第十三話:セーラー服とM20“スーパー・バズーカ”

「何だぁ……!?」


 温泉を出てすぐ、舞はギョッとなって立ちすくんだ。


 景色が一変している。


 今まで舞が見知っていた街並みとは、全く違う光景が目に飛び込んで来た。一歩外に出たそこは、瓦礫の山と化していた。

人々の姿はない。

 整然と並んでいた建物は、今や何処までも広がる空き地のようにならされていた。道路には瓦礫が積み重なっていて、もはや足場もない。そびえ立っていたビルは崩壊し、半分の位置でポッキリと折れている。あちらこちらで煙がもうもうと立ち上っては、夜空を黒く濁らせていた。


「何があったんだ……!?」

 空爆でも受けたのか。衝撃を受けた舞の声が、周囲に響く悲鳴やサイレンの音に掻き消された。飛鳥は悲痛な顔をして、

蒐集家コレクターだよ……」

「何?」

「アイツが……行く先々で、街を壊して回ってるんだ。生きている人たちは、ゲリラ豪雨とか、突発的ハリケーンだと思ってるみたい」

「何だと? どうしてそんなことを……」

 分かんないよ、と飛鳥が首を振る前に、すぐ近くで土砂崩れのような音が響き渡った。


 急いでそちらの方に行ってみると、柄の悪そうな四、五人の男たちが、手にしていたバズーカやハンマーで、近くのビルを破壊しているところだった。


 ちょうど男が、肩に担いだ3.5インチ対戦車ロケット発射器バズーカで、世田谷区『キャロットタワー』の天辺を吹っ飛ばした。爆音が鼓膜を乱れ打つ。熱風と砂塵が我が物顔で辺りを闊歩した。舞は目を細めた。崩れたタワーの上部が、滝のように舞たちの頭上に降り注いだ。


「何してんだテメーら!?」

「舞さん! 不味いよ……」

「あ?」


 瓦礫の山にいた男たちが、二人に気づいてゆっくりと首を動かした。二十歳前後だろうか。いずれも二人よりも倍は上背タッパがあり、並んでみると正に大人と子供ほどの違いがあった。


「何だ? お前ら?」

「俺たちが見えてるってことは……お前らも参加者だな?」

「何してんだって聞いてんだよ」


 舞は左手で脇差を握りしめ、声を荒げた。普通、参加者は一般人を襲わない。そんなことをすれば、椅子取りゲームのライバルを増やしてしまうだけだからだ。何より、生き返った先の現実を破壊してしまっては、元も子も無いではないか。


 舞が脇差を構えたのを見て、端にいたひょろ長キノコ眼鏡が、胸元から拳銃を取り出して舞の頭に向けた。中央にいた一番の巨躯デブが、へらへらと肩をすくめた。


「見て分かんねえのか。この建物ぶっ壊してんだよ」

「そんな……中に人が残ってたらどうするんだ!」

 飛鳥が悲鳴にも似た声で叫んだ。

「へへ……だから良いんじゃねえか」

「何?」

「あ、あなた達……確か目黒組の……」

 下卑た笑いを浮かべる男達を見上げて、飛鳥がハッとした。


「そうだよ。目黒組な」

「全員ヤラレちまったからな、組の奴らは。蒐集家コレクターの奴に」

「そんな……なんであなた達が……」

 参加もしていない一般人を襲うような真似を。

「決まってんだろ。蒐集家に潰されたんだから、彼奴アイツの軍門に下ったんだ」

「え?」

彼奴アイツは……蒐集家コレクターは……」


 ……蒐集家コレクターは、街を壊して回ってる。

 意図的に一般人を狙って、無理やりこの大会の参加者を増やしているんだ。


 そうなれば敵が増えるだけだって?


 へへ……そうじゃない。いや、そうだ。彼奴の真の狙いは、敵を増やすことなんだ。


 蒐集家コレクターの野郎は、根っからの戦闘狂なのさ!


 戦いてえんだ。強い奴と……のが彼奴の目的なんだよ。


 蒐集家コレクターは、最後の一人になって勝ち残るだとか、この大会を終わらせる気なんてサラサラない。それどころか、一般人を巻き込んで、いつまでもいつまでも『終わらない戦い』を望んでいるんだ。終わっちまったら、もう戦えねえからな。


 それに……考えてもみろ。


 WWWが終わらなければ……俺たちだって、いつまでも幽体のままで居られる。飯も要らねえ、眠くもならねえ……こんな便利な身体はねえ。そっちの方が俺たちだって都合がいい。なのに、わざわざ殺し合ってまで生き返る必要なんてあるか? それもたった一つの椅子のために……経験者ベテランよりも、初心者ルーキー相手の方がポイントも稼ぎやすいしよォ。


 


 このまま戦いが伸びれば伸びるほど、俺たちは幽体のまんまってワケよ。だから、


「だから、街を襲ってるんだ。分かったか? お嬢ちゃん」

「……つくづく救えね-根性なしだな」

「あ”?」

 舞はスーッと目を細めた。彼女の顔は、その声色は冷気を纏い、周囲の空気が一段と冷めていくようであった。反対に頭に血を昇らせたのは、男達の方である。


「今何つった? このクソガキ」

自分テメーんとこの親分ヤラレて、敵討ちも考えず早速強い方にか。そんなだから負けたんじゃねーの?」

「テメー! ぶっ殺」

 ろす、とキノコ眼鏡が言い終わる前に、引き金を引く前に、舞は脇差を振るっていた。

サクッ、

 と小気味好い音を立てて、キノコ眼鏡の人差し指が宙に吹っ飛ぶ。返す刀で、向かいにいたグラサンの頚動脈を斬った。左右から噴水のように鮮血が溢れ出して、舞と飛鳥の頭上に降り注いだ。たちまち足元に真っ赤な絨毯レッドカーペットが出来上がる。


「ぎ……」


 斬られた二人の男達は、まだ同じ姿勢のまま固まっていた。顔を怒らせたまま、何が起きたか分かっていない、といった感じで、流れ出る自分たちの血液を見つめていた。遅れて痛覚がやって来る。


「ぎゃああああッ!?」

「テメッ、この……」


 巨躯デブが慌ててバズーカを構え直す頃には、少女の姿は視界から消えていた。ぐ、と膝を折り地面すれすれまでかがんだ舞は、そのまま巨躯の太ももに脇差を突き刺し、肉を搔き分けるように捻りえぐった。首を絞められた雄鶏のような、潰れた絶叫が舞の鼓膜を心地良く震わせる。これで、あと二人。


「ふざけやがって……!」

 一人ヒョロガリが舞の背中に斬りかかったが、その腕にタロが飛びつき、噛み付いた。


「タロ!」

「上出来だ……!」


 舞はくるりと身体を回転させ、かがんだ姿勢のまま、最後の一人に向き直った。赤いリボンが舞の胸元でひらひらと風に靡く。頭にバンダナを巻いた青年は、重たそうなハンマーを振り上げ、今まさに舞の頭をかち割ろうとしているところであった。


 斧やハンマーの打撃攻撃を、刀で受けることはまず出来ない。その重さで、いともたやすく叩き折ってしまうだろう。じゃあ刀剣が斧槌に勝てないかというと、実はそうでもない。斧は重たい分、扱いが難しく、振り上げた時の隙も大きい。受けにも突きにも向いていないので、攻撃パターンも読まれやすい。


 舞は冷静に、ガラ空きになったバンダナの顎を逆袈裟で叩き割って、飛び上がるように立ち上がった。

ぐらり、

 と揺れたバンダナの身体が、先に倒れていた仲間の上に重なり落ちる。一撃離脱ヒットエンドラン。一瞬にして、赤い絨毯の上に負傷者が積み重なっていた。


 右腕のない少女と、それよりさらに幼い丸腰の少年と子犬が一匹。に油断して、間合いの中にまで接近を許したのが、この男たちの敗因だった。脇差と云う、軽く扱いやすい『武器』だったのも、片腕になったばかりの少女に幸いした。


「す……すごい……!」

「逃げるぞ!」

「え……わ!?」


 見惚れている飛鳥の手を引っ張って、舞はそのままの勢いで瓦礫の山を駆け下りて行った。相手がこの四、五人だけとは限らない。何処かから、誰かが、もしかしたら蒐集家コレクターがこの様子を窺っているかも知れない。

 長居は無用だった。痛みに転げ回る男たちを背に、舞は何とか原型の残っている国道まで走った。傍に打ち捨てられていた原付を見つけ、持ち上げて起こす。


「どうしたの?」

「ん……いや」


 エンジンを駆ける前、舞はふと視線を浴びたような気がして後ろを振り返った。背中にしがみついた飛鳥が、不思議そうに小首を傾げた。先ほどの戦いでまだ興奮気味な彼は、お腹にタロを抱きかかえ、顔を上気させている。


「月……?」

「え?」


 その向こう、黒煙が広がる夜の空には、今や星一つ見えない。曇天の隙間から、まるで夜空に浮かぶ満月のように巨大な 眼 が、舞の方をじいっと見ていたような気がしたのだが……。


「いや、何でもない……行くぞ」


 舞は気を取り直して発車した。右側のハンドルは飛鳥が握った。浴びたばかりの返り血が、二人の鼻腔を擽ぐる。えた鉄の匂いを振り払うように、舞は国道を風を切って駆け抜けて行った。

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