紋章都市ラビュリントス *夏頃、次巻更新

創作

隠匿特異世界ラビリンス

〇記_プロローグ

 ガンッ


 ガギンッ


 鋭い剣戟音が耳をつんざく。身に迫る攻撃を盾で受け止め、弾き返す。すかさず右手に握る剣を横薙ぎし、反撃に転じる。しかし、相手が後傾し、その斬撃は空を斬った。敵が距離を取るのを認識すると同時に盾の衝撃が腕にじんと伝わるのを感じる。

 相対するは蜥蜴の頭をもち、手は大きく鋭い爪が生えている怪物だ。このモンスターの厄介なところは尻尾から突出した骨の曲刀である。手を用いた攻撃の間や自らの体で作った死角から尾を放ってくるのだ。先に防いだのもこの骨刀。今日、何度もこのオスグラディウス(正式名:ホモHomoラケルタlacertaオスグラディウスosgladius)とは戦闘をしているが未だに尾の対処に手をこまねいていた。

「新さま、それではいつまで経っても深層への到達は疎か、中層の探索すらもままなりません」

 凛とした声が洞窟に響く。その声の主は南西方向の岩の影から現れた。青髪に琥珀色の目を宿した華奢な少女だ。左手に前腕ほどの直径の円盾を装備している。

「もう一度、見せます。次の個体と目見えた時に生かしてください」

 そういうと、少女は左腰に引っ提げている細剣を鞘から抜き放ち、グラディウス目掛けて走り出す。気づいたモンスターも鋭く息を吐き、反転。姿勢を前傾させ少女の方へと飛び出した。どうやら俺はさほど脅威と思われていないらしい。

 互いに全速力で接近する。俺はその戦闘の最中、少女に気を留めることもなく、全容が見える位置に移動する。

 目の前の少女に助力の必要がないことは、これまでのことからよく知っている。

 グラディウスは接敵した瞬間に右手による突きを繰り出した。少女は減速する素振りすらなく、攻撃に対し肩の鎧の上部に滑らせるように姿勢を調整し、受け流す。息つく間もなく、尾による剣撃が少女を襲ったが、今度は倒れかけの姿勢のまま左手の盾を突き出すようにしていなした。

 あっという間に怪物の懐に入った少女は相手の肩と胴の間に細剣を突き刺した。すかさずそれを抜き、首を刎ね絶命させる。

 剣についた血を布で拭いながら、少女がこちらに近づいてくる。

「いいですか。オスグラディウスは鋭い爪と骨刀の尾が脅威です。しかし、どちらも体躯に対して長いという特徴があります。素早く懐に入り、距離を取られる前に仕留める。これが定石です」

 淡々と言葉を並べ終わると少女は剣を鞘に収めた。

 今日でこの言葉を聞くのももう何度目か。

「先の横なぎは評価します。ですが骨刀を盾を構えて受けたのは良くなかった。衝撃がもろに伝わってしまい、場合によっては戦闘時の間隙になります。接地面の少ない攻撃は盾に滑らせるように角度を調整してください」

「ああ、分かった」

 俺はそう返して抜き身のままだった剣を鞘に収める。

 …こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。戦闘の勘、知識を早期に体に覚え込ませなければ

 おおよそ七年後に起こると定められた災厄を阻止することは難しくなる。俺にも確かな役割がある。

 ——起こるべく厄災は、文明の崩壊。

 その元凶は人の命を枯れさせる死の薔薇、固有名:ロザRosaペッカートゥムpeccatum

 彼女を…歩夢を死に追いやった原因でもある。

 この薔薇が持つ「命を無尽蔵に吸い上げる能力」の範囲拡大が実世界まで及ぶまでの期間が約七年。それが文明崩壊開始までタイムリミットだ。仮に阻止できなかった場合、全生物が死滅する。

 この薔薇を討伐するために、俺は地続きのこの世界ラビリンスに足を踏み入れた。

 世界が黒バラに包まれると、人がたくさん死ぬ。数多の人間が喪失と絶望を経験する。

 俺は知っている。大切な人の死によって齎されるそれは人の心を挫くには十分すぎるのだ、と。あの胸に広がる圧倒的な無力感。あんなものは知らなくて済むのなら、その方がずっといい。だから、その原因となりうる黒バラは倒さなければならない。

 そこで思考の海から浮上し、辺りを見回し少女を探す。

 俺は暗闇に溶け込みかけている彼女の背を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る