第三幕
第十七話:セーラー服と日本刀⑧
「初めまして。村正誠志郎です」
「村正……」
初対面の男を前にして、舞は一度何処かで会ったことのあるような、既視感を覚えた。幽体になった後ではない。生前……その顔に見覚えがあったのだ。色白で、少し頬の痩せこけた神経質そうな顔。表情は硬く、口元は辛うじて笑ってはいるが、切れ長の目の奥は一切の感情の揺らぎが見えない。背は高く、年齢は20歳くらいだろうか。白いカッターシャツと、作業着のようなズボンは、サイズが合っていないのか少し
暗がりにセーラー服の少女と、白シャツの青年が二人。辺りは真っ暗でも、不思議とお互いの姿だけは視認できた。もっとも夢の中では、何が起きても不思議ではないのかも知れないが。
舞は青年を見上げて言った。
「お前……『村正』か」
「……はい」
静かだが、よく通る凛とした声が暗がりに響き渡った。ちょうど洞窟の中にでもいるように、音が波打って舞の耳を撫でて行く。村正誠志郎。黒曜石のような目で見つめられ、舞は思わず視線を逸らした。何もない空間に、舞と誠志郎が二人きり、しばし沈黙が訪れる。
「ずっと見てましたよ。この……武装観音の中で」
「村正……」
「はい」
「…………」
「……舞さん、私は……」
「…………」
「舞さん、私は貴女に謝らなければいけないことがあって……」
「村正」
「はい」
舞は首を振った。
「謝らなくていい。お前が取られたのは、私のせいだ」
「…………」
「…………」
「違うんです、舞さん」
「あ?」
「舞さんを殺したのは……舞さんの家族を殺したのは、私なんです」
「…………」
舞はぽかんと口を開けて、まん丸と目を見開いた。再び沈黙。やがて、
「そういうことかよ……」
溢れるようにして舞の口から言葉が出てきた。
「『呪い』って……そういうことか。あンのクソ死神……!」
「舞さん!」
誠志郎はきっちり90°腰を折って頭を下げた。
「本当に申し訳ございません! 私は、あの時……」
「村正」
「あの時、ほんの少し考え事をしてて、それで……!」
「村正」
「……はい」
誠志郎は恐る恐る顔を上げた。舞は、ゆっくりと首を振っていた。
「死後の世界でまでグタグダ言ってもしゃあねえよ、もう全部後の祭りだろ」
「……はい」
「今のお前は、私の刀だ」
「舞さん……」
「お前は私の刀になれ。そんで、あのデカブツを叩っ斬るの、手伝ってくれ」
舞は残った左手を差し出した。黒曜石の瞳は、一瞬雷に打たれたように揺らいだが、やがて漆黒の中に全てを飲み込んで、深く頷いた。
「……分かりました」
誠志郎がゆっくりと舞の手を取った。すると、彼の体はサラサラと、砂のように消えてなくなり……しばらくすると、舞の手には、一本の日本刀が握られていた。
夢の中。暗がりで、日本刀を持ったセーラー服の少女が一人。
「村正」
『舞さん』
刀に戻った『村正』が、いつものように淡々と、落ち着き払った声で返事をした。
『どうやら私たちは、事故の時に四肢やら内臓やらが飛び散って……』
「オエ……」
『……それで少し、混じり合っちゃったみたいですね。だからお互い声が聞こえる』
「……村正」
舞は刀を腰に下げると、顔を伏せた。暗がりは徐々に、白く光を取り戻そうとしている。もうじき舞は目を覚ますだろう。だが、二人の間にまたもや沈黙が訪れる。
『どうしました?』
「…………」
『舞さん? 大丈夫ですか?』
しばらく舞は返事をしなかった。俯いた彼女の表情は、いつになく思いつめたような顔をしていた。
「……どう違う?」
『え?』
「彼奴と……
『舞さん……』
先ほど
『……何言ってるんですか。生まれも育ちも……性別から年齢まで、何もかも違うじゃないですか』
「…………」
恐らくは人間の姿であれば、やれやれと肩の一つもすくめていたような口調で応えた。舞はまだ黙ったままだった。
『舞さん。舞さんはこの大会に勝って、生き残るために戦ってるんですよね?』
「……嗚呼」
『でも
「…………」
『
「…‥‥…」
『私は……舞さん。貴女を応援しますよ。
「村正」
舞はようやく顔を上げた。その瞳には、もう迷いは残されていなかった。恐らくは、妙法村正。その鋭さでもって一切の煩悩を断ち切る降魔の剣、である。
『はい』
「斬るぞ。あの男を」
『はい……でも』
ようやく
『その前に武装観音をどうにかしなければなりません。私たちは今、あの大仏の中にいるのです』
「大仏っても、中身が『武器』ならいけそうだけどな。そこらじゅうの『武器』に引火させて、頭ボカァンってふっ飛ばしゃあ」
『簡単にできますかねぇ? そんな……罰当たりな』
「馬鹿。頭ん中にミサイル詰め込んでる大仏がいるか! そんな奴ぁ、吹き飛ばしちまった方が世のため人のためだ」
『斬りたいだけでしょう? 舞さん……』
村正が呆れたようにため息を吐き出した。ようやく二人とも、いつもの調子を取り戻してきたようだ。舞は、村正の柄を握りしめ、ニヤリと嗤った。
『神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る』。
そして淡く白く光の差す方へ、一歩踏み出して行く。
「行くぞ! 『仏の頭ボカァン作戦』だ!」
作戦名はさておき、こうして舞たちの脱出劇は幕を開けた。
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