第一幕_再会と導き

一記_二〇ニ四年、六月十七日

 ——〈ニヶ月前〉二〇二四年、六月十七日、月曜日


 ピッ…ピッ…ピピッ…ピピッ…ピピピッ…ピピピッ…ピピピピッ…ピピピピッ。

 カチッ。

 寝床にある目覚まし時計のけたたましいアラームを手探りで止める。

 それが俺に朝を知らせる。この音は脳に響くようで不快だが、自然に目が覚めるような生活をしていない以上頼らざるを得ない。これがなくては学校に毎日遅刻することになってしまう。

 「ふふあぁ…」

 重い瞼を無理やり開く。ピントが合うまで幾度か瞬きを行った。時刻は六時ちょうど。鈍い感覚のする肩や腰に構うことなく、力を入れて上半身を起こす。そのまま寝室を後にし、洗面所に向かう。顔を洗い、歯ブラシに歯磨き粉をつけるとリビングに行きテレビをつける。

 朝はいつものようにニュースばかりだ。

 『…しており、子ども・子育て支援法の一部を改正しようという動きが強まっています——』

 …あっ。おばさん出てる

 その人はいつものように自身の施策を熱弁していた。

 …本当は子供に興味なんてない癖によくもまあ、堂々と

 そのニュースは瞬く間に過ぎた。後に続く放送をテキトーに聞き流しながら歯磨きを終え、適当に朝食を作るためにキッチンに移動する。

 …スクランブルエッグ作って、ソーセージ焼いて。ああそうだ、昨日の煮物が残ってる

 なんとか思い出した昨夜の夕食を冷蔵庫から取り出す。そうすると中は綺麗さっぱり空っぽになった。…今日は買い出しに行かなければならないらしい。

 それから煮物をレンチンして、炊飯器の白米を装った。

 「いただきます」

 高校に入ってからは一人暮らしなので誰がいるわけでもないが、そう言うようにしている。

 昔、友達に「ご飯を食べるときは『いただきます、ご馳走様』は基本でしょ」と叱られたからだ。いつもおばさんはいなかったから礼儀はこの友人に教えてもらったことが多い。朝食を作るようになったのも、決まった時間にご飯を食べるようにしたのもその人の影響だった。

 ご飯を食べ終え、居間の壁掛け時計を見ると、時刻は七時。どうやら今日は少し食べ終わるのが遅かったようだ。皿を洗っている時間はなさそうだった。

 着替え、時間割の確認…諸々の準備を終えて、アパートに併設されている駐輪場から自転車を取り出す。それからブレーキの効きとタイヤの空気を確認して、駅へと向かった。


 そこに着くと改札にカードを翳して駅構内に入る。何気なく両面のパスケースの裏側に目をやった。裏には古びた一枚のトランプが入っている。スートはスペード、数字は1、そして中央には細やかな装飾で飾られた騎士の紋章が描かれている。

 これは歩夢からお守りといってもらったものだ。

 刈谷かりや歩夢。中学二年の時の親友だ。唯一心を許せる友だった。

 だった、、、。彼女は中学二年の時に亡くなった。要因は持病の悪化だった。

 その病気は原因、病名すら不明の未知の病だった。分かっていることといえば、日々わずかながら身体機能が衰弱していくことだけだった。幼少の時から病はかなり深刻なところまで進行していたらしく、その重症化具合から手術も不可能だった。医者も手の施しようがなかった。

 …誰も彼女を助けられなかった。

 その時、案内音声が鳴った。

 「四番線、各駅停車、藤ノ宮行き——

 アナウンスが耳に入るや否や思考を切り上げて、早歩きでホームの端に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る