第十六話:セーラー服と日本刀⑦
「あれは間違いなく、ゴジラでした」
そう話すのは、港区で警備員を務める高田純一郎さん(仮名・64歳)だ。高田さんはその日、夜勤に入り職場のビルで見回りをしていたのだと言う。彼の職場からは、赤くライトアップされた東京タワーが良く見えて、いつもそれを確認するのが日課になっていた。
「そしたら……東京タワーが、
タワーの隣に、もう一本、不審な影が立っていたのだと言う。
「大きさも……タワーとそんなに変わんなくて。隣にでっかい黒い塊が……そんで、ソイツが急に俺ん方をギロリと睨みやがったんです」
そう言って彼は思い出したようにブルっと体を震わせた。
「眼が合って。その瞬間、嗚呼、俺死んだな……って。そう思いました」
夜間の警備員の間で
『何処そこで幽霊を見た』
だとか、
『あのビルには女の怨念が……』
なんて話は枚挙に
「間違いありません。裁判に出たって良い。こないだの大地震の原因は、あの
※
六本木の路地裏で占い業を営んでいるサリー山本さん(仮名・51歳)。
「ええ、ええ。今回の件。全てはタロットで出ておりました、はい」
何と彼女は、今回の大地震を事前にタロットカードで予言していたのだと言う。
「巨大な大仏の幽霊が出て……ええ。大仏の幽霊。そうですよ? 間違いありません。タロットが、こう……『塔』が逆さまに出ておりますもの。とにかく、その、大仏の幽霊が……街を壊してしまったんですの」
「どうやって? それはもちろん、両目からレーザービームを出して、ですわ。ええ。レーザービーム。それから口からミサイルを発射して……お腹のあたりがパカッと開いて、
「ほら、このカード。この位置に『死神』ですわ。これは『レーザー』の暗示でしてよ。不吉です。とにかく不吉なんです。私、嘘は一言も申しておりません、全部真実でございましてよ。
にわかに信じがたい話だ。大仏なのに幽霊とは、悟ってんだか悟ってないんだか良く分からない存在である。しかしこの『予言』的中にネットが湧き、今界隈では彼女を信奉する者が絶えないらしい。なおサリー山本さん(仮名・51歳)には、巨額の脱税と違法薬物の所持疑いで近々逮捕予定という情報も入っている。
※
それ以外にも、
『月に顔があった』
『雲の向こうから人が覗いていた』
『巨人が街を襲った』
……など多数の怪奇現象目撃談が寄せられた。が、何れも確証には至っていない。ただ一つ言えるのは、あの日、尊い数万人の命が奪われたと言うこと。東京を襲った巨大地震の正体は、やはり何かの陰謀なのだろうか!?
※
……などと、現世の週刊誌などは面白おかしく書き立てたが、実際にそれを目の当たりにしたWWWの参加者たちの恐怖は、その比ではなかった。
ゴジラ、大仏の幽霊、巨人……
浅草寺で目覚めた武装観音が、ゆっくりと東京タワーの方へと歩き出し始めた。
挨拶代わりに眼から赤いレーザーを放ち、容赦なく街を焼き払う。コンクリートの地面が波立ち、熱で溶かされて行く。運悪く直撃した参加者は、為す術もなく全身の血液を瞬時に沸騰させてあの世へと旅立った。今際の言葉も、走馬灯ですら許されないコンマ一秒未満の出来事であった。赤い
無差別攻撃はさらに続く。
観音の重みで、赤レンガがガラガラと崩れて行く。東京駅に集まっていた人々は、霊感のある人もない人も、悲鳴を上げて逃げ惑った。壊れ行く駅舎の中で、恐怖だけが、我が物顔で通路を闊歩した。頭上では、季節外れの雪が降り始めた。
胴体の至るところに仕込まれた爆弾が、歩くたびにポロポロと溢れているのだった。爆風と熱源で建物は薙ぎ倒され、至る所で負傷者が出た。
失明した者。
片足を吹き飛ばされた者。
腹に大きな穴が空き、飛び散った自分の内臓を必死で搔き集める者。
灼熱と化した
余談だが、現代戦では殺傷能力の低い地雷が使われることが多い。何故か。兵士が一人死ねば戦力が1減るだけだが、負傷して生き残れば、回収作業や治療など、多数の人員をそちらに投入せざるを得ない。生かさず殺さず。そうやって敵の戦力・士気をできるだけ削っておくのである。
より残酷に、より陰湿に。もっと最悪なことはないかと、『兵器』は常に向上心を惜しまない。
国会議事堂と警視庁に気が済むまでミサイルを撃ち込んだ後、観音様は第一形態を終え、さらに表面に『武器』を剥き出しにし、より禍々しく膨れ上がった。頭には角が伸び、牙を生やし、まるで般若のように顔が歪んでいく。銃口や刃で出来た胴体は、怒り狂ったフグかハリネズミを思わせた。やがて全身から見境なく発射された銃弾は、ゲリラ豪雨のように地上へと降り注いだ。
男、女、老人、子供。
善人も、悪人も。
凡人も、超人も。
貧富も。上下も。左右も。古今も。
腕が飛び、首が跳び、眼は潰れ、足が千切れ。
やがて静けさを取り戻した時、辺りは流された血でいっぱいになっていた。
赤。
一面の赤。
その中心で、東京タワーを両手でへし折りながら、武装観音が咆哮を上げた。
そして驚くべきことに、これは決して、眠れる少女の夢などではなかったのである。
犠牲者を数万人規模で出した『関東大震災』は、人々の記憶に深く刻まれることになる。ただ喜んでいるのは、死神だけだ。暗く染まった東京の空を飛び回り、大量生産された『餌』を前に、黒い
舞は、意識を失った彼女は、再び夢を見ていた。
暗闇の中で、舞は一人立っていた。
右も左も、自分の手のひらですら視認できない泥濘の中。音も無い。感覚だけがある。
ふと、舞の目の前に見知らぬ男が立っていた。
彼女とそう変わらない、学生服姿の、まだ若い男だった。
男は無表情のまま、何かを訴えるように舞をじっと見つめていた。
「お前は……」
夢の中で、彼女は気になって問いかけた。
「誰だ?」
少年は表情を変えずに、ゆっくりと口を開いた。
「誠志郎……」
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