幕間
幕間②
事件が起きたのは誠志郎が、高校生に上がるほんの少し前に起きた。
音楽家である父が、多忙により若くして急逝してしまったのだ。
46歳。
働き盛りの大黒柱を突然失って、母も息子も途方に暮れた。さらに始末が悪いことに、父の愛人を名乗る女性や、弟(実際に誠志郎の父に弟はいなかった)や隠し子だと主張する人物が、次々と彼らの前に名乗り出てきた。父の莫大な遺産を少しでも掠め取ってやろうと企んでいたのだ。有名音楽家の早すぎる死に、メディアでもちょっとした話題になり、二人は対応に追われた。慣れない法事や行政手続きなどにも翻弄され、誠志郎の母は心労ですっかり塞ぎ込んでしまった。
だが、いつまでも悲しんでばかりもいられない。
時間だけが無情にも過ぎ去っていく。誠志郎は少しでも母の助けになろうと、通うはずだった高校を夜間の定時制に変え、昼間はアルバイトをすることにした。
新聞配達、
コンビニ、
スーパー、
引越し業務、
清掃作業……。
もともと生真面目で几帳面な性格でもあったため、仕事にも早々と馴染んだ。
しかし往々にして社会は、建前は別として、曖昧でいい加減な部分も少なくない。なんでもない書類を何時間もかけて熟読したり、一つの仕事を延々と引き摺っていては、逆に効率が悪い。また、なんでもかんでも白黒はっきり付けようとしすぎると、たちまち周囲と軋轢を生むだろう。誠志郎もそうだった。元々無口な性格も相まって、職場では常に孤立していた。
ホールスタッフ、
キッチンスタッフ、
コールセンター、
フードデリバリー……。
何をやってもあまり長続きせず、転々とする日々が続いた。
誠志郎が21歳になった夏。
彼はその時、トラックの運転手をしていた。大学へは進学せず、一刻も早く働く道を選んだのだった。今まで経験してきたアルバイトと比べ、彼はやりがいを感じていた。決められたルートを時間厳守で回り、一人で過ごす時間も多い。誠志郎の性格に合っていた。先月には大型免許を取り、順調に仕事の幅を広げていった。職場の先輩たちも気さくで、彼の無表情も、幾分か和らいだようだった。此処で精一杯やっていこう。明るい兆しが見えた、その矢先だった。
その日、誠志郎は珍しくイラついていた。週刊誌に、父の記事が出ていたのだ。
早すぎる有名音楽家の急死。
彼らにとっては格好のネタだった。特に持病を持っていた訳ではないので、実は自殺だったのではないかとか、はたまた他殺ではないかなどと根も葉もない噂が飛び交っていた。
バカな。
誠志郎は歯噛みした。ドラマの見過ぎ、推理小説の読み過ぎだ。表情にこそ出さなかったが、誠志郎の内面にはマグマのように怒りの渦が巻いていた。父は単なる過労に過ぎない。創作活動がどんなにご立派なものか知らないが、毎日徹夜で、ろくに栄養も取らなければさもありなんと言った話だ。誠志郎に言わせれば、それは単にスケジュール管理が甘いだけだった。彼らはそれが格好いいと勘違いしているのだ。自ら進んで破滅的な生活をしている。父もそうだった。毎日飲み歩き……家族を置き去りにして。自殺といえば、緩慢的な自殺なのかもしれない。だが、いくらなんでも殺された、だなんて……。
自分は父のようにはなるまい。
入り乱れる感情をごちゃまぜにして、彼は苛立たしげにアクセルを踏み込んだ。
薄く広がった雲が足早に空を西から東へと駆け抜けて行く。
その日は大型連休の初日だった。
首都高が見え、ようやく入り口に差しかかろうとしたその時、
その”事故”は起こった。
刹那、誠志郎は自分が息を飲む音を聞いた。
乗用車との正面衝突。
即死だった。
乗用車に乗っていた家族4人のうち、3人は死亡し、1人は重体だった。
……死んだはずの彼が、次に意識を取り戻したのは、霊安室だった。
目を閉じた時と同じ色をした
何も見えない。
自分は、死んだのではなかったか?
死んだことがないので、どうにも勝手が良く分からない。途方に暮れて、ベッドに横たわったままでいると、不意に耳元で男の声が聞こえた。
「……生き返りたいかい?」
彼が顔を上げると、全身真っ黒なスーツを身にまとった、怪しげな男がそばに佇んでいた。
「自分は、ただのしがない『道具屋』、『武器商人』さ」
「『武器商人』?」
「嗚呼。大会のために、見どころのありそうな人に『武器』を配ってる」
「大会……」
死神の男はアメリカンスピリットに火を付け、美味そうに煙を吐き出した。
「そう。WWW。
WWW。世界中の、ありとあらゆる異世界中の、伝説の武器を持った者が戦う大会。
剣でも、銃でも、魔法でも。
参加しているのは、誠志郎と同じく不慮の死を遂げてしまった者。
その大会で勝てば、優勝者は無事生き返り、さらにどんな願いでも一つだけ叶えてもらえるのだと言う。
「信じられない……」
誠志郎は素直に口にした。そんな怪しげな大会、聞いたこともない。
「それに、私には『武器』を手にとって誰かと殺し合うなど、とてもできそうもありません」
泥梨は笑いながら言った。
「だったら『武器』に転生するかい?」
「え?」
「君のお父さんも、大会に参加してるかもしれないよ」
「何ですって?」
「それから、君のお父さんを、死に追いやった者も……」
「……!」
彼は息を飲んだ。
こうして村正誠志郎は、死神の誘いに乗り、日本刀として生まれ変わったのだった。
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