一章35話 受付嬢の独り言。
私はキュートな新人受付嬢、名をノエルと申します。働き始めてまだ日が浅いので少々緊張していますが、今日も今日とて持ち前の愛嬌を存分に振りまいて、冒険者の皆さんをメロメロにして差し上げると致しましょうか。
冒険者と言えば聞こえは良いですが、大半は正規の職に就けずにあぶれた荒くれ者の集団なので、さり気無く媚でも売っておかないと何をされるか分かったものではありませんからね。
実際に先ほど冒険者登録を終えたばかりの元貴族様らしき男性に知り合いの冒険者が難癖を付け、自身のパーティーメンバーに羽交い絞めされて抑えられている真っ最中ですし。
……全く。面倒くさいことこの上ないのですが、このままでは本日の業務に差し支えるので、そろそろ介入してご退場願いましょうかね。
「ノア。毎度のことですが、他の方に絡むのは止めて下さい。私のことを思ってのことだとは理解していますが、少々度が過ぎますよ?」
「だってこいつ、エルのことエロい目で見てただろっ! お前に近づくしょうもない男は全員、この俺がぶっ飛ばして分からせてやるっっ!」
「—―ノアールっ! ……すいません貴族様。この子には良く効かせておきますので、ご無礼をお許しください」
「うるせえトリトっ! てめえはさっきからどっちの味方してんだっ!」
「……ふむ、なるほど。—―青年よ、君はこちらのノエルさんに恋をしているのだな?」
「……えっ?」
「……あっ?」
「…………(はぁ)」
「—―良い。皆まで言うな。私とて大人。青春を謳歌する君たちの邪魔などはしない。存分に励むが良いぞ? はぁーはっはぁ!」
ちょ、えぇ……? なんかこの貴族様、盛大な勘違いをしちゃってるんですけどぉ……?
確かに私とノアは同じ村の出身で幼馴染だし仲が良いという自覚もありますが、よりにもよって恋仲だと勘違いしちゃっている感じですか?
あぁ、でも言われてみれば御貴族様は見合い結婚が常でしょうから、平民の恋愛事情を勘違いしても不思議ではありませんね。
しかし青年、ですか。ノアが男勝りなのは認めますが、こうも真っ向から男性と勘違いされるなんて。……ぷぷっ。笑ってはイケないですが、ちょっと堪えるのが難しいかも知れません。
「お、おいこらおっさんっ! 馴れ馴れしく肩を叩くんじゃねぇよっ!」
「いや、すまない。私にはいまいち恋というものがよく分からなくてね。いじらしくなって、ついつい応援をしてしまった次第なのさ」
「—―ふ、ふざけんなっ! 訳の分からないことを宣いやがってっ!」
「ふふっ。良いではないか、減るものでもあるまいし。……それで? 君はノエルさんの、どういったところが好きなのかい?」
「だ、だだだ、誰が言うかそんなことっ! さ、触るなおっさん! 馴れ馴れしく肩を組もうとするんじゃねーよっ!」
「むっ。君はつれないね。年上は敬うものだと、両親に教わらなかったのかい?」
「—―っ⁉ う、うるせえなっ! 俺は孤児だっ! 親何ぞ知らんっ!」
「……そうか。では、この私を父と呼ぶことを許そうじゃないか」
「はぁぁぁっ⁉ ちょ、な、なに言ってんだこのおっさん! 貴族ってのは頭のイカれた奴しかいねーのか?」
「こらっ。そんなことを言ってはいけないよノアール。私は兎も角として、他の貴族にそのような口を聞いたら殺されてしまうやもしれん」
「か、勝手に名前で呼んでんじゃねぇよっ⁉ く、くそっ! このままじゃ埒が明かねえし、しょ、勝負しやがれおっさんっっ!」
お、驚きました。見た目が凶悪なあのノアに面と向かって反論するのもそうですが、彼女がタジタジになっているのは初めて見ましたね。
口汚く罵るノアもノアですが、それに意を介さず逆に懐に入ろうとするなんて、御貴族様—―シュウさんも、少々おかしいかも知れません。
村の長老曰く、貴族に逆らうことはそれ即ち死を意味するという長話を永遠と聞かされたものですが、そのどの話とも合致していませんし。
それに父……ですか。ノアが親に捨てられた孤児だということを知るはずはないと思うのですが、まさに彼女の真芯を捕えた会心の一言ですね。
そのせいでノアがムキになってしまっているというのに、気にせず我が道を貫く姿はまさに天真爛漫と言った感じでしょうか。
「むむ? 私のような若輩と決闘をしたところで箔など付かないと思うが……ふむ。確かに父と仰ぐものが息子より弱くてはいけないか」
「だ、誰のことを息子と言ってやがるっ! わ、わわわ、訳の分からないことを言ってないでヤるのかヤらないのかはっきりしやがれってんだ!」
「受けて立とう。息子を躾けるのは父の役目、力量の差を分からせてあげようじゃないか」
「はっ! 言うねぇ。流石は貴族だけあって、口だけは達者だなぁおい」
「そうかな? どちらかと言えば舌戦より剣術の方が得意なのだがね」
「面白れぇこと言うじゃねえかおっさん。冒険者になったばかりで悪いが、この俺が引導を渡してやんよっ!」
「うむ。そうと決まればノエルさん。決闘が出来る場所まで、私たちの案内をしてはくれないだろうか?」
「え、えぇ。それは構いませんが、本当におやりになるのですか?」
「うむっ! まさか私が決闘をすることになるとはね。市政は面白いことで溢れているようだ。ふふふ」
もしかしてこの人、父だの息子だの言っているのは建前で、純粋にこの展開を楽しんでいませんか?
ステータスだけでヒトを判断するのは如何なものかと思いますが、流石Luck値以外オールFのシュウさんがBランク冒険者のノアに叶う道理があるとはとても思えないのですが……。
ま、まぁこうなってしまっては私に止めるのは物理的にも心情的にも難しいと言わざるを得ません。
シュウさんには悪いですが、こんなに生き生きとしたノアを見るのは久しぶりなので、存分に楽しんで欲しいと願う私が居るのです。
「君! そこの君! たしかトリトちゃん……だったかな?」
「は、はい。おっしゃる通りトリトはボクですが……」
「おぉ、ボクっ子なのか。初めて見たが、中々良いものだね」
「あ、あの……?」
「あぁ、すまない。君は見る限り、ヒーラーだろう? 申し訳ないが、君も共に同行してはくれないか?」
「—―っ! は、はい。元よりそのつもりだったので構いませんが……」
「それは重畳。無いように心掛けるが、万が一のときは宜しく頼むよ?」
「う、うぅ。ご迷惑をおかけしてすいません。ボクで良ければ誠心誠意、治療させて頂きますね」
「うむ。それは助かるよ。生憎と治癒魔法は苦手でね、もしも怪我をさせてしまったら、彼を見てあげて欲しいんだ」
「……えっ? あ、あの。もしかして、勝つおつもりですか?」
「勿論そのつもりさ。そして出来るなら怪我一つなく済ませてあげたい」
「差しがましいかも知れませんが、ノアールはBランクの冒険者です。はっきり言って、実力が違い過ぎると思うのですが……」
「大丈夫。当然大人として、手加減のひとつはするつもりさ。息子候補を怪我させてしまっては、我が父に申し訳が立たないからね」
あの、シュウさん? トリト君は、男の子ですよ? あれ? もしかしてシュウさんって見る目ありません?
確かに私から見ても憎らしいほどに可愛らしい容姿をしてはいますが、彼は立派な男性なのですが……。
それだけでなく、どうやらシュウさんは、ノアに勝つつもりらしいのです。
正直言って、ノアは天才です。剣術の一つを取ってもそうなのですが、彼女は加えて強力な魔法にまで適正を持っているのですから。
客観的に見たら、どう見てもシュウさんに勝ち目はありません。それどころか怪我じゃ済まず、最悪命を落とす可能性すらあると思います。
ですが、既に私には止める手立てがありません。彼には申し訳ありませんが、ことの顛末を見定めることに致しましょうか。
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