幕間

幕間①

 大人しくて内省的な少年だった。


 幼い時から表情の変化に乏しく、口を開くこともほとんど無かったので、両親からは随分と心配されてしまった。しかし、どうやら表に現さないだけで、その内面には激しい感情の嵐が吹き荒れているのだと分かると、次第に彼らも親として安心し出した。


 と同時に失望もした。


 少年の父は有名な音楽家で、また母は引退するまで女優を営んでいたものだから、大切な一人息子も同じように『表現』の舞台へと進んでくれると望んでいたのだ。目立つこと、表に現すことが彼らの仕事で、価値基準で、崇拝対象でもあったから、『内に留める』ことに果たしてどんな意味があるのか、確かに普通の人より無理解で鈍感であったかもしれない。


 期待が高すぎたとも言える。


 父母は一人息子の芸術的才能を何とか引き出そうと、暇さえあれば美術館や博物館に連れ回し、『美的なもの』に興味を持ってもらおうとした。しかし、およそ親や大人に無理やり勧められたものというのは、子供としては正直興味を持てないものである。ましてや芸術など……。


 少年は……名を誠志郎といったが……クレヨンも持つし、ピアノにも手を伸ばすが、しかしそれは、他の一般的な子供の示すそれと同じ範疇であった。客観的に見ても、稀有な才能が宿っているとはどうしても思えなかった。ある日、誠志郎がピアノのお稽古を嫌がり友達と公園に遊びに行こうとしたので、母親は怒って外に遊びに行くのを禁止してしまった。高尚な文化・芸術とやらにこだわって、ゲームや漫画・アニメの類も一切禁止だったから、幼少期は友達とのたわいない会話についていけず少し寂しい思いもした。


 そんな誠志郎が、唯一積極的に興味を持ったのが、昆虫採集である。


 虫の死骸を拾ってきては、まち針を刺し、夢中になって標本を作っていた。父母は気味悪がったが、せっかく坊っちゃまが自分から興味を持っておられるんですから、と使用人に間に割って入られ、渋々黙認することにした。

 彼の蒐集癖は昆虫だけに留まらず、切手や硬貨、果てまた瓶のふたなど多岐に渡った。広大な部屋はあっという間に埋まり、『内に留められた』蒐集物コレクションで一杯になった。両親は息子の一風変わった趣味を理解はできないものの、妥協に近い納得をし、『何にせよ外の世界に目を向けるのは良いことだ』と結論付けた。


 誠志郎はしかし、客観的に見ても、何一つ不自由なく幸せに生まれ育った。裕福な家庭。五体満足。自然に恵まれた土地、良好な人間関係……むしろその程度の家族の軋轢は、多少なりとも誰しもが経験するところだろう。


 実際、誠志郎は幸せだと、自分でもそう思っていた。


 あの日、彼の家族を禍事まがごとが襲う、それまでは。

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