27 牛丼屋のカレーと同伴男

 月曜の夕方、ドンドンドン、とドアを蹴る音で孝太郎は目を覚ました。寝ぼけ眼でドアを開けるとそこには明が、よ、と笑顔で立っていた。


「店行く前に飯連れてってぇや。おれ地理全然わからんねん」

「ドア蹴らないでくださいよ。ちょっと……用意するから待ってて下さい」


 家に勝手にズカズカと入った明が、キッチンを見て言った。


「なんや。カレーあるやん。これ食わせてや」

「それは……駄目です。お客さんに差し入れする分なので」

「ああ、お前こっちでもそれやってんの。普通の家カレーやん。誰か欲しがんのー?」

「一人暮らしの方が多いので……喜ばれますよ」


 ふぅん、と興味なさそうに相槌を打って明は言った。


「こっちでもオープンゲイなん?」

「はい。公表してます」

「お前それやめとけっておれ何回も言ぅたのにきかへんかったよな〜。そんなん隠してた方が絶対売れんのに」

「明さんもバイセクシャル公言してたじゃないですか」


 歯磨きしに行った孝太郎を横目に、明は孝太郎のクローゼットを物色する。


「バイはええねん。女も抱けるから〜。でもゲイはあかんやろ。女好きちゃいますねん言うてるやつ指名するん限られてるで。あ、お前やっぱりおれのジャケット借りパクしたままやんけ」


 え、と孝太郎が洗面所から顔を覗かせる。明が、ほらぁ、と黒の光沢のあるジャケットを見せた。


「いや、それくれましたよ」

「こんなハイブラあげてないっちゅーねん。引っ越しのとき探したわ」

「くれましたって、ベロベロに酔ってる時に」

「アホそれ合意してへんわ」


 まぁええわ、と明はそのジャケットをクローゼットに戻した。


「くれるんですか?」

「これ着てるお前男前やったから、ええよ」

「取り返しに引っ越して来たんかと思いました」


 そんな暇ちゃうわ、と明は笑った。明は孝太郎のベッドに横になって、言った。


「日曜とえらい態度ちゃうやん。あん時めちゃくちゃそっけないから傷ついたわ」

「だってあれはデート中で……正直邪魔やったんですよ。嫌なこと言うし」


 明は、はは、と笑った。


「ごめんって。でもまさか生まれてからずっと彼氏おらんかった奴が東京出ていきなり誰かと付き合うてる思わへんかったわ」


 孝太郎が着替え終わる前に、明はタクシーを呼んでいた。電車なんか乗らない人だったなぁ、と思い出しつつ孝太郎は明の隣に座る。新宿に向かうように指示してから、明は言った。


「お前がカレーの匂いさすからカレー食いたいわ」

「牛丼屋行きますか?」

「カレーやって」

「だから牛丼屋の、カレー。好きやったでしょう」

「え〜。わざわざ東京来て牛丼屋のカレー?」

「おれ今日同伴なんですよ。そんなに時間ないです」

「はー。生意気。まぁええわおれ食い終わるまで横おれよ」

「明さん1人で外食できませんもんね」


 できるわ、と明が孝太郎に突っ込む。明がにやりと笑った。


「お前気づいてへんやろ。大阪弁戻ってもーてるん」

「え? あ……つられる……」

「つられろつられろ。お前に標準語なんか似合わへんわ」


 タクシーを降りて、2人は牛丼屋に入った。明がカレーの食券を買い、孝太郎が味噌汁を買った。


「なんで味噌汁買ってんの?」

「何も食べんとおるのも悪いでしょ……あ〜……あかん、標準語で明さんと喋られへん」


 明がカレーを食べ終わってから、孝太郎は自分の店に明を案内してオーナーに紹介した。経験者かつ売上の高かった明は歓迎され、お金の話が始まったため、孝太郎は同伴に行ってきます、と席を外した。孝太郎が待ち合わせ場所に行くと、孝太郎の客である夢華の隣にもう1人、同じような格好をしている女の子がいた。彼女らはいわゆる、ゴシックロリータだ。彩度の低いエプロンドレスに、黒髪、メイクはいわゆる地雷系と言われるもので、赤い下アイラインと赤いリップが特徴的だ。夢華はかなりふくよかで体格がいい女性なのだが、隣の女性も同じくらいぽっちゃりとしていて服装も似ているので双子のようだった。孝太郎は尋ねた。


「あれ、お隣の方は?」

「夢華の友達の愛華よ。ね、この子もホスト言ってみたいって言ってたから誰か紹介してくれない?」

「そうですね〜誰がいいかな……」


 数人に電話してみたがいきなり同伴に来れる者はいなかった。仕方なく、孝太郎は明に電話をする。明は快くオッケーして、すぐに店から出てきた。


「どうも〜狐塚明こづかあきらです。孝太郎とは大阪時代からの付き合いです」


 そう名乗った明に、愛華が恥ずかしそうに頭を下げる。あまりこういうのは慣れていないようだ。行きましょうか、と4人で予約していたコンセプトカフェに移動した。そこは不思議の国のアリスをモチーフにしたような可愛いレストランだった。


「なんやお腹すかせてきたらよかったわー。来る前にこいつにカレー食わされて、今可愛いの食いたいのに全っ然腹減ってへん」


 夢華が、あ、と声を上げた。


「もしかしてこのカレーですか?」


 そう言って孝太郎からもらった紙袋を明に見せると明は、ちゃうちゃう、と否定した。


「そのカレーは大事なお客さんにあげるからあかんって断られておれが腹いっぱい食わされたんただの牛丼屋のカレーやで。冷たいわ〜。おれが大阪から出てきて一発目の外食それ」


 愛華と夢華が、ふふ、と笑った。


「明さん、すっごく関西の人って感じがします。孝太郎はあんまりぽくないのに」

「こいつキザやもんな〜。大阪おるときも、おれがお客さん笑わせてる間に静かにモテてたからな」


 夢華が、あれ、という顔をして孝太郎の顔を見た。孝太郎は夢華に言った。


「明さんもおれがゲイだって知ってますよ。夢華さんお気遣いありがとうございます」

「あぁ、よかった。隠さなきゃなのかなってドキドキしちゃった」


 4人で和やかに食事を終えて、店に移動した。夢華がシャンパンを入れてから、自然と2対2に別れて話すようになった。愛華は明のことがかなり気に入ったようで、ずっと楽しそうに笑っていた。愛華と夢華が帰ってからも明は外のキャッチで引っ掛けたり大阪時代の東京在住のお客さんを呼んでたりして、初日とは思えないほど活躍していた。朝になり閉店してから明は孝太郎に声をかけた。


「かーえーろ。タク奢ったるわ」


 強引に孝太郎を誘った明はタクシーに乗り込む。孝太郎は言った。


「駅前のスーパーで降りますね」

「何買うん」

「うどん買って、残りのカレーでカレーうどん作るんですよ」

「うわそれ呑んだ後に食べたいやつやん。それ、おれのもあんの」


 そう尋ねた明に孝太郎は、無いですよ、と断った。


「帰ってから毎日春さんと一緒に食べる約束してるんです」


 あっそ、と明は唇をとがらせる。


「お前も懲りへんな〜。大阪のときノンケに失恋したってピーピー泣いてたくせに」

「今は失恋してません。付き合ってます」

「時間の問題やろ。だってお前、セックスできてないんちゃうん」


 孝太郎が、しなくていいんです、と答えると明は、はは、と笑った。


「セックス無しでよぉ付き合えんな。まあお前が平気でも、あっちが欲求不満で女抱きたくなったら終わりやな。綺麗な顔の子やったしあれ女いけんことは無いやろ」


 そんな事にならない、とは幸太郎は答えられなかった。春が自分を受け入れるより女性を抱きたいと思うことの方が自然だと感じたからだ。それに最近の……素肌に触れたときの春の態度が孝太郎はひっかかっていた。触れるといつも春は身体を縮こまらせて固まって、すぐにやめさせてくる。


「飲み物買うからおれも降りるわ」


 そう言って明もスーパーの前でタクシーから降りて、スーパーに行く。孝太郎がレジにうどんを3袋持っていくと、ペットボトルの大容量のお茶を一緒に置いて明が決済した。孝太郎が、ありがとうございます、と礼を言う。スーパーから出て家に帰る途中に明が言った。   


「まぁゲイはゲイ同士が1番ええんちゃう」

「……おれにはできません」

「どういうこと?」

「だって好きになるって……条件では考えられないじゃないですか。もう春さんと出会ってしまったし他の人なんて考えられません」

「お前高校の時の失恋まんま繰り返してんな。ノンケに思わせぶりな態度とられて、最後に泣くんはコタロー1人や」


 カン、カン、とハイツの外階段を上がっているとガチャ、と春が顔を出した。孝太郎が春に声をかける。


「おはようございます。うどん買ってきましたからカレーうどんしましょう」


 春は孝太郎の隣にいる明が気になり、視線を向ける。明が、ああ、と声を上げた。


「おれ邪魔やから来るな言われてるから大丈夫やで。ごゆっくり〜」


 そう言って春の前を通り過ぎ、自身の部屋に向かう。鍵を開けて、帰る前に明は言った。


「コタローほなまた夜にな〜。一緒に行こ」


 そう言って帰っていった明を見送った春は孝太郎に言った。


「あの人と、一緒の店で働くことになったんですね」

「あぁ、はい。もっと稼げる店にしたらとは言ったんですけど誰も知らないところは嫌だって言われて……春さん?」


 春は浮かない顔をしていた。いつも自分が帰ってきたら嬉しそうな顔をしてくれるのになんで、と孝太郎は不安になる。でもキスに誘ったら応えてくれたので、孝太郎はホッとした。しかしいつか断られる日が来るかもと想像したら胸がギュッと痛むのだった。








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