十二記_匆々たる再会
次に目を覚ました時、目の前にあったのは粗い繊維で編まれた布だった。足元動かすとゴワゴワとした感触が伝わってくる。どうやら、麻袋か何かに放り込まれているらしかった。
…!ツゥ
鬱血し、麻痺しかけていた腕はだいぶマシになっていたが、右半身を打ち付けた痛みは健在だった。あの空間では痛みはなかったことからここが精神世界ではなく、現実であることを理解する。次に体が異常に冷えていることを知覚した。あの化け物に連れ去られたのかと、思ったが、袋自体が動いているような感じはしない。
俺は芋虫のようにして蠢き、その袋から這い出た(口を縛られてはいなかった)。
そして、目に飛び込んで来た光景に俺は驚愕した。
白銀に輝く胸鎧。細く尖った剣、レイピアだろうか。中世の騎士を思わせる風貌のその人が俺を攫った主犯格の異形に対して逆手に持った剣を突き立てていたのだ。辺りにはあの図体の大きいカタコトの手下たちの身体が散見される。一帯は鮮血に塗れていた。
普通に考えれば、其れは鮮烈な光景だったであろう。しかし、大きく壊された建物の天井から月明かりが降り注ぎ、青白く染まったその空間においては神秘的に映った。
——もしくは、命が救われるその瞬間を目にしたからか
ともかく、その謎の騎士の闖入によって俺は危機を脱したのである。痛みこそそのままだが、視界は回復しており、こちらに気づいた騎士が近づいてくるのが分かった。
騎士は俺の前で地に膝を着け、覗き込むように顔を近づけてくる。
「大丈夫ですか、新さま」
人相、そして声に二度目の驚きを得る。絹のように柔らかく、金色の光を纏う髪。ヨーロッパ人らしい鼻筋の通った高い鼻。大海を宿すような碧眼。そして少し鼻にかかったハスキーな声。歩夢の世話係と言われていたその人だった。
確か、名前はシャーロット・ローレンス。
「シャーロッ——」
シャーロットさん、どうして。と言おうとしたが、彼女の言葉に遮られた。
「新さま、時間がありません。転移します」
俺は何のことかも分からず、あたふたする。そんな俺を他所に腰のポーチから、長方形の紙を取り出す。それを天に向かって突き出した。
『歪曲の紋章よ、理の外に存在せし獣を今一度解放し、我が眼前に彼ノ地へ続く門を開かん』
すると、その言葉に呼応するかのように眼前の空間が捩れ、内側から強大な力に抗うようにして空間が裂ける。その中には赤と紫、白と黒が入り乱れた何かが渦巻いていた。
「お体、失礼します」
彼女はそう断り、俺の体を肩に抱えて躊躇なくその渦巻く空間に身を投じた。
待って、と声を上げる間すらなかった。
気づいた時にはどこかの屋内にいた。ほんの数瞬だったが、これまで味わったことのない感覚に重度の乗り物酔いのような症状を覚える。吐瀉物が喉元から今にもでそうだった。幸いにもシャーロットさんは俺の体調が悪くなるのも織り込み済みだったらしく、近場にあったソファに俺を下ろしてくれた。すぐにソファいっぱい横たえた俺は耐え難い眠気に襲われ、そのまま目を閉じた。
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