第1話:課金はつらいのよ
スマホが振動する。
通知メッセージを見て、彼は驚く。
『戦士ラルフが死亡しました』
なんてことだ。
彼は頭を抱える。
冒険者は基本、死んでしまったら復活できない。育てた(あるいは育ってくれた)冒険者を失うことは財産の損失に等しい。よって救済措置は用意されている。
復活アイテム。もちろん、対価は必要だ。そこそこ高額の。
「ラルフか。……レア度ノーマルだから……いっか」
これはゲーム、ゲームなんだ。そう割り切ったはずだろ。
彼はスマホを枕元に投げ、再び眠りにつく。
しかし。
しばらくして、彼は起き上がる。
「ああ、もう!」
彼は『異世界アプリ』を起動する。
瞬間、彼の肉体は異世界へと転送される。
「召喚士様! ラルフのやつが……ラルフが……うぉおおお!」
「あいつ……いいやつだったんです。前の大戦の時も……何度励まされたことか……うっ、うっ」
レア度ノーマルの冒険者、戦士アルと戦士ゴウが泣く。
あー、やっぱり。弱いんだよな、こういうのに。
一度顔を合わせてしまったら、もう知り合いだ。友達ほど距離感は近くなくても、知った顔が亡くなるのはキツイ。
「……大丈夫。死んでから1日以内であれば、生き返らせられる」
「ほ、本当ですか!? 召喚士様!」
「お願いです! あいつを、ラルフを助けてください! お願いします!」
彼は『課金』をした。そして手に入れた復活アイテムを、ラルフの死体に使う。
「あ、あれ? 俺、生きてる?」
「お前、死んでたんだぞラルフ! 召喚士様が、召喚士様が生き返らせてくれたんだ!」
「……召喚士様! ありがとうございます! 俺たちみたいなスラム暮らしの冒険者を拾ってくれただけじゃなくて……ラルフまで生き返らせてくれるなんて」
号泣しながら感謝してくる冒険者一同を見て、こういうのも悪くないか、と彼は思った。
今のところ収支は大幅にマイナス。しかし、現代世界においてくすぶっていた彼は、こうして冒険者と関わっていくことで楽しさを感じていた。金銭以上に得たものが大きい。何だかこちらの世界の神様の思惑にまんまとハマってしまった気がするがよしとしよう。彼はそんなことを思った。
そうだ。ついでに『夜』の班を見ていくか。
彼は3人に、今日はもうゆっくり休むようにと伝えると『移動』した。
『課金』により冒険者を多く抱えるほど、冒険の幅は広がる。
しかしもちろん、冒険者は24時間ずっと稼働できるわけではない。食事や娯楽の時間も必要だ。
だから班を分けて、冒険の時間帯をずらしてやることによって、無駄な時間を作らないことが大事だ。と、SNSで彼は情報を得ていた。
いくら稼いだ、どんな難しいクエストをクリアしたとかいう投稿を見ると、正直羨ましい彼であったが、それに煽られて課金をしてしまったら元も子もない。
これはあくまで、彼にとっての『副業』なのだ。その割には先ほどのように情に流されては『しなくてもいい』投資をしてしまうのだが。
「おっ、召喚士どの。今日も来てくれたのですな」
騎士、名前はレイモンド。彼が引き当てたSSRキャラクターだ。
夜はモンスターが狂暴化して手ごわくなる分、得られる報酬も多い。そのため、レア度が高い冒険者を夜の班に配置しているのだった。
「あ、お兄ちゃん……じゃなくて召喚士さまー! あいたかったー!」
小さな女の子が彼に抱きつく。妹……というよりもまるで娘のようだった。
しかしこう見えて30歳。彼よりも年上である。
ドワーフの種族で、背は低く、見た目も若い。すごい筋力で大型のハンマーを振り回す彼女は、アンリエッタ。彼女もまた、SSR。あのシルバーBOX召喚でまさかの2枚抜き。URは当然でなかったが、大当たりと言えるだろう。
「しょ、召喚士様。こんばんは」
「こんばんは。ジュリー」
黒装束に身をつつんだ魔女風の女性はジュリー。魔法使いっぽいのに僧侶だ。レア度はN(ノーマル)の上のHN。Rの下ではあるものの、HNで唯一全体回復魔法が使える冒険者だった(今のところは)。
「ねー召喚士さまー! あちし、ピルグリムの腕輪ほし~い」
でた。
アンリエッタのおねだり。
通称、巡礼者の腕輪。HP自動回復効果がついているレアアイテムだ。
アンリエッタは小さな体を、彼にこすりつけてくねらせる。
彼はロリコンではなかったが、女性に耐性がないので照れてしまう。
「アンリエッタ。はしたないことをするでない」
「だってぇ~」
腕輪は『競売所』で売りに出されている。レア度Rのアイテムとは言え、そこそこ高いなぁ。彼は悩んだ。
アンリエッタを甘やかすわけではないが、少しずつ、彼らの装備は整えている最中だった。
レイモンドには貫通力UPの槍を、ジュリーには回復効果を高める杖を与えていた。
自分だけもらえていないと拗ねたアンリエッタをなだめるのが大変だったことを彼は覚えている。
(今日は給料日だったし……ここは奮発するか)
彼はアンリエッタに腕輪を買い与えた。
「召喚士さま~ありがと~! ちゅっ」
アンリエッタがよじのぼり、彼の頬にキスをする。
「あ。召喚士さま、赤くなってる。かーわい~」
からかわないで、と彼はアンリエッタを地面に下した。
なんだか、ジュリーの視線が鋭いのは気のせいだろうか。
「それじゃあみんな、頑張って」
「お任せあれ」
夜の班のチェックが終わった彼は帰還し、長い一日を終えることにするのであった。
ピロン。
『騎士レイモンドが死亡しました』
「もーーーーーーっ!!!!」
今日も眠れぬ夜になりそうだ。
がんばれ!
副業、異世界 えす @es20
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