第七話:セーラー服と蒐集家

 舞たちWWWの参加者の間で、『蒐集家コレクター』の話題が盛んになったのは、此処数週間のことである。

 

 集団で参加者を狩り、昇り龍が如く勢力を伸ばしているチームがある。それ自体は珍しいことではないのだが(ほとんどの参加者は、大会が進むに連れ単独行動派シングルプレイヤー徒党派マルチプレイヤーに別れた。一人で戦うより集団で獲物を狩る方が、当然効率が良いからである。徒党派は、代官山や目黒など、それぞれ自分たちの根城アジトを持ち、その周辺を縄張りとしている。こちらも当然、土地勘のない場所に乗り込むより、勝手知ったるホームグラウンドで戦う方が効率が良いからである)、『蒐集家コレクター』を名乗る組織は他のそれと一線を画していた。


 彼らは参加者だけでなく、現実世界の、生きた人間をも標的にしている。


 そんな噂が実しやかに非武装地帯ノーサイドを駆け回った。普通、参加者プレイヤーは一般人を襲わない。一般人を殺し回れば、死神が死者をスカウトし、余計な新参者ライバルを増やすだけだからだ。そもそも攻撃は参加者同士にしか当たらないようになっている。


 だが、やりようによっては……たとえば参加者が建物を爆弾で壊したとする。爆弾による攻撃自体は現実世界の人間には当たらない。だが、爆弾で吹き飛ばされた瓦礫は、一般人にも当たる。霊感のない彼らには、突然建物が崩壊する心霊現象にでも見えているだろうが……攻撃できないこともない。だがそこまでして一般人を襲う輩は、滅多にいない。


 参加者の武器を狩り、かつ一般人の命をも狙う『蒐集家コレクター』……彼らの目的は何なのだろうか?


 舞は一人遺された妹の芽衣を思った。家族で唯一生き残った芽衣は、叔父・叔母に面倒を見てもらっており、現在目黒にある病院で療養中である。もし芽衣に危害が及ぶようなことがあれば……舞は表情を強張らせた。


「そんで、流石に他の徒党チームも見逃せないっつうことで、近々『蒐集家コレクター』への討伐隊が組まれることになった」

「お……」

 武雄がずずっ、とお茶を啜った。徒党チーム同士の抗争も、最近では珍しくない。潰し合ってくれる分には舞も大歓迎だった。


「オラも参加する。『蒐集家』ちゅう連中のやり方は、どうも気に食わねえからな。討伐隊の隊長は、あの東禅寺花凛が務めるそうだ」

「ハァ〜ん……」


 舞は目を細めた。如何にも、あの正義感の一辺倒が考えそうなことだ。身を乗り出しかけた舞が、たちまち嫌悪感を込めた声を武雄に飛ばした。


「分かったぞ。それで熊は、私にもその討伐隊とやらに参加しろって言いに来たんだな? けど私は……」

「違う、違う」

 武雄は首を振った。


「討伐対象には、お前も含まれてるっつう話だ、舞。『宇喜多舞は、”蒐集家”の疑いあり……』」

「ぶッ」


 とお茶を吹き出して、舞は噎せ返った。武雄が懐から一枚の巻物を取り出した。そこにはへったクソな舞の似顔絵と、美麗な筆文字で、件の文言が並んでいた。


「ゲホ、ゴホッ……! ……ンでだよ!? おかしいだろ!? なんで私が討伐対象……」

「数少ない目撃談によると、『蒐集家』のリーダーは軍服を着て、日本刀を振り回す、鬼みたいな顔した奴っつう話だ」

「全然違うじゃん! 日本刀しか合ってないじゃん!」

「だけんども、情報も少ねえんよ」

 武雄が舞の顔をじっと覗き込んだ。


「誰もその姿をはっきり見たこた無え。だから、お前が狙われるのも無理は無えんだ。悪いこた言わねえ。舞、オラはお前がそんな奴じゃねえってこたあ知ってる。だけんども、巻き込まれる前にさっさと逃げろ」

「…………」

 武雄は、舞に警告しに来てくれたのだった。別に舞の正体が『蒐集家』であろうとなかろうと……舞を殺すこと自体はルール上なんの問題もない。ライバルは一人でも減った方が良いからだ。それでも身を案じてくれる武雄に、舞は少なからず感謝を覚えた。


「そうだ」


 不意に、伊吹の柔らかな声が、舞と武雄の間に割って入った。


「葬ちゃんからこんなモノ預かってるわよ」

「葬ちゃん?」

「何でも『ス魔ートウォッチ』っていう……」


 伊吹が取り出して見せたのは、小さな、四角の黒いブローチのようなものだった。


「それを時計のように腕に嵌めて……何と、わずか30分の充電で、連続18時間も時刻が確認できるの!」

「欠陥品じゃねーか!」

「それだけじゃないのよ。その時計の中に、武器が仕舞えるの」

「へえ……」


 今度は舞も素直に感心した。試しに村正を黒いブローチに近づけてみると、ひゅっ、と音を立てて中に吸い込まれていった。


「あらまぁ!」

「なるほど、こりゃ便利だ。だけど、重さは変わらないようだな……」


 舞がブローチを持ち上げようとすると、先ほどよりも刀の分だけ、ずっしりと手応えを感じた。液晶に指を触れると、丸いアプリのような形をした村正が、画面の中でプカプカ泳いでいるのが見える。武器の持ち運びは戦闘でも大事な要素だから、これは重宝する。


 舞は武雄を横目見た。武雄は、すでに他の死神から『ス魔ートウォッチ』を貰っていたようで、丸太のような手首に小さな四角を巻きつけてドヤ顔していた。どうやら参加者全員に配られているようだ。



「でもこう言うのって、普通”担当”から直接手渡されるモンじゃねーの。こんな大事なアイテムほっぽって、あの死神のオッサンは何処いるんだよ?」

「葬ちゃんはねえ、ちょっと今立て込んでるみたいで。地獄の刑期より、現世での服役期間の方が長引きそうだから、って」

「笑えるかァ。何しに来たんだアイツ……」


 舞はため息をつき、『ス魔ートウォッチ』を専用のバンドで腕に嵌めた。新たな魔道具が、舞の細い手首の上で妖しく黒く輝く。収納ツールとしては有難いが、重量までは制御できないようだ。さすがあの死神の開発したポンコ……いや、地獄の道具なだけはある。


「お互い同意すれば、電話番号を登録して、メッセージ交換や通話もできるんだって」

「訴えられろ、もう」

 何処かで聞いたことのある機能で、伊吹や武雄と連絡先を交換すると、舞はやがて大きく伸びをして立ち上がった。


「じゃな。私、そろそろ行くわ。ありがとな、熊」

「おう。お前も気をつけろよ。今夜あたり、目黒が戦場になるっつう話だからな」

「何!? 目黒!?」


 だが、次の言葉を聞いて、舞は思わず足を止めた。


「そうだ。目黒のおやっさんが罠張ってなあ、『蒐集家』の連中を誘き寄せようって作戦よ。だから、今夜はあっちの方に近づくのはやめとけ。下手すりゃ『討伐隊』にも、目黒の連中にも、『蒐集家』からも命を狙われる羽目に……ってオイ!? 舞!?」

「こうしちゃ居られねえ!」


 団子を乗せていた皿がひっくり返る。舞は勢いよく数奇屋を飛び出した。


「待てって! 舞!? どこ行くんだ!? オーイ!!」


 追ってくる武雄の呼び声を振り切りながら、舞は近くに停めて合った原付に飛び乗った。


 『蒐集家コレクター』。東禅寺花凛。『討伐隊』。目黒には芽衣がいる……。


 嫌な予感がした。


「芽衣……!」


 日が沈もうとしていた。舞は逸る気持ちを抑え、暗雲立ち込める南の方へと二輪をぶっ飛ばした。

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