十一記_白騎士

 どうにか、契約を取り付けた私は彼を守るために実体化した。その時、意図的に起こした衝撃波によって黒バラを宿す彼らを吹き飛ばす。

 …この姿になるのは久しぶりですね

 最近は実体化すると言っても、彼に気づかれないよう寝ている間だけ。その間に用事を済ませるという感じでこの兵装を纏うような事態には陥らなかった。

 …あれだけ戦っていたのに。これが平和ボケというものでしょうか

 そんな物思いに耽りながら、左腰に帯びているポーチに手を伸ばし三枚のカードを取り出す。それをおもむろに宙に放る。

 「来なさい!」

 夜の静かな空気の中、私の声が反響する。胸当て、腕当て、手甲。それに太腿を守るように鎧が纏わりつき腰に固定され、足元には冷ややかな感触が広がる。次に右手、左手にずしりと重たい感覚が現れた。手元にはもはや懐かしさを覚える白銀の細剣と円盾が見てとれる。

 そして、細剣を胸の前に突き出し宣言する。

 「これ以上は手出しはさせません。貴方達はここで屠ります」

 いうや否や、下っ端の一人に接近しところ構わず三度突く。そうしてできた隙に背後に移動。首を貫き、そのまま捩じ切った。

 「いやー、困ったなあ。聞いてないんだけど」

 後頭部を掻くような仕草をするリーダー格、残りの一体に目をやりながら、私は落胆した。

 …以前までなら、七度の突きができる数瞬だった

 本契約を結んでいなかったら、切り結ぶことすら危うかったかもしれない。奴らの実力を見積もるなら、あの世界の中級程度。今の私はそれより僅かに能力が劣る。しかし、かの化け物を早急に切り伏せなければ、この異常を知った増援が来るはずだ。

 …早さを極限まで上げなければ

 そう思考して胸当て以外の鎧の武装を解き、盾をカードの状態に戻す。黒のタイトな黒ジーンズに白のカットソー、白銀の胸当てという超軽装装備になった私は残る一体の手下目掛けて突貫。

 先は不意打ちのような形で討ち取れたが、今回は警戒されている。剣の間合いに踏み込み、首元に狙いをつけて細剣を振り抜こうとする。しかし、すんでのところで振りかぶられていた拳が頭上から振り下ろされ、それを避けるのに意識を割いたせいか、剣は首元を掠めるに留まった。剣を手元に引き戻すと、間合いを取り静止する。

 隷属者は首元に手をやり、自らの血がべっとりと付いた掌をまじまじと見つめる。

 「オ、オオ、オオオオオオオオッ!」

 腰をそり、限界まで胸を張って怪物は吠えた。刹那、一足で間合いを詰められ…吹っ飛ばされた。僅かに身を引き、直撃こそ免れたためか幾ばくか余裕がある。空中で体勢を立て直し、地に足をつける。靴が地を滑り、すり減る音が響いた。

 …ブレストプレートは偉大ですね

 今の攻撃でも戦闘続行できることに感謝しながら、鎧を撫でる。相手は手強い。それにさらに面倒なのが後に控えている。気まぐれか何かは分からないがこちらの戦闘には介入してこない。最も二対一なら、今の私なら瞬殺されてしまうだろう。次の戦闘に取っておきたかったが仕方がない。

 ふぅー〜う

 息を吐き出しリラックスして瞳を閉じ、言葉を紡ぐ。

 『…Ace of spades』

 その呟きと共に足元から煌々しい気流が生まれ、内から力が込み上げてくる。目を開けると眼前には先の化け物。しかし、迫る速度は明らかに遅い。相手の体が地につくまでの刹那の間。その間に構えを作り、強化前とは比べ物にもならない早さで首を切り落とす。体だけが右半身を掠めて、後方へと抜けていった。

 パンッ、パンッ、パンッ

 乾いた拍手が耳を突く。極度の疲労から膝から崩れそうになる。

 「さすがは『白騎士のシャーロット』。契約したてでその強さ。さすがだよ」

 新の入っているズダ袋の方へと向かうリーダー格の異形はそう言ってニヒル。

 「でもさ、もう限界だよね。時間があれば、君が実在化できなくなるまでボコってから、僕の手駒にしたいんだけど…今回は別件があるからね」

 …ああ、彼が連れて行かれる。彼女との約束が守れない

 沈みかける意識の中で悔いる。体の重心がグラつき、感覚が体から切り離されていく。

 …どうして。最後の願いくらい、世界が滅びるその日までは叶えてあげたかった

 ——私の代わりに新を守って

 最後の命令ねがいが走馬灯のように再生されるその最中。

 『お願い、シャーロット』

 どこからか聞こえた彼女、刈谷歩夢の声に呼び起こされ意識は現実に引き戻される。前方に倒れかかる体を支えるために左足を踏み出す。そして、再び枷を外すあの言葉を唱える。

 『…Ace…of…spades』

 加速する体感覚に身を任せ、異形との距離を詰めて細剣を斜めに放つ。そのまま胸部に二度の突き。三度目のそれで地面と縫い付け、左腕を首元に据え全身で体重をかけて拘束する。

 それからはひたすら化け物の体を突いた。気づいた時には絶命していた。

 「どれだけ余裕があっても、戦場で慢心はいけませんよ」

 血に塗れた満身創痍の体で私はそんな捨て台詞を吐いた。

 …また今度会おうシャーロット

 そんな言葉が聞こえたような気がした。

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