、大浴場もあり、カクテルバーやパブ、ダーツにビリヤードなどの娯楽施設も充実していた。中には水着姿でくつろいでいる参加者もいる。舞は舌打ちした。
「今何日だ?」
「三十一日……」
飛鳥が不安げに目を泳がせた。と言うことは、舞が観音に喰われて、丸三日経っていることになる。外の様子はどうなっているのだろう?
「えと……舞さんは此処に来るまで、ある程度ポイント稼いでるから、今月は大丈夫だと思うけど……」
舞がス魔ートウォッチを確認すると、『4ポイント』と四角い画面が空中に飛び出してきた。『村正』と取られ、温泉施設から蒐集家にやられるまで、で『4ポイント』。通過基準の3ポイントは満たしてはいる……が。
「どっちみち明日には稼いだポイントは全て消える。此処に閉じ込められている限り、私たちに勝機はないということだ」
横から花凛が低く唸った。そういうことだ。
「そうだ。『村正』……」
舞は左手で手元を弄ったが、そこに『村正』はなかった。やはりさっきのあれは、夢だったらしい。
「探しに行かねえと……」
「ちょっと待て」
腰を上げる舞を、花凛が椅子に座ったまま呼び止めた。
「貴様の『武器』は……私の『正宗』もだが……この観音の何処かで
「そうだよ。ぼくもタロの鼻で、なんとか探してもらおうと思ったけど、『武器』の数が多すぎて……」
「それは大丈夫だ」
「何?」
「色々あって……私は『村正』の声が聞こえる」
舞はぶっきらぼうに二人に経緯を話した。
花凛と飛鳥は半信半疑と言った感じで顔を見合わせた。
「あの刀が……元人間?」
「だとしたら、私が壊した『武器』の中にも、元人間の生まれ変わりがいたかもしれないってことか」
中々業の深い大会だな、と花凛は眉をひそめた。
「だから、私は『村正』を見つけられる。そんで、この大仏中に散らばった爆弾やミサイルを一箇所に集めてよ、ドカァンと吹っ飛ばしちまえば、そこから脱出できるんじゃないかって」
「舞」
不意に声をかけられた。聞き覚えのある声だった。舞が振り向くと、いつの間に近づいて来たのか、後ろに巨大な男が立っていた。
「ゲ。熊……」
毛むくじゃらの大男・熊こと武雄である。新宿の数寄屋で別れたきりだった。
「ずっと連絡しとったんだぞ。心配かけやがって」
「お前も仏に喰われたのか……」
とにかく無事で良かった……そう言おうとして、舞はギョッとなった。武雄は、松葉杖をついていた。右足がない。
「ご覧の有様だよ。
「熊……!」
「その男だけではない」
花凛がすっと立ちあがり、舞をじっと見下ろした。切れ長の目で睨みつけられ、その内舞は違和感に気がついた。
「お前……右眼が」
ハッとした。花凛の片方の眼が、白く濁っている。見えていないのか。青髪の少女は自嘲気味に、薄く笑った。
「……此処にいる全員が、
「…………」
「……協力しないか?」
「何?」
隻眼の少女が、突如頭を下げた。
「貴様が『武器』を探し当てられるというのなら……どうか私の『正宗』を見つけ出して欲しい! 『正宗』があれば、私にもまだあの男を斬れる自信がある!」
舞は面食らった。あの花凛が、自分に頭を下げるとは思っていなかった。隣で武雄が唸った。
「舞よ。
気がつくと、フロアはシン……と静まり返っていた。
周りにいた参加者たちが、黙って舞たちの会話に耳を澄ませている。水着でくつろいでいた参加者も、よくよく見れば、舞と同じように片腕がない。皆一様に、何処かしらを負傷していた。
「舞さん……」
「頼む、舞」
「浮玉……」
「…………」
いつの間にか皆の視線を浴びた舞は、しばらく困ったように押し黙っていた。
正直言って、協力とか助け合いとか、面倒だ。
だがしかし、爆弾集めにしろ武器探しにしろ、大勢でやった方が手っ取り早いのは事実である。
やがて舞はポリポリと赤みがかった髪を掻き毟った。
「チッ……わぁったよ。クソダリーな」
「舞!」
「舞さん……ありがとう!」
わっと歓声が湧き、それに気づいた参加者たちがさらにワラワラと集まってきた。
全員で手っ取り早く、観音様の頭を爆発する。そう言うことになった。
「だけど……」
飛鳥が不安げに姉を見上げた。
「仮に爆弾を上手く一箇所に集められたとして……どうやって起爆するの? 此処は
「確かに参加者は『武器』を使えない」
花凛は、弟の頭を撫でながらほほ笑んだ。
「……だが、『武器』自体が自発的に動くならどうだ?」
「『武器』自体が? ……あ!」
何かに気がついたように飛鳥が叫んだ。小さな両手で毛玉を抱え上げる。
「タロ!」
「そうだ」
『武器』の中には『
もしあの舌に毒でも仕込んであれば……舞は温泉施設を出た途端、昇天していたかもしれない。なんてことだ。あの場で偉そうに飛鳥を諭しておきながら、考えが至らなかったのは自分の方だったのだ。舞は少し反省した。
「タロは『武器』じゃないけどね」
「とにかく……」
花凛が集まった皆に改めて作戦を説明した。上手く誘爆すれば、
「……空いた穴から各々脱出し、四方に分散しながら、
「でも、あの雷はどうすんだ?」
たまらず参加者の一人が口を挟んで来た。それに続くように、そうだそうだ、と言った声があちら此方から上がる。皆、
「そりゃ、こっから出られるならそれに越したこたぁないけどよ。外に出たって、あの雷がある限り、多勢に無勢だ。目黒組だって、一瞬でやられちまった……」
トシロウと名乗る男が、苦々しげに吐き捨てた。
「ふむ。雷か……」
「何か絶縁体でも有れば……」
「そもそも日本刀が、雷を打てるか? ありゃ、どうなってんだ?」
「分からん。分からんが、恐らく『
確かに、『雷切』は雷を切った刀であり、雷を放つ刀ではない。『武器』の組み合わせ……無数の『武器』を所持する
「雷を使う武器だったら、ぼく知ってる」
飛鳥がはい、と手を挙げた。
「もちろん色々あるんだけど。有名なのは『ゼウスの
「雷霆?」
「そう。見た目はでっかいさきいかみたいな感じなんだけど」
「でっかいさきいか」
「そのでっかいさきいかを投げると、全宇宙が滅亡するんだって」
「でっかいさきいかで全宇宙が滅亡」
「勝ち目ねーじゃんかよ! そんなぶっ壊れ武器!」
「まぁ待て」
弟の話を継いで、花凛が続けた。
「それはもちろん
「じゃあ……」
「それじゃ操縦訓練もろくにしてないのに、戦闘機に乗せられているようなもの。仮に
花凛が皆の顔を見渡して問うた。
「
「そりゃ、ヤツが戦闘狂だから……」
「それもあるだろう。だが私なら、遠くから雷を打っておく。それが一番確実だ。なのに
「雷は連発できない……ってことか?」
舞の応えに、周囲が色めき立った。
思えば雷が自由自在なら、わざわざこんな武装観音を作る必要もない。雷にも限度がある。だから
「そうか! いくら『神々の武器』とはいえ、人間じゃ100%使いこなせない! 宇宙は滅亡しないんだ!」
「ヒャッホウ!」
「恐らくは打てて二、三発……。それさえ何とかすれば、
フロアは爆発したかのような騒ぎになった。微かだが突破口が見え始めて、皆士気を取り戻したかのようだった。花凛がテーブルの上に飛び乗り、一段と高いところで、
「聞け!」
青髪を掻き上げながら皆に宣言した。
「此処で手をこまねいて死ぬか、それとも無様に足掻いて生き延びる道を探すか、だ。元よりこれはそういう大会だったはずだ。私たちの作戦に賛同する者は……」
「『仏の頭ボカァン作戦』な」
花凛は舞の発言を無視した。
「……今一度『武器』を取れ。反撃開始と行こうじゃないか!」
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