23 寿司と腐女子

 月曜から土曜まで毎日キャバクラにフル出勤していた絵梨花だったが、今日は数ヶ月ぶりに休みを取った。絵梨花の今日の服装はシンプルだ。ジーンズに黒いトップス、それに黒いキャップを被っている。絵梨花が店の前で立っていると、少し離れたところから背の高い男と小柄な男が駆け寄ってきた。背の高い方の男、孝太郎がすみません、と絵梨花に謝った。


「お待たせしてごめんなさい」


 そう謝る孝太郎に絵梨花は、何言ってるのよ〜、と突っ込んだ。


「まだ待ち合わせ10分前でしょ。2人が並んで来るところ見たかったから早めに来たの」


 ふふ、と笑って絵梨花は孝太郎の隣にいた春に話しかけた。


「孝太郎の、彼氏さんね」


 彼氏、というフレーズに顔を赤らめた春が緊張しながら頭を下げる。絵梨花が、ごめんねぇ、と両手を合わせた。


「どうしても、どうしても孝太郎の彼氏さんと3人でご飯食べたかったの……! 推しと推しの彼氏と3人でご飯食べるのが夢だったのよ〜!」

「あの……ありがとうございます」


 いきなり春が絵梨花にそう言った。絵梨花が首を傾げていると春が言った。


「絵梨花さんは……孝太郎くんに告白するように後押ししてくれた人だと聞きました。ありがとうございます。ぼくから言う勇気はなかったから……それがなかったら付き合ってなかったかも……絵梨花さん?」


 絵梨花はその場でしゃがんで、悶えていた。


「ごめんなさい!! ただの発作なの気にしないで! ただ尊いだけだから!」


 すっくと立ち上がり、行きましょう、と絵梨花は孝太郎に促した。わかりました、と絵梨花を置いて春と歩き出した孝太郎に春がこそっと言った。


「ちょっと、絵梨花さん置いて先に歩いてていいんですか? ぼく女性とデートしたこと無いですけど、それが駄目ってことくらいわかりますよ」


 えっと、と説明しにくそうに孝太郎は春に言った。


「彼女の希望で、その……おれたちの後ろを歩きたいって言われてるんです」


 春が少し振り返ると絵梨花は春に手を振った。その様子はムッとするどころか上機嫌にしか見えなかった。春が言った。


「やっぱりぼくは女性の気持ちはわからないみたいです……」


 孝太郎は、はは、と笑った。2人の自然な様子が見たいという絵梨花の希望で、絵梨花が腐女子だとは春には話していない。ただ以前に焼肉屋で会った指名のお客さんが3人で食事したいと言っている、と伝えただけだった。


「春さん、今日は付き合ってもらってすみません。今日の分はおれが出しますのでいっぱい食べてくださいね」

「いえいえ。ぼくも直接お礼言えてよかったですし……なんだか、嬉しいです。紹介してもらえて……紹介されて他の人から恋人だって認められるの、恥ずかしいけど嬉しいものですね」


 絵梨花が2人の後ろで、可愛い、と呟いた。春が振り返ると絵梨花は、ごめんなさい、と謝った。


「でも本当に可愛い! 春くんも2人の会話も空気感も可愛い! 春くんがホストじゃなくて悔しいよ〜! もしそうだったらダブル指名で通うのに!! でもそうなったら歯止めきかずに破産してたかもだからある意味助かった……」

「そ、そんな……ぼくがホストなんて無理です!! ただの陰キャのオタクですし……」

「キャー! こんな、こんな子いるのね。無自覚イケメンなんて現実にはいないと思ってたのに!」


 つきましたよ、と孝太郎が2人に声をかける。ついたのは歌舞伎町から少しだけ離れたお寿司屋さんだった。3人で入って、奥の個室に通される。個室がいいと言ったのは絵梨花だ。手前の席に孝太郎と春が並んで座り、奥に絵梨花が1人で座る。春が孝太郎に言った。


「あの……席、ぼくに気にせず奥に座っていいですよ」


 指名客の隣に座るべきではと気遣った春にすかさず絵梨花は口を挟んだ。


「気にしないで。私、イケメン2人を見ながらご飯食べたいから」


 イケメン、と言われた春が頬を赤らめて縮こまる。そんな春を見た孝太郎が、あの、と絵梨花に言った。


「あまり春さんに……そういうの言わないで下さい……約束したじゃないですか」


 今回の3人同伴の話のときに孝太郎は1つ絵梨花に条件を出していた。春が絵梨花に惚れないように気をつけて振る舞ってほしい、と。絵梨花はその時にこう答えていた。できるホステスはモテないように振る舞うのも余裕なのよ、と。絵梨花は、あは、と笑って春に言った。


「ごめん。言ってなかったけど私レズビアンなの。だから思わせぶりな事言っても一切真に受けないでね」

「そうだったんですか!?」

「そうなの。だから孝太郎も春くんも恋愛対象外なのよ〜」


 はぁ〜と春は驚いていた。絵梨花はこっそりと孝太郎にウインクして見せて、孝太郎は小さく会釈をした。絵梨花がレズビアンというのは真っ赤な嘘だ。しかしそう言う事で孝太郎と絵梨花の仲を春に疑われる事も、孝太郎が春と絵梨花のやり取りにやきもきする事もなくなる。和服の女性から注文を聞かれて、上寿司の盛り合わせを3人前と、絵梨花と孝太郎は瓶ビールをそれぞれ頼んだ。


「あ、ぼくもビールでお願いします」


 そう言った春に孝太郎は、一緒に飲みましょう、と誘った。


「春さん飲み過ぎたらいけないので1本を2人で飲みましょう。グラス2つもらいますね」

「あ、そうします。すみません。あまり強くなくて……」


 いいのよ〜と絵梨花はニコニコと笑う。瓶ビール2本とお寿司の盛り合わせが運ばれてきて春は、わぁ、と目を輝かせた。ネタは大きく新鮮で、贅沢にしゃりに乗っかっている。中トロ二貫、生エビ、かんぱち、イカ、いくら、うに、穴子、玉子の9貫セットだ。ビールをグラスで乾杯してから孝太郎は春に尋ねた。


「何か追加、頼んでおきますか。それか魚の粗汁なんてのもありますよ」

「あ、でも……」


 絵梨花を気にする春に、絵梨花は、気にしないで、と笑顔を見せた。


「こっちは勝手に楽しんでるから空気だと思って」


 いただきます、と絵梨花は生エビに少し醤油をつけて口に運ぶ。


「相変わらずここのお寿司美味しい〜」


 春は孝太郎に、ひとまず食べましょうか、と言われていただきますと手を合わせた。中トロを口にした春が、ん〜! と悶える。しっかり味わって飲み込んでから春は言った。


「……人生で1番美味しいお寿司です……あまりにも美味しくてびっくりしました」

「よかったです。また来ましょうね。春さんがいいならおれはいつでも付き合いますよ」

「いえ……そんな、こんなお店滅多には……何かお祝いの時とかでないとぼくにはもったいないです」


 春が恐縮するのはさっきメニューを見たときに金額が見えてしまったからだ。孝太郎が言った。


「じゃあ単行本が出た後にお祝いに来ましょうか」

「そんな……単行本が出るって聞いたときにも家でお祝いしてくれたじゃないですか」

「お祝いは何回してもいいですって」


 話しながら春は気になったように絵梨花をちらっと見る。絵梨花がお寿司を食べながら孝太郎と春をじっと見ていたからだ。絵梨花は、ごめんねぇ、と可愛く誤魔化す。


「なんかお店で私といる時より春くんといる時の孝太郎の方がホスト感あって面白いな〜って見てたの」

「どういうことですか絵梨花さん」


 そう孝太郎が困ったように笑うと絵梨花は言った。


「好きな子の前でいつもよりキラキラしてかっこつけてて可愛いなーって」

「ちょっと絵梨花さん! 店でもちゃんとかっこつけてますって!」

「え〜そうかなぁ〜」


 そう意地悪く絵梨花がにやにやすると春がぽつりと言った。


「見てみたいなぁ、お店での孝太郎くん」


 その言葉を絵梨花は聞き逃さなかった。絵梨花は、ずい、と前のめりになって拳を握りガッツポーズをした。


「行きましょう、同伴出勤。大丈夫。私の奢り。絶対行きましょう、絶対、絶対。いいでしょ!?」


 そう絵梨花が鼻息荒く尋ねると孝太郎が、ええ、と情けない声を上げた。


「いいじゃない! オープンゲイだから色恋営業なんてしてないんだし。健全にかっこよく働いてるところ見てもらいましょ。ね。ね。春くん来てくれたらアルマンド入れるから! お願い!」

  

 孝太郎は春に尋ねた。


「春さん、どうですか」

「ぼくは……2人がいいのなら行きたいです。孝太郎くんが働いているところ見てみたいって前から思ってたので……」


 春の鶴の一声に、わかりました、と孝太郎は答えた。キャー、と絵梨花ははしゃぐ。春は孝太郎に尋ねた。


「でもあの、アルマンド? って何ですか」


 絵梨花は、美味しいチョコの名前よ、とすかさず嘘で誤魔化した。


「ああ、子供のときに食べた気がします」


 そうのほほんと春は言った。絵梨花は日頃自分のお店でよくアルマンドゴールドをお客様から入れてもらっているし、孝太郎のお店で自分も好んで時折入れるのだが、その額は1本40万円だ。そんな高いお酒を注文すると言うとこの1人1万円越えのお寿司屋さんで恐縮している春を怖がらせてしまうと思って絵梨花は伏せたのだった。











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