一章36話 決闘。

「おい聞いたか? あの”狂狼”が決闘を申し込んだ相手、どうやら貴族様だったらしいぜ?」

「聞いた聞いた。言っても一代限りの騎士爵の息子らしいけどな」

「滅多なこと言うんじゃねーよ馬鹿野郎っ! たとえ元貴族だろうが、腕一般で成り上がった”化け物”の息子だぜ? きっと普通じゃない」

「全く、お前は心配性だな。親は親、息子は息子だろ? 廃嫡されたってことは、つまりはそういうことだと俺は思うけどな」

「お前こそ危機感が無さすぎる。同じ孤児院出身で騎士となった奴を知ってるが、まさに”化け物”だった。思い出しただけで震えが止まらねぇよ」

「……元Sランクの”裂椀れつわん”、か。そういえば貴族になったとかいう噂は聞いたことがあるな」

「はは……。巨岩を拳一つで粉砕—―いやに帰すことが出来る、まさにオーガ顔負けの正真正銘の”化け物ヒト”だったよ」

「嘘……だろ? それはその、ヒトという定義であっているのか……?」


 あれ? 適当こいて一代限りの騎士爵の息子なんて設定にしたけど、そんな人外と比較されるくらいヤバい船だったりしましたか?


 裂碗だか何だか知らんが岩を粉砕出来るとか、ヒトとしての種を軽く逸脱している気がするのですがそれは……?


 ま、まぁなんだ。ヤバいのは父であって俺という訳ではないし、二代目は総じて大したことないというのが余の常だろう。……知らんけども。


 それに”狂狼”とは残念な評価だねぇ。俺の目――正確には『好感度』から判断した結果、彼はただ強面で不器用で口が悪いだけの、”親愛に溢れた健気な青年”なんだけどなぁ。


 それこそ守りたくなってしまうほどには尊く儚い純愛で、気が付けば思わず”後方腕組お父さん”という最前列に立候補してしまったほどである。


「おいおっさん。目の前に敵がいるってーのに野次馬に気を逸らすとか、呑気にもほどがあるんじゃねーのか? あ?」

「いや、流石に”お父さん”は軽率だったかなって、少しばかり反省していたところだよ」

「あ? 何を勝手に俺が息子? とやらになる前提で話を進めてやがるんだこのくそ親父」

「—―お、親父だなんて。全く、ノアールは気が早いね。ふふっ」

「ふざけんなこの野郎っ! そういう意味じゃねえって分かんだろ普通っ!」

「いや、済まない。どうやら三度みたび生を受け、少々舞い上がってしまっているようだ」

「はぁ? ……よく分からんが、準備が出来たんならさっさとやろーぜ」


 あ、あれ? なんかちょっと元気なくない? お父さんは心配です。


 ともあれ”決闘”か。何というか、実に”異世界イベント”っぽい感じがしてとても良いね。


 アイヴィスのときは敵という敵が居なくなるまで、”病的なまでの安全マージン”を取ってきた。


 俺個人は勿論として、ラヴちゃんやシュアという俺にとって何者にも代え難い大切な存在を護る為には妥協の一つも出来ないし、したくは無かったからね。


 だけど、シュウくんは違う。出来うる限り安全圏から出す気はないアイヴィスと異なり、多少の危険があってもより面白そうな選択肢を取れるような、極論博打のような人生を歩ませることも視野に入れているのである。


 ヒトという種は失敗からしか学べないうえに繰り返す愚かな種であると過去の記録より学んだが、恐らく同種である俺もその範疇に違いないだろう。


 故に生と死の狭間を行き来することでより他より多くの経験を積めるかも知れないと愚考していたのだが、実行に移すほど愚かになれなかった。


 そのためにシュウ君を求めていたと言っても、半分くらいは過言ではない。現代日本より過酷なこの世界では、九死に一生を得ることでしか学べないこともあると思ったからだ。


 残り半分は”自由”だ。何者にも縛られず、好き勝手に生きてみたい。そんな身勝手な願いを”分御霊”としてのシュウ君に求めたのである。


「どちらかが敗北を認めるか、戦闘不能になるまで戦うデュエル方式での決闘を行う」

「互いに刃を潰した剣を用いるが、それでも万が一ということもある」

「……両者ともに、異論は無いな?」

「あぁ」

「勿論だとも」

「それではギルド員キッドの名において……始めいっ!」


 ほう。二刀流か。左に軽く突き出した短剣で牽制し、利き腕の長剣で致命の一撃を与えると見た。


 ふむ。やはりそうか。ノーモーションで繰り出したのは見事の一言ではあるけど、この程度の早さなら見切るのも容易—―んぎゃぁぁぁっ⁉


 な、ななな、なんで当たったんだっ⁉ 確かに見切った。それは間違いない。……ほら、当たると思ってなくてノアールもびっくりしてるじゃない。


 ふ、ふぅ。危なかった。これで刃がつぶれてなかったらうっかり血を出していたかも知れないな。


「……おっさん。もう止めとくか? 実践なら死んでただろーしよ」

「—―な、なに。少しばかり驚いてただけさ。勿論まだやれるとも」

「ふんっ! あれだけ派手にくらったんだ。既に勝負はついたと思うがな」

「ふふっ。やはりノアール。君は優しい青年だな」

「ふ、ふざけたこと抜かしてんじゃねーよっ! ぶっ殺すぞっっ!」

「怖い怖い。それでは殺される前に、此方から攻めるとしようか」

「—―はっ! 御託は良い。かかってこいやっ!」

「では行くぞ。—―紅華一刀流一ノ型……『紅一閃』っ!」


 『紅一閃』は『紅華こうか一刀流』の技の中で最速を誇る一撃一殺の殺人剣。このような刃の潰れた剣で無ければ、胴に風穴を開け絶命するであろう文字通りの必殺技である。


 本来であれば”型”だけ用いて”技”を使うつもりは無かったのだが、ノアールが相手ではそうも言ってはいられないだろう。


 ふっ。全く動かないことを見るに、どうやら見えていないみたいだな。


 お、おや? 切っ先を短剣で逸らされて、身体が流れてしまったぞ? それに何故か目の前には長剣の腹が見えるんですけどそれは――んぎゃぁぁぁぁっ⁉


「お、おいおっさんっ⁉ だ、大丈夫か? 意識はあるよな? な?」

「うむ。私は『再生』持ちだ。この程度、全く問題はな――ぐふぅ」

「ち、血反吐吐いてるじゃねぇかこの……馬鹿親父がっ!」

「あ、あれ? 可笑しいな。思ったよりも『再生』に時間が掛かるぞ」

「おい、なんだその口調は。いよいよ可笑しくなっちまったか?」

「……困ったな。これは大幅に修正する必要がありそうだ。一段階? いや、二段階は下方に設定し直さないとな」

「し、審判っ! なんかこのおっさんうわ言を言い始めたぞっ!」

「よし。では続きをやろうかノアール。何、次こそは私が一撃を入れて魅せようぞっ!」

「……え、えぇ~。ちょっと嘘でしょ? なんでこのヒトこんな元気なの? ちょっと怖いんだけど……」

「さぁ来いノアールっ! お父さんがお前の全て受け止めてやろうじゃないか! はぁーはっはぁ!」

「—―ひぃっ⁉ な、なんなのよこのおっさんはぁぁぁっ!」


 『風纏いウェアウィンド』。想定より身体能力が低いなら、魔法で補助すればよ――ぶへぇぇぇっ⁉ か、風の鎧が剣圧で吹き飛んだっ⁉


 『炎付与ファイアエンチャント』。攻撃は最大の防御。相手が攻めに長けているならば、その攻めを上回ればい――たぁぁぁっ⁉ か、構わず振り下ろして来ただとぉっ⁉


 『石牢ロックロック』。堅牢な石壁で閉じ込め――えぇぇぇっ⁉ 一撃で壊されたっ⁉ 石だけにまさにロックンロールっ!


 『水砲ウォータキャノン』。圧縮した水を単一方向に射出することで岩を穿つ威力のある一撃を――うぇぇぇっ⁉ 魔力の込めた短剣を軽く振っただけでいなしただとっ⁉ や、やるじゃないか我が息子よ。


「……おいおいこりゃあ」

「あぁ。これ以上は見てられないな」

「お前の言う通り親は親、息子は息子だったな」

「お前がビビり過ぎなんだよ」

「けっ。お前は実際に”化け物”を見たこと無いから言えんだよ」

「何にせよ撤収だな。これ以上見ても意味がない」

「あぁ、そうするか」


 あぁっ⁉ 野次馬が帰っちゃう! これからが面白いところなのにっ!


 ほら、よく見てよっ! 最初の二回以外は直撃してないよ? 初級だけど魔法の属性も多彩でしょ? ちょっと地味ではあるけども。


 ぐぬぬ。受付嬢とトリトちゃん、それと審判以外の冒険者が誰もいなくなっちゃったよ。


 せっかくの決闘イベントなのに! 名を売るチャンスなのにぃぃぃっ!

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