第七話:セーラー服と蒐集家
舞たちWWWの参加者の間で、『
集団で参加者を狩り、昇り龍が如く勢力を伸ばしているチームがある。それ自体は珍しいことではないのだが(ほとんどの参加者は、大会が進むに連れ
彼らは参加者だけでなく、現実世界の、生きた人間をも標的にしている。
そんな噂が実しやかに
だが、やりようによっては……たとえば参加者が建物を爆弾で壊したとする。爆弾による攻撃自体は現実世界の人間には当たらない。だが、爆弾で吹き飛ばされた瓦礫は、一般人にも当たる。霊感のない彼らには、突然建物が崩壊する心霊現象にでも見えているだろうが……攻撃できないこともない。だがそこまでして一般人を襲う輩は、滅多にいない。
参加者の武器を狩り、かつ一般人の命をも狙う『
舞は一人遺された妹の芽衣を思った。家族で唯一生き残った芽衣は、叔父・叔母に面倒を見てもらっており、現在目黒にある病院で療養中である。もし芽衣に危害が及ぶようなことがあれば……舞は表情を強張らせた。
「そんで、流石に他の
「お……」
武雄がずずっ、とお茶を啜った。
「オラも参加する。『蒐集家』ちゅう連中のやり方は、どうも気に食わねえからな。討伐隊の隊長は、あの東禅寺花凛が務めるそうだ」
「ハァ〜ん……」
舞は目を細めた。如何にも、あの正義感の一辺倒が考えそうなことだ。身を乗り出しかけた舞が、たちまち嫌悪感を込めた声を武雄に飛ばした。
「分かったぞ。それで熊は、私にもその討伐隊とやらに参加しろって言いに来たんだな? けど私は……」
「違う、違う」
武雄は首を振った。
「討伐対象には、お前も含まれてるっつう話だ、舞。『宇喜多舞は、”蒐集家”の疑いあり……』」
「ぶッ」
とお茶を吹き出して、舞は噎せ返った。武雄が懐から一枚の巻物を取り出した。そこにはへったクソな舞の似顔絵と、美麗な筆文字で、件の文言が並んでいた。
「ゲホ、ゴホッ……! ……ンでだよ!? おかしいだろ!? なんで私が討伐対象……」
「数少ない目撃談によると、『蒐集家』のリーダーは軍服を着て、日本刀を振り回す、鬼みたいな顔した奴っつう話だ」
「全然違うじゃん! 日本刀しか合ってないじゃん!」
「だけんども、情報も少ねえんよ」
武雄が舞の顔をじっと覗き込んだ。
「誰もその姿をはっきり見たこた無え。だから、お前が狙われるのも無理は無えんだ。悪いこた言わねえ。舞、オラはお前がそんな奴じゃねえってこたあ知ってる。だけんども、巻き込まれる前にさっさと逃げろ」
「…………」
武雄は、舞に警告しに来てくれたのだった。別に舞の正体が『蒐集家』であろうとなかろうと……舞を殺すこと自体はルール上なんの問題もない。ライバルは一人でも減った方が良いからだ。それでも身を案じてくれる武雄に、舞は少なからず感謝を覚えた。
「そうだ」
不意に、伊吹の柔らかな声が、舞と武雄の間に割って入った。
「葬ちゃんからこんなモノ預かってるわよ」
「葬ちゃん?」
「何でも『ス魔ートウォッチ』っていう……」
伊吹が取り出して見せたのは、小さな、四角の黒いブローチのようなものだった。
「それを時計のように腕に嵌めて……何と、わずか30分の充電で、連続18時間も時刻が確認できるの!」
「欠陥品じゃねーか!」
「それだけじゃないのよ。その時計の中に、武器が仕舞えるの」
「へえ……」
今度は舞も素直に感心した。試しに村正を黒いブローチに近づけてみると、ひゅっ、と音を立てて中に吸い込まれていった。
「あらまぁ!」
「なるほど、こりゃ便利だ。だけど、重さは変わらないようだな……」
舞がブローチを持ち上げようとすると、先ほどよりも刀の分だけ、ずっしりと手応えを感じた。液晶に指を触れると、丸いアプリのような形をした村正が、画面の中でプカプカ泳いでいるのが見える。武器の持ち運びは戦闘でも大事な要素だから、これは重宝する。
舞は武雄を横目見た。武雄は、すでに他の死神から『ス魔ートウォッチ』を貰っていたようで、丸太のような手首に小さな四角を巻きつけてドヤ顔していた。どうやら参加者全員に配られているようだ。
「でもこう言うのって、普通”担当”から直接手渡されるモンじゃねーの。こんな大事なアイテムほっぽって、あの死神のオッサンは何処いるんだよ?」
「葬ちゃんはねえ、ちょっと今立て込んでるみたいで。地獄の刑期より、現世での服役期間の方が長引きそうだから、って」
「笑えるかァ。何しに来たんだアイツ……」
舞はため息をつき、『ス魔ートウォッチ』を専用のバンドで腕に嵌めた。新たな魔道具が、舞の細い手首の上で妖しく黒く輝く。収納ツールとしては有難いが、重量までは制御できないようだ。さすがあの死神の開発したポンコ……いや、地獄の道具なだけはある。
「お互い同意すれば、電話番号を登録して、メッセージ交換や通話もできるんだって」
「訴えられろ、もう」
何処かで聞いたことのある機能で、伊吹や武雄と連絡先を交換すると、舞はやがて大きく伸びをして立ち上がった。
「じゃな。私、そろそろ行くわ。ありがとな、熊」
「おう。お前も気をつけろよ。今夜あたり、目黒が戦場になるっつう話だからな」
「何!? 目黒!?」
だが、次の言葉を聞いて、舞は思わず足を止めた。
「そうだ。目黒のおやっさんが罠張ってなあ、『蒐集家』の連中を誘き寄せようって作戦よ。だから、今夜はあっちの方に近づくのはやめとけ。下手すりゃ『討伐隊』にも、目黒の連中にも、『蒐集家』からも命を狙われる羽目に……ってオイ!? 舞!?」
「こうしちゃ居られねえ!」
団子を乗せていた皿がひっくり返る。舞は勢いよく数奇屋を飛び出した。
「待てって! 舞!? どこ行くんだ!? オーイ!!」
追ってくる武雄の呼び声を振り切りながら、舞は近くに停めて合った原付に飛び乗った。
『
嫌な予感がした。
「芽衣……!」
日が沈もうとしていた。舞は逸る気持ちを抑え、暗雲立ち込める南の方へと二輪をぶっ飛ばした。
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