六記_安藤業平の独白

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 今日の日程の終わりを告げる鐘がなる。六限目は睡魔との戦いだった。なんとかノートは取ったものの、復習は必須である。もっとも高校範囲の勉強であれば、すでにほぼ履修が終わっている。ノートはテスト対策の意味合いが強い。定期テストの度にやる業平との勉強会には必須の品だ。

 あくびをしながら、帰りの支度を始める。荷物をバックに詰めて、忘れ物がないか確認する。

 …おそらく大丈夫だろう

 二度、三度、入念に確認した後にその結論に至る。

 すると、教室前方から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 「あらた〜。今日、カラオケ行かねー?」

 例の如く、業平だった。重い頭を上げると、彼の近くに数人が固まっているのがわかった。おそらくそのメンバーでカラオケに行くのだろう。

 荷物を入れたバックを肩にかけ、業平の方に向かう。

 「悪い…。眠いから帰る。ほんとごめん」

 「あっそう。気にすんな。とっとと家帰って寝ちまえ、な」

 業平は俺の肩に手をかけながらそう言った。本当にこいつは人との距離感というものを熟知している。人のキャラクターに合わせられる人はそうはいない。クラスで完全に孤立せずに済んでいるのも業平の尽力によるところが大きい。

 「じゃあな」

 「おう!また明日な」

 早急に会話を切り上げて教室の扉に向かう。どう考えても心象が悪い受け答えだが、業平は気にする様子もない。

 …俺は彼に甘えているのだろうか

 そんなことが頭を過ぎる。しかし、体に溜まった疲労からか考えはまとまらずに霧散する。

 その後はとにかく家に帰ることだけを考えて帰路に着いた。自転車の運転は危なそうだったので押して帰った。家に帰った後は気力を振り絞って、手を洗い、制服を脱ぎ、ジャージに着替えて…そこまでしてから寝た。


 *  *  *


 「なんなのよ!あいつ」

 「ナリもいつも来ないやつ、なんで誘うかな」

 「なんか、勉強できるからってお高く止まってる気がするし」

 「いや〜。あいつ、面白いよ。歌上手いし」

 俺はクラスメイトの不平に適当に言葉を返してはぐらかす。

 「そんじゃ、行こっか」

 そう合図して歩き出した。

 …昔はあんなやつじゃなかったんだけどな

 中学時の新は消極的ではあったが、物事を対局的に見ることを得意としていて、リーダー気質の歩夢と協力すると大抵の問題は解決できた。みんなが彼を評価していた。少なくとも今のように嫌悪感を向けられることはなかったはずだ。

 歩夢が死ぬ、それまでは。その時あいつは瓦解した。

 印象に残っているのは歩夢の棺にしがみ付いて、号哭する新の姿だ。みんながいなくなり、棺も霊柩車によって運び出された後も葬式の会場であいつは泣き続けていた。それまでは何ともなかったのに。あの時の新が脳裏にこびり付いては離れない。あの時——式場を出るその時、振り返らなければ見ずに済めばよかったのではないか、と思う時もあるほどだ。

 いつまでも克明に残り続け、ふとした時に胸を締め付けるその記憶を幾度、忘却しようと思ったか分からない。

 あれから三年経って、俺もあいつも高校二年になった。しかし依然として、新の心はあの時に壊れたままだ。日々の無理も祟って、体にもかなりガタがきているはずだ。

 そんなあいつに俺にできるのは友達で居続けることだけだった。

 あの時の新を孤独にしたら、何をしでかすか分からない、そんな危うさを感じた。放ってはおけなかった。だから、歩夢のようにうるさいくらい関わるようにした。幸い、勉強はできたからあいつと同じところに進学を決めた。最も今の彼には到底及ばないが。

 そうすることで、記憶からの刺激を弱めようとしていたのかもしれない。

 俺はあいつが羨ましかった。聡明で、常に正しい答えに辿り着くあいつがかっこよくて仕方がなかった。新の根は変わっていない。今でも困った時はあいつに相談をすることが多い。ただ今のあいつには目の前の問題が見えていない、あるのは彼方の『救世』だけだ。

 友達としては、あまり無理はしてほしくない。普通に生きていてほしい。

 だが、あいつの猛進は止められそうにない。歩夢だってあんな新を見たくなかったはずだ。無力な自分が情けなかった。そんな俺にできることといえば、彼が早く目的を達成して余暇を得るという希望的観測だけだった。

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